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日本人としての誇りを忘れないでほしい。まずは何より自分に自信を持つこと

※過去にICCで実施した”グローバル人材・インタビュー”の記事を採録します。名称や肩書等は当時のものです。(元記事は2011年12月19日公開)

国連広報センター(UNIC東京)所長
山下 真理

1990年、政務官補佐として国連に加わる。政治局において選挙支援やアフリカ南部、東南アジア地域などを担当。クロアチアPKOで国連次席選挙事務官、国連ネパール・ミッションで政務室長を歴任。2010年7月から現職。

 

国連という仕事場がオプションとしてあるということ

国連で働きたいと思ったきっかけは何ですか。

一番大きな理由は、私の生い立ちだと思います。家庭が国際的な環境にあったので、日本で生まれましたが、3歳から小学校2年生まではドイツで教育を受けました。自分の人間形成の過程で自然に外に目が向いたのだと思います。中学生高学年の頃再びドイツに住み、インドのドイツ人学校に通いました。しかし、日本の大学に入りたいと思っていたので、そのためにも日本の高校に入学する必要があると考えて帰国しました。その時期に国連という舞台があることを知って、もしかして自分に合うのは国連かなと考えていました。自分に合う職場は何だろうと、そして自分のバックグランドに合うところはどこだろうと考えたときに、自然と国連が自分にマッチしました。

どのような学生時代を送っていましたか。

私は上智大学法学部国際関係法学科を卒業しました。国連についてもっと知りたかったので、当時は国際機構論や組織論など限られた授業しかない中、国連に関係する授業は一通りとりました。大学のゼミがとても厳しかったのですが、英語の文献をたくさん読み、英語力はとても鍛えられましたね。また、国際関係の学生団体にも所属していました。そこで国際会議を開いたり、留学生と国際交流をしたりしていました。そして大学3年生のとき、当時上智大学で教鞭を執られていた緒方貞子先生のもとで、日本でも模擬国連を組織化しようという動きがありました。私は「自分が探していたものはこれだ!」と思って、大学時代最後の一年は模擬国連にかなり没頭しました。今は模擬国連というと全国的に広まっていますけど、当時はいくつかの大学にしかありませんでした。そういえば早稲田の学生も多かったのですよ。今でも一番仲のよい友達はそのときに知り合いましたね。

その後国連で働き始めた経緯を教えてください。

私は、これをよく言うんですけど、おうし座なんですよ。おうし座は突進型で、本当にあの当時は突っ走っていましたね。大学院はやはり語学と専門性のために 絶対に行こうと思っていました。大学院を卒業するときに、たまたま国連競争試験があったので、受験するしかないと思いました。それで合格をいただいて、か なり珍しいケースではありますが、大学院卒業後にすぐに国連で働き始めました。今は状況もかなり違うし、私のようなケースで国連に入れることはまずないと 思うので、非常にラッキーだったと思います。大学院1、2年生のころにインターンをやっていましたが、そのオフィスにちょうど空席が出たのと、専門の政治 で試験を受けられたというのも偶然でした。そういうことが重なって国連に入ることになりました。

強い信念とグローバルな意識を持つということ

国連で実際に働くようになって、働く前と比べて国連に対するイメージが変わったところはありましたか。

学生として勉強していた国連はどうしても論理的な内容が多かったし、仕事をする場としては想像もつきませんでした。実際に入ってみると国連というのはすごく大きな組織で、とにかく世界規模でものを動かしているシステムだということがわかりました。その国連に携わることができるというのは、私にとってとてもエキサイティングなことでした。ビルに入っただけで、当時はすごくわくわくしていましたね。国連は国際ニュースのヘッドラインになるようなことに必ず関わってくるし、そういう実感は湧いてきましたね。自分に合っているなあとも思いました。あと職場ですが、職場はやはり人が作る雰囲気ですよね。色々な国の人が集まっているので、人種も宗教ももちろん違いますが、それが普通という感じです。あとはやはりチームベースで働いているので、お互いのことをよく知っています。日本の会社ではあまりないかもしれませんが、家族ぐるみで付き合ったりすることが多いですよ。すごく人間的な職場だと思います。

国連で長いキャリアを積んでいらっしゃいますが、国連での仕事を続けてこられた理由は何ですか。国連ならではの仕事の難しさはありますか。

やはり国連の理念に強く賛同しているところでしょうか。それだけではなく、その理念に直接関わることができるということ、それが自分の原動力になっていま す。いつも意識していることは、国連を通して世界に携わるということは貴重な機会であること、そして国連の仕事に携われることがとても光栄であることで す。あとはやはり「自分に合った職場」であるということが大きいですね。それから、国連の仕事というのは、私が携わっていた選挙支援はまだしも、その多く はすぐに結果が出るものではありません。「国連は結局、何をしているんだ」ということをよく言われますが、結果が出ていない中で対外的に説明をしないとい けないというのは大変なことなんです。時間がかかるということは、信じて動かないと継続できないということでもあるのです。

女性だからこそ国際社会に貢献できることは何だと思いますか。

国連は女性にとって働きやすい職場だと思います。私がニューヨークにいたときは、在宅勤務制度も導入され、様々なフレキシブルなオプションがあります。で も、女性の地位がまだまだ平等ではないところはたくさんあります。特に若い女性が国連を代表して政府代表や現地のリーダーと交渉をしたりする場合、それに 抵抗を感じる人も沢山います。そういう時は自分の専門性に自信を持つことが大事です。それから自分に託されたものは何か、その時々の自分が置かれている状 況は何か、ということをきちんと理解することが必要です。「人生いつまでも勉強」というのは本当にそのとおりです。世の中はどんどん変わっていますから、 常に情報をアップデートするための勉強が必要です。あとは中身で勝負ですよね。そこは女性も男性も変わらないと思います。どうやって話をするかとか、相手 がどういう文化的背景から来ているのかを理解するとか、そこはセンシティブに対応しないといけないですね。女性やアジア人には、そういう気配りがあるよう な気がします。

外に目を向けるということ

国連で働くために、求められる能力は何だとお考えですか。

語学力というよりは、まずコミュニケーション力が抜群でないとだめですね。これは間違いないです。そのうえで、コミュニケーションを何語でするかが問題な んです。まず英語で抜群のコミュニケーション力をつけないといけない。英語圏で生まれた人以外はみんな訓練ですよ。ひたすら訓練です。ここで言うコミュニ ケーション力はいろいろあると思います。もちろん話す能力、自分の意思を伝える能力、分析したものをプレゼンテーションする能力は必要です。とにかく伝え たいことをいかに簡潔に分かりやすく伝えるか、論理性がどれだけ通っているのかというのも大事です。それ以上に大事なのは聴く能力ですね。特に国連の様に 多文化な環境では、まさに相手の立場を理解するために聴く能力も抜群でないといけない。聴くだけじゃなくて理解もしなきゃいけないのが難しいんです。どん なにオープンマインドでいようと思っていても、やはり無意識に自分の中に入っているものがあるんですよね。自分にとって常識であるものが世界で必ずしも常 識じゃない、そしてすべての人が共有しているわけではない、ということを認識する。そういう姿勢が大事です。

 

現在はどういったお仕事をされていますか。

国連の広報センターというのは実は歴史が古くて、PKOよりも古いんですよ。世界中に今67カ所ありますが、東京の国連広報センターは1958年に設置さ れたのですよ。それでその国において国連の広報活動をすると。日本では日本語で国連の活動を紹介するというのが大きな役割です。色々な形で広報するのです が、一つは公式文書翻訳。決議とか国連の報告書など、重要性の高いものから優先順位を決めて翻訳します。なるべく多くのものを日本語で読めるようにするの が一つですね。これは日本の政府も重要視していることです。もう一つはアウトリーチと言うんですけれども、啓蒙活動を含め、イベントや講演、執筆等を通し て広報活動をします。それに加え最近私たちが挑戦しているのがソーシャルメディアで、facebookやツイッターをなるべく取り入れています。これから は、ソーシャルメディアに一層力を入れていきたいと思っています。

今の大学生は内向きだと言われていますが、その点に関してはどのようにお考えですか。

私は去年の夏に、日本に22年ぶりに帰ってきました。そのとき、何で日本と日本人はこんなに自信喪失しているんだろうとショックを受けました。戦後からの 急成長、素晴らしい技術力、安全で平和な国、それが世界から見た日本のイメージです。もっと身近なもので言えば、モノカルチャーや食文化、日本を世界に自 慢できることは数え上げたらきりがありません。アフリカに行ったときなどは、日本から来たと言うと、尊敬と期待の目で見られましたよ。日本というブランド はすごくポジティブなんです。そういうことを私は20年間当然なこととして海外で生活してきました。それが帰ってきたら日本がしょぼんとしていて本当に驚 きました。最近は講演する度に、そうじゃないですよということをできるだけ伝えています。日本の学生についても大いに期待しています。数は少ないかもしれ ませんが、国連や国際社会などに興味を持っている学生は必ずいます。そういう人たちを大事にしないといけないなぁと。興味があってポテンシャルがある人た ちに道が開かれるような、そういうシステムを維持しないといけないと思います。

最後に、国連など国際社会で活躍したいと考えている学生に、メッセージをお願いします。

                                                   国連広報センターオフィスにて

夢を大きく持つことはとても大事です。まず、夢を持つことが学生の特権なので、ぜひ大きな夢を持っていただきたいと思いますね。そして、みなさんにぜひ国連に目を向けていただきたいです。職場のオプションとして国連があるということを、常に考えてほしいです。日本人職員は、私が入った20年前も今も同じくらい少なく、日本人はいつでも歓迎されています。日本人が国連に関わることを世界は求めています。自分の専門分野でグローバルに関わっていきたいと思う人にとって、国連はとても良い職場だと思います。ぜひ志を強く持ってほしいですね。学生だと先が見えないし、不安があると思いますが、私も同じ悩みを持っていました。本当に国連で働けるのか、と。でも、悩みを持ちながらも追求する情熱と力さえあれば、これは必ず実現できる夢なので、諦めないで頑張ってもらいたいと思います。

国連広報センター
http://unic.or.jp/index.php

編集後記

インタビュー中も笑顔の絶えない山下所長でしたが、話の節々に国連に対する強い思いが感じ取れました。「自信を持つこと」という力強いお言葉に背中 を押された気がしました。国連に対する憧れはあるもののやはりどこか遠い存在でしたが、今回のインタビューを通して、国連で働くことはいろんな関わり方が あるということを知りました。様々な分野から異なったバックグラウンドを持った人たちの集まりである国連はまさに世界の縮図のような気がしました。この記 事を読んでくださった皆さんも国連を身近に感じていただければ嬉しいです。

陸 欣(国際教養学部4年)

自分に嘘をつかず、ワクワクできることに果敢に挑戦する

※過去にICCで実施した”グローバル人材・インタビュー”の記事を採録します。名称や肩書等は当時のものです。(元記事は2011年11月22日公開)

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
留学センター所長
黒田 一雄

広島大学教育開発国際協力研究センター講師、助教授を経て現職。他に日本ユネスコ国内委員会委員、アジア経済研究所開発スクール客員教授、JICA研究所研究員等。外務省、JICA、文部科学省等の教育開発分野調査研究・評価に携わる。スタンフォード大学にてM.A.(国際教育開発)、コーネル大学にてPh.D.(教育・開発社会学)を取得。

国際社会に結び付きたかった学生時代

黒田先生はどのような学生時代を過ごされたのでしょうか。

大学2年次から3年間、アジア文化会館という海外からの留学生用の学生寮で生活していました。1国につき3人まで入寮可能で、日本人も3人だけ住むことができました。そこでアジアやラテンアメリカなど様々な国の出身者とともに、たった3人の日本人の1人として共同生活をしていたわけです。寮生活は疑似国際社会であり、異文化に対する適応力が身につきました。また東南アジア青年の船という国の青年国際交流事業にも参加しました。当時はアジアに対して貧困や植民地支配の歴史など暗いイメージが強かった時代でしたが、実際に人々と2カ月間生活をともにすることで、アジアは元気で面白くてダイナミックな地域であると肌で感じることができました。社会を変えるのは自分たちだという熱い想いを持つアジアの若者と兄弟のような友人関係を築く中で自分自身が変わっていったことを覚えています。

様々なご経験をされていますが、そのきっかけとなったのはどんなことでしょうか。

何とかして自分を国際社会というものに結び付けていきたい、という想いがあったことですね。私は留学生寮に住んだり、青年の船に乗ったりするほかにも、国連大学で学生協会を作ったり、日本国際学生協会という団体で学生の国際会議を開催する活動に取り組んだり、学部生時代に本当に様々なことをしました。すべての活動にワクワクしながら取り組めたのは、やはりそのような強い想いがあったからだと思います。大学内にも大学の外にも探してみると、実は機会はたくさんありますよね。でも受動的ではいけません。自分から探していく姿勢を持ち果敢に挑戦することが大事です。そのためには、「自分は将来こうなりたいんだ!」という強い想いを抱くことが重要だと思いますね。

自分がワクワクできる分野を真剣に考える

「グローバル人材」に必要な能力や資質はどのようなものだと思われますか。

大きく分けて、専門性、コミュニケーション能力、想いの3つの要素が挙げられますが、中でも最も重要なのが専門性だと思います。いくら英語でコミュニケーションがとれたり、多様性に対して寛容であったり、また国際社会で活躍したいという意欲があったとしても専門性がなければグローバルなプロフェッショナルとしては不十分ではないでしょうか。だから学生のみなさんには、自分は何をもって国際社会に貢献できるのか、ということを真剣に考えてほしいです。私の場合は、教育開発が専門ということになりますが、私は自分の研究分野を愛していますし、とても面白いと思っています。学生の皆さんも、自分の一生を賭して自分を磨いていけると思えるような、自分がワクワクできる分野に巡り合うことが非常に重要です。

大学院に進学しない学生はどのように専門性を身につければよいですか。

大学院は選択肢の1つですが、仕事をしながら専門性を身につけることは当然可能です。ただし就職活動は慎重に行ってほしいです。厳しい状況なのは百も承知ですが、自分がどんな分野で生きていこうとしているか、仕事を通じてどんな専門性を自分の中で構築できるのか、ということをきちんと考えてください。仕事に就いてからも専門性を身につけるべく向上心を持ち続けることです。もちろん企業やNPO、政府は教育機関ではありません。まずは組織への貢献を考えなければなりません。しかし長期的な観点を持ち、特に20代から30代前半は自分自身の向上を強く意識してください。どうせ30代前半くらいまでは、途上国のために本当に役立つような専門性を身につけることは困難です。私個人の経験からも、途上国の人々に育ててもらったという感覚がすごくあります。でもそれでいい。一生を通じて、育ててもらったお返しとして国際社会に貢献できる専門性のある自分を目指して欲しいですね。

どうすればワクワクできる分野が見つかりますか。

学生のみなさんと接していて、ワクワクできる分野を見つけることが難しく、それを仕事にするのはさらに難しいということがよくわかりました。何に関心があってワクワクするかが分からないんですね。でも、やはり肝心なのは様々なことに果敢に挑戦することだと思います。そして自分の好きなことがあったら必死でかじりつく。私も一度は浮気して銀行に入りました。しかし自分をごまかしきれなかった。途上国で教育開発に携わりたいという想いは、どうにも変えられなかった。だから今があります。自分に嘘をつかないで夢を追うと最終的にすごく不幸せにはならないと思います。好きなことをしていると、難しい状況があっても乗り切りやすくなると思います。

ブランドにしがみつく悪い癖

最近の若者は「内向き志向」と言われますが、早大生の実態についてどうお考えですか。

実は早大生が内向き志向であるという印象はまったくありません。例えば、国際協力の副専攻科目は毎学期大人気となっています。そもそも内向きが悪いわけではありません。日本を見ることもすごく大事です。海外ばかりを見ていて日本を考える視点を持たない人は根無し草になってしまいます。つまりは、バランスの取れた視点を構築することが非常に重要です。しかし早大生が均質化してきていることは感じます。もともと早稲田大学の文化は多様な学生がいることです。昔は人と違うことを志向する学生文化があったと私は思っています。最近の学生は、進学校出身、東京近辺出身、社会的な階層的にも恵まれた人たちが増えています。ある意味、慶応と何の違いもない。早稲田大学の目的は多様な分野でリーダーを育てていくことであり、学生が単質的にまとまってしまうのは危機だと思います。

学生はどうすれば多様化できますか。

たくさん落ちればいいんです。挑戦して失敗すればいい。早大生はいわゆる受験エリートなので、落ちるのが嫌だし怖いのだと思います。早稲田大学はブランド力がありますし、早大生はブランド大学の学生であることに慣れてしまっている。最近の学生を見ていると、ブランドにしがみつく悪い癖があるように感じます。ブランドにしがみついて落ちたくないから挑戦しない。これではいけません。様々なプログラムに当たって砕けろという精神で応募していく、ぶつかっていく、そういうことが国際社会でキャリア形成をするうえではとても大事です。みんながそうやって自分のワクワクできることを探していけば、早稲田大学は多様性を取り戻せるのではないでしょうか。

 

編集後記

ワクワクできる分野を見つけることはすごく難しいと思います。何もしなければ何が自分にとって楽しいかさえもわからない。そんなときは黒田先生のように様々なことに果敢に挑戦していくことが本当に大事なのだと思います。私自身も、早稲田祭運営スタッフ、アメリカ留学、そして現在はICCの学生スタッフリーダーと、その時々で自分が楽しそうだと思えるものに挑戦してきたつもりです。そうした中で、自分が専門としていきたい分野がおぼろげながら見えてきたのかなあ、という感じです。黒田先生のように、国際社会に結び付きたいという強い想いを持って様々な機会を探せれば、それに越したことはないと思います。しかし、それほど強い想いがなければとりあえず目の前にある気になることにとりあえず挑戦してみることがワクワクできる分野を見つける近道なのではないでしょうか。

二瓶 篤(政治経済学部5年)

どこの国で何にチャレンジしてもかまわない。狭い日本を出てみることだ

※過去にICCで実施した”グローバル人材・インタビュー”の記事を採録します。名称や肩書等は当時のものです。(元記事は2011年10月11日公開)

早稲田大学副総長(国際担当)

国際学術院教授 内田 勝一

1946年生まれ。専攻は民事法学。70年早稲田大学法学部卒。72年同大学院法学研究科修士課程修了。75年同研究科博士後期課程修了。77年早稲田大学法学部専任講師、79年同学部助教授、84年同学部教授、2004年早稲田大学国際教養学術院教授就任。同大学国際教育センター所長、別科国際部長、国際教養学部長などを歴任。

世界的な課題の解決に貢献する人材
早稲田大学にとって「グローバル人材」とはどのような人材を指すのでしょうか。

そもそも「グローバル人材」という言葉の背景には、グローバルに事業を展開する日本企業の存在があります。海外での収益が増大する中でグローバルに働いて企業の利益を拡大する人材が必要だ、という経済的な要求ですね。もちろん企業のための人材を作るのも大学の1つの重要な役割です。しかし、大学はより広義のグローバルな問題、現在ではエネルギー問題や環境問題、食料、貧困、テロなど様々な問題がありますが、それら世界的な課題の解決に貢献する人材を育成する必要があります。人々が平和に生活して民主主義的な社会になり経済的に繁栄する、それこそが世界的な課題であり、そこに貢献できる人材が「グローバル人材」であると思います。

「グローバル人材」に必要な能力や資質はどういうものだと思われますか。

いくつかの構成要素がありますが、以下の4点にまとめることができると思います。
1.「批判的思考・一般教養」(たんに一般教養があることではなく、物事を批判的に検討し解決策を考える力)
2.「専門的分野」(大学卒業後、社会に貢献する際の基礎となる専門知識)
3.「人間力」(新しい課題について自ら調べる意欲や、困っている人々を連帯して助ける行動力など)
4.「語学力」(英語は必須。さらに学んだ外国語の背景にある文化や社会を理解し、共存を考える力)
これらの能力を獲得するうえで、日本の大学で機能しているのがゼミや研究室です。海外の大学にそういったものはありません。海外のように個人主義的な自主性も大事ですが、日本のように集団的に議論をして結論を出す力を養うことも大切なのです。

海外の大学ではどのような教育が行われているのでしょうか。

日本とは教育の方法がまったく異なります。たとえば、アメリカのリベラル・アーツ・カレッジでは、各授業は大体20人程度の少人数クラスであり、週に5時間程度(1回50分の授業が3回、100分の授業が1回)の授業時間が確保されています。毎回、予習として大量のリーディング課題を読んでくる前提で、授業自体はディスカッション中心で進みます。明日までにこの本を読んで来てください、と先生に言われることもあるでしょう。そのように海外の大学では集中的な教育をします。今後は早稲田大学も少人数クラス、ディスカッションベース、課題解決型の教育を増やしていく必要があります。

海外の大学との多彩な交換プログラム・内なるグローバル化で「変わる」
早稲田大学は「グローバル人材」を目指す学生に何を提供しているのでしょうか。

「グローバル人材」を育成するうえで、早稲田大学の特徴は、海外の大学との交換プログラムをたくさん提供していることです。学生は海外の大学に行くと変わります。自分と同じ世代の人がどれだけ勉強しているか、母国や社会全体が今後どうなるべきかをいかに真剣に考えているか、そんな姿を目の当たりにした早大生には必ず変化が起きます。そのための手段として多彩なプログラムを用意しているのです。しかし、すべての学生が参加できるわけではありません。金銭面や時間的な制約があるためです。そこで内なるグローバル化として大学内をグローバルな環境にしています。11号館付近では、空港同様に様々な言語が聞こえてきます。東大や京大の人が早稲田に来ると、留学生の数と多様な言語に驚いて帰るのですよ。国内の早大生も留学生と積極的に交わることで変化してほしいと思いますね。

学生は学生時代に何を経験するべきでしょうか。

とにかく海外に出ることですよ。長期休暇中に短期プログラムを利用して1カ月でもいいです。外から日本を見てください。そうすると、日本人とは何か、日本から世界に発信する特殊性とは何か、日本のアイデンティティとは何か、ということを意識できます。どこの国で、どの言語で、どういうことをやってもいいです。狭い日本から1度出てみてほしい。早稲田には例えば、韓国語で4週間、渡航費・食費・授業料込みで10万円くらいの短期プログラムがあります。日本で1カ月生活するよりも安いし勉強もできる、ロシア語や中国語のプログラムもある、早稲田にはそういうプログラムが他大学とは桁外れにたくさんあるのです。ぜひ利用してほしい。アルバイトで10万円くらい貯めて日本語が通用しないところで1カ月暮らす。そんなことを是非やってほしいですね。

海外を経験した学生はどのように「変わる」のでしょうか。

それは人によって異なりますが、早稲田から海外に出る留学生で一番変わるのは中国に行った学生、という印象がありますね。早稲田から行く中国の大学というのは、要するに中国のトップ校ということになります。つまり、そこにいる中国の学生は将来指導者になる立場であり、中国の社会をこう変えなくてはいけない、中国をこういう国にしていかなくてはならない、ということを日々熱く語っているわけです。そこに早稲田の学生が入る。自分も日本という国について真剣に考えるようになる。そうすると、帰国後に日本の将来を熱く語る学生に「変わってしまう」わけですね。海外に出たことの結果は人によって違いますが、「変わる」可能性は非常に高いです。

4つの視点を早稲田で学ぶ(グローバル・リーダーシップ・ナショナル・ローカル)

最近の若者の「内向き志向」について、ご意見をお聞かせください。

正確には「内向き志向」に見えるところがある、といったところでしょう。「内向き志向」の根拠として言われているのが、アメリカに行く日本人留学生数の減少ですが、それには様々な理由があります。アメリカで学ぶ日本人留学生数は1994年が最も多かったのですが、当時と比べると現在の大学生世代の人口は40%減少しました。当時は205万人ですが、今は120万人です。また当時の留学生は大学院生が多かった、つまり企業が金銭面を負担して派遣していたわけです。それも今は減少しています。さらにその頃に比べて、アメリカの私立大学の授業料がとても高くなったことも一因でしょう。以上の理由から日本人留学生数は減少していますが、人口からみたパーセンテージは実は変わっていません。アジアからの留学生が増加したこともあり、相対的に日本人が「内向き志向」に見えるということだと思います。

実際に早大生と接する中で感じる変化はありますか。

むしろ最近までは「内向き志向」が強かったように思います。日本は食べ物がおいしく、経済的に豊かで安全です。日本での生活は快適なのでしょう。それがここ数年、特に震災を境に変化しました。日本は人口減少や少子高齢化、円高と多くの問題を抱えており、日本企業はもう国内だけでは展開できません。そうした中、法学部の私のゼミで面白い現象が起きています。長期休暇を利用して、ロシアや韓国、中国の短期プログラムに参加して語学を学ぶ学生が増えたのです。理由を尋ねると、今後はシベリア開発が日本の商社にとって重要であるためロシア語を学ぶ意義がある、と答えます。彼らは今後30年間日本に仕事があるとは思っていません。外に出なければ自分たちの将来がないことを理解し始めたのでしょう。

すべての学生がグローバルに活躍するべきでしょうか。

そうではありません。卒業後に地元に戻り、地元の発展に貢献することも重要なことです。しかし、地元の国立大学に進学した人と、早稲田大学に進学した人が地元に戻ってから同じではいけません。全員がグローバルに活躍すべきなのではなく、学生時代にグローバルな社会を理解することが重要なのです。日本中・世界中から多様な学生が集まって議論する環境が早稲田にはあります。そうした多様な学生と積極的に交わって、グローバル(欧米を含めた全世界)・リージョナル(アジア地域)・ナショナル(日本国内)・ローカル(日本の地域社会)、の4つの視点を学んでください。将来4つの分野のどこで活躍してもかまいません。日本の産業のあり方を学び、グローバルな社会を理解し、日本のアイデンティティをどこに持つかということを考えて、生涯実行していく人を目指してください。

大学間の国際交流式典

司会をする内田先生

 

日韓4大学で行うミレニアム会議の様子

 

US Japan Research Instituteの様子

 

 

 

編集後記

学生は海外に出ると必ず変わる。私自身、アメリカ留学中に出会った中国人や東ティモール出身の友人に刺激を受けた記憶があります。「卒業後はアメリカで働く。でも3年だけだ。アメリカで学んだ経験を活かして俺は中国でビジネスを興す」「私は東ティモールの国費で留学しているの。だからウィンター・ブレークも大学に残って勉強するわ。将来は母国の発展のために貢献したい」世界中から集まる学生と接するうちに、日本とはどのような国であるのか、何を強みとしているのか、なぜ戦争をしなければならなかったのか、なぜアジアの小国が世界第3位の経済大国であり得るのか、など様々なことを考えるようになりました。語学力の向上はもちろん重要ですが、こうした「変化」が海外に出ることや多様な学生と交わることで得られる最も大きなものである、と自分の経験からも実感しました。

二瓶 篤(政治経済学部5年)

グローバルな問題に関心を持つことは、大学生の社会的責任である

※過去にICCで実施した”グローバル人材・インタビュー”の記事を採録します。名称や肩書等は当時のものです。(元記事は2011年9月22日公開)

早稲田大学社会科学総合学術院教授 国際コミュニティセンター長 畑 惠子

専攻はラテンアメリカ政治史。津田塾大学卒、上智大学大学院修士課程修了。筑波大学ラテンアメリカプロジェクト準研究員、上智大学助手、中部大学国際関係学部助教授を経て、1993年早稲田大学社会科学部助教授。1995年同教授。2008年11月から国際コミュニティセンター長。メキシコ国立自治大学留学(1980-81)、メキシコ大学院大学客員研究員(2002-04)。

全員に共通の言語を自然に選ぶ
国際的な環境で、印象に残っている出来事をお聞かせください。

メキシコ大学院大学で在外研究をしていた頃の話です。当時私は、様々な国から集まった人々とともにゲストハウスで共同生活をしていました。そこで印象的だったことが、「全員に共通の言語を自然に選ぶ」ということです。日本人同士で会話をしている中にアメリカ人が入ってきたら、言語を日本語から英語に普通に変えるという具合ですね。特にヨーロッパ出身の人々は多言語ですから、フランス人とドイツ人がフランス語で会話をする中に、私が入ると言語がスペイン語に変わり、さらにインド人が入ると今度は英語に変わる、ということもありました。全員が会話の輪に入れるように自然にできるのは素晴らしいことだと思います。

そうした環境で困ったことや違和感を覚えたことはありましたか。

日本人の中に、国際的な環境でも、自分たちがマジョリティであれば日本語で通してしまう人がいたことです。当時招聘講師として滞在していた、ある日本人の教員は、私が他の国の方と会話をしていてもいつも日本語で話しかけてくるので、とても違和感を覚えました。同じ国の人に日本語で話しかけるのは当然かもしれませんが、日本語を理解しない人がいる集団の中ではやはり良くないことだと思います。各国から集まる人々の中には、共通にコミュニケーションできる言語を自然に選ぶ雰囲気があることが私には衝撃的でしたし、共通の言語がある場合はそれを探す努力をするということが重要ではないか、と感じましたね。

大学教育を受けた人間の社会的責任
「グローバル人材」に必要な能力や資質はどういうものだと思われますか。

最近CSR(企業の社会的責任)がよく言われますが、私は「大学教育を受けた人間が負うべき社会的責任」というものもあると思っています。日本では大学教育が当たり前になっていますが、世界的に見た場合は大学教育を受ける人間はそれほど多くありません。そう考えると、大学で国際的な問題について様々な角度から学び、広い視野から考える機会に恵まれている人間は、グローバルに活躍する能力・資質を備えているはずであり、グローバル社会に対してある種の責任を持っているのではないでしょうか。自分にとって身近でない問題でも、日常的に興味関心を持っておく。そして機会があれば主体的に働きかける。今の大学生には自分のことで精一杯という感じの人も多いので、もう少し社会に関心を持ってもよいのでは、と思いますね。

早大生は大学をどのように活用するべきでしょうか。

やはりまず挙げられるのは国際コミュニティセンター(ICC)ですね。インターナショナル・スチューデントとローカル・スチューデントが時間を共有して相互理解を深めるというのは素晴らしいことだと思います。ただ、今はまだ異文化交流が特別なものという感じです。もう少し自然に留学生がサークルや課外活動に参加し、自然に共通の言語で話すことを選べるようなキャンパスになればよいですね。また興味関心を広げるという意味では、通常の講義やゼミなどあらゆるところにチャンスがあります。単位が必要だから講義に出るのではなく、幅広く知識を吸収できる機会と捉えて様々なことに関心を持って欲しいですね。せっかく努力して早稲田大学に入ったのですから、そこで勉強する機会を得たことの幸運を感じてもらえれば、と思います。

ラテンアメリカに興味を持たなくなった早大生

最近の若者は「内向き志向」と呼ばれています。長年早稲田大学で教鞭をとっておられる先生から見て、学生に変化はありますか。

私の専門はラテンアメリカ地域研究ですが、肌で感じることは、学生さんたちがラテンアメリカに興味を持たなくなった、ということですね。日本との経済的な関係や食糧・資源問題を考えると、もう少し注目されるべき地域だと思います。しかし実際には、他地域への関心よりも、経営学を中心に、企業に入ってから役に立つことを学びたいという人が多く、ますます増えているように感じます。大学は企業人を育てる機関ではないと考えています。ですから、学生さんたちがあまりに就職を意識した選択に偏るのは残念です。大学時代に社会に出てからではできないことをして、経験の幅を広げる、というバイタリティが失われているように思います。アルバイトにしても、何かやりたいことのためにお金を稼ぐのではなく、将来就職の役に立つからという理由でアルバイト自体が目的化して一生懸命やっていたりする。それでは本末転倒のような気がします。

学生は学生時代に何を経験するべきでしょうか。

学生時代にしかできないこと、に尽きると思います。時間があって様々なことができるのは学生時代だけです。それを就職の予備期間みたいに使うのはもったいないことです。やりたいことが見つからなければ、何でも手当たり次第にやってみることが大事です。受験の疲れからか、とくに大学一年目が脱力的というか、目標をなくして何もせず過ごしている人たちが少なからずいるように見えます。そこを上手に活用できれば、その後の学生生活も上手くいくと思います。海外に出ることだけが全てではなく、サークルなど他人とつながれるような活動に参加することも大事ですね。

畑先生が今大学生だとしたら、何をしたいと思いますか。

私が大学生だった頃は、今のように海外旅行が容易ではありませんでした。だからこそ、もう少し早い段階で様々な国を実際に見てみたいと思いますね。またボランティアなども、今は様々な機会があるので挑戦してみたいです。また、私自身がラテンアメリカに興味を持ったのも、本との出会いがきっかけなのですよ。だから本はたくさん読みたいし、今の学生にも読んでもらいたいですね。思わぬ出会いがあると思います。

メキシコ在外研究時代

メキシコ大学院大学の全景。1940年設立

大学でのクリスマスパーティ

教員宅で、研究者たちとパーティ

 

 

編集後記

早稲田大学で学ぶということ。世界的に見たらそれは特別エリートな人材を意味することではないが、大学教育を受けられた幸運な人間である。そして様々な国際的な問題を学び、知っている人間だからこそ興味関心を持ち続け、機会が訪れれば働きかけていく。それが大学生の社会的責任であり、「グローバル人材」の資質である。大学教育を受けている時点で世界的に見たら「グローバル人材」であり得る、という新たな視点を得ることができました。また、確かに最近の学生は同じようなアルバイトに必死になり、同じような研究テーマに集中するという側面があると思います。もっと将来に全然関係なくても「好きなことをやる!」という自由な空気があってもいいのではないか、と感じました。

二瓶 篤(政治経済学部5年)

イベントレポート「日本・韓国青年親善交流事業」

7月27日に日本・韓国青年親善交流事業の訪問団30名をお迎えしICCラウンジにて交流イベントが開催されました。私たちICC学生スタッフも「スチューデントダイバーシティセンター」の一員として参加しました。

本イベントについて簡単にレポートしたいと思います。

最初に行われた昼食交流会では、訪問団側の韓国人学生たちになんと声を掛けたらよいか、はじめはとても緊張しました。しかし、話し始めると同じ大学生同士すぐに打ち解け韓国の冬の寒さやおすすめの観光地、大学での勉強になどとても楽しく会話することができました。会話の中で特に印象に残っているのは、中国の大学に通っている韓国の学生からの「日本では挨拶の時に、年齢を聞くのは失礼なことですか?」という質問でした。私は深く気にしたことがないのですが、みなさんはどう思いますか?国による文化や習慣の違いが、面白いなと感じた瞬間でした。

 

 

昼食交流会の後、早稲田大学のダイバーシティ推進の取り組みを紹介する2つのプレゼンが行われました。1つめは、韓国に留学経験のある早大生が感じた、ダイバーシティ(多様性)について。領土問題やエネルギー問題、国家間では様々な問題を抱えていますが、多様な社会の中で、どのように相手と接するべきかを、彼女の留学経験や早稲田大学での学校生活で感じるダイバーシティに関連させてお話しいただきました。近頃私は、固定概念や先入観とは恐ろしいものだなあと感じることが増えているのですが、日本人だからこう、韓国人だからこう、と頭で決めつけるのではなく、「一人の人間として相手に敬意を持ち接すること」の重要性を感じることができました。

2つ目は、早稲田大学障がい学生支援室の取組みについてのプレゼンでした。最後の質問タイムで「韓国の大学では、障がいを持つ学生が学校をやめてしまうことが多いのですが、早稲田大学ではどうですか?」という質問に、「早稲田大学では、そのようにならないように活動しているので、少ないです。」とおっしゃっていて、自分の所属する大学の障がい学生へのサポート体制の充実ぶりを改めて知る機会となりました。プレゼンをされた障がい学生支援室のスタッフが話された「実は私も耳が不自由です。みなさん、耳が聞こえないとしゃべることができないと思っていませんか?それも先入観です。」とのひとことは私も含めハッとさせられたスタッフが多かったのではないかと思います。

最後に、今回の交流事業のメインテーマである「国際化の進展に伴う大学や企業におけるダイバーシティー・マネジメントの必要性」から、ダイバーシティを推進していくにあたり私たちに何ができるか、これからどのような価値観が必要かについてグループディスカッションを行いました。早稲田大学では今年、国内初となる性的マイノリティ支援とジェンダー・セクシュアリティーに関心のある学生へのリソースセンターとしてGSセンターが開設されたこともあり、ジェンダーについて学生生活の中で感じることなど様々な話題が出ました。

私は普段ICCで異文化交流に関連した業務に携わっていますが、今回のイベントを通して、スチューデントダイバーシティセンターの一員として大学におけるダイバーシティを考えるきっかけができました。また、韓国の同世代の学生たちと意見交換することでグローバルな視点を持つことの大切さにも気づかされました。これからも多様な価値観や生き方を受容するキャンパスのあり方を常に頭におきながらICCでの日々の業務に生かしていけたらと思います。

 

 

学生スタッフリーダー K. H.

写真のある暮らし 2

(一)

三月に入ってから、人生の谷底に着いた気がした。気分が悪くて、体も倒れ、山のような勉強圧力に私は追われた。留学生として、両親も親しい友達もいない他国に、色んな問題が一斉に集まっている時期はさすがに辛い。

以前は何の悩みもなく、いつも元気だった私は、生まれて初めて寂しさというものを味わった。苦しくて、辛くて、逃げたくて、悔しくてそして迷っている。複雑な感情が私の心に差し込んできた。

授業の間に窓から見上げると、ふわふわした雲と澄んだ青空が目の前に浮かんだ。なぜだか急に気持ちが落ち着いた。まるでこの一瞬、世界が止まったようだった。目を閉じて、自分の呼吸を感じて、気持ちを整理したら、いつも通りの自分が戻ってきた。

これは多分成長というものですね。

(二)

先日、ICCが年一回行うOB/OG/現役学生スタッフの懇親会が開催されました!

ICCには素晴らしい先輩が多くいる。このイベントはその優れた先輩たちと後輩の交流のために作られた。私はずっとこの懇親会のを楽しみにしていた。

ICCの先輩達との交流に無限のパワーを感じた。卒業したSSL(学生スタッフ)の先輩たちは今、各分野で活躍している。学生時代に経験したICCの仕事は、今の仕事にも役に立てていらした。

たとえすでに卒業していても、SSLの先輩の中にはICCのことを気にかけている方も多い。先輩たちが創設したICC稲門会はその一つの結晶だと思う。ICC稲門会はSSLの先輩と後輩が互いに交流するために作られた。ICC稲門会を通じて、ICCの精神と異文化コミュニケーションの意志を継ぎたい。

今回の会を通じて、私の「自分がICCの一員なんだ」という思いはさらに強くなり、誇りを持てた。これからは自分の限りある時間の中で、ICCの皆との時間をより大切に過ごしていきたい。

 

X. F. (Student Staff Leader)

Broaden your horizons through travel

Ever just gone out on a whim and booked flights to see places you had only dreamed about visiting?

Most people don’t, but this year I wanted to do something spontaneous and decided to book flights to two places I had always wanted to visit: Phnom Penh, Cambodia, and Brunei Darussalam.

Cambodia has always been a popular tourist destination for backpackers, but many head to Siem Reap, the gateway to the ruins of Angkor Wat, instead of the capital, Phnom Penh. My main reason for wanting to visit Phnom Penh stems from wanting to learn more about the Khmer Rouge regime, which was responsible for the worst mass killings of the 20th century that ultimately claimed up to two million lives.

During my time in Phnom Penh, I was able to learn more about Cambodia’s recent history, and I met a lot of very friendly locals who helped me on my way. Some tips I picked up in Phnom Penh include:

  • Take fresh, crisp American dollars in smaller donations as some places can’t break larger notes or won’t accept them
  • Get ready to negotiate with tuk tuk drivers. Ask more than one driver to compare prices. They will definitely charge more since you are a tourist

  • Take a bus tour to the Choeung Ek Genocidal Center (Killing Fields) since it is further away from the city, and the Tuol Sleng Genocide Museum
  • Hire a tuk tuk for the day to travel around the central part of the city
  • Check out the night markets, and surprisingly Aeon Mall is a very popular place to hang out for locals
  • Make friends with a local, and get them to show you around the city on their motorbike

 

 

 

My next destination was Brunei Darussalam, a very rich oil nation where everyone pretty much has a car, and petrol is dirt cheap! One of the main reasons I wanted to go to Brunei Darussalam other than explore the city centre was to travel to Kota Kinabalu by bus (a tiring 10 hours!) so I could collect almost 8 stamps in my passport. Bruneians are very welcoming, and will go out of their way to help. Some tips I picked up in Brunei Darussalam include:

  • You can use Singaporean dollars in Brunei Darussalam as it is dollar for dollar
  • The best part of my trip was hiring a boat and visiting the Kampong Ayer or the Water Village where more than 39000 people live
  • You can walk around most of the tourist sites in the central part of the city. A highlight was Omar Ali Saifuddien Mosque
  • Accommodation can be expensive for backpackers but there are cheap hostels in the central part of the city

 

 

My trips to Cambodia and Brunei Darussalam have made me want to travel to a few more countries around Asia. Thankfully the ICC has a number of travel guides that you can use to plan your trip too! If you would like to broaden your horizons by taking a spontaneous trip abroad, come and check out these guidebooks and start planning!

 

 

K. U. (Student Staff Leader)

小龍包を食べよう!

みんなさ~ん!

日本で大人気な中国の食べ物、小籠包はご存じですよね!?
東京にも小籠包のお店がいくつかありますが、実は小龍包はいくつか種類があるのです!

小籠包の名産地は、大きく分けて台湾、上海、南京の三つです。台湾と上海の小籠包に比べると、南京の小籠包の皮は薄く、スープが多いので「湯包」という別称もあります。日本人は小籠包と湯包は同じものと思う人が多いのですが、実は別々の食べ物なのです。

ここでは、私は上海出身なので、上海の小籠包を中心に紹介します!

上海の北西部に位置する南翔という町の「上海古猗園餐庁」というレストランが小籠包の発祥と呼ばれています。清の時代の1871年、「古猗園」というお店の店主であった黄明賢が「南翔大肉饅頭」という肉まんを売り出したところ大好評を博したのですが、その後多くの店が類似商品を売り出しました。そこで黄さんは自分の肉まんを、誰も真似できないスタイルにしようと皮を薄く、サイズを小さくするなど、改良を重ねました。試行錯誤の結果できた肉まんは「古猗園南翔小籠」と呼ばれ、人気商品となったのです。今でもその当時の伝統の味が現在に引き継がれています。

耳寄り情報(小声)
今一番美味しい小籠包の店はこの「上海古猗園餐庁」ではなく、町中心の「南翔饅頭店」です。

ちなみに、小籠包の中身はほとんど豚肉ですが、最近は他の具、たとえば海老や蟹などを入れる場合もあります。中でも私は蟹小籠包が一番おすすめです。一度食べてみてください!

毎年9月から11月は蟹が一番おいしい時期です。スープも濃厚な蟹の味がして、具材の蟹のみそも最高ですよ!

 

J. F. (Student Staff Leader)

早稲田キャンパス探検

入学してから、早4か月!

はじめの1か月は、早稲田大学に通っていることすら、違和感がありました(笑)
いまでは、早稲田に通うことが当たり前になり、さらには、ICCで働いている。時間の流れは不思議だなあと感じます。

大学にもなれ、土地感覚もでてきた、入学3か月目の6月。
太陽の熱さを感じて、友達と日陰を探して歩いていると、「大テレビドラマ博覧会」と垂れ幕のかかった建物の前を通りました。はじめは通り過ぎたのですが、中が気になり、友達と「どうする?入ってみよう」となり、正式名称「坪内博士記念演劇博物館」に立ち寄ることになりました。

入ってすぐ、床が「みしみし」と。
「ミシミシする~」と笑っていると、館内の方が「歴史を感じるでしょ」と声をかけてくれました。早稲田大学の風情を感じることができました!
建物自体もレトロでフォトジェニックでした。
博物館と言えば、静かで眠くなりそうな印象がありましたが、ドラマ博覧会ということで過去のドラマが流れていて、賑やかでとても楽しかったです!!
三階には、歌舞伎や狂言などのブースがあって、狂言のお面をつけることでき、とっても盛り上がりました!

元々、お昼を食べる予定で友達歩いていたのですが、この日は、「早稲田校内で行ったことのないところに行こう!」ということで、次に向かったのは、10号館の3階の屋上です!

10号館3階の屋上は、以前から行ってみたかった場所で、早稲田大学を一望できるスポットでした。スッキリしたい時にはもってこいの場所でした!

 

最後に行ったのは、「會津八一記念博物館」です。
「大学内にこんな立派な博物館があるなんて」と感動しました。入ってすぐにある「明暗」という絵はとても、迫力がありました。
また、大隈重信の歴史に関するブースもあり、演説の肉声が聞けましたよ!!

以上、私のとある一日の出来事でした!

大学にはまだまだ行ったことのない場所が沢山あるということにも気づき、とっても楽しい旅だったので、また大学内を探検したいと思います!

皆さんも、ぜひ探検してみてください!
想像よりずっと楽しい旅になると思いますよ~(*^_^*)

 

 

K. H. (Student Staff Leader)

ICCと私

こんにちは、ICC学生スタッフのXYです。

私はこの8月にICCから卒業し、9月から早稲田大学から卒業します。ICCで2年ほど働いた経験を踏まえて、私個人のことを少し書かせていただきます。

私は中国の南京出身です。高校2年生の時に埼玉県で1年間交換留学したことがあります。その時、私はたった1人の外国人生徒として日本の高校に通い、日々異文化に触れる経験をしました。最初の頃は、日本語もきちんと話せず、悩む日々が続きました。例えば、日本語には中国語にない、ため語と敬語という言葉で上下関係を表すような文化があります。先生に敬語、同級生にため語を切り替えることだけでなく、目上の先生と話す時にどう話したら失礼ではないかも苦労しました。私は留学している間に積極的にクラスメートとコミュニケーションをとり、日本の文化を理解し、溶け込もうとしました。大変なことも沢山ありましたが、日本のことをもっと知りたいと思う気持ちが強くなり、大学も日本の大学に行くことに決めました。

早稲田大学に入学後、私はオリエンテーションでICCの説明を聞き、留学生にとって気軽に行ける場所だなと思い、よくICCのイベントに参加するようになりました。ICCはさまざまなバックグラウンドを持った人が集まる場所なので、参加者としても非常に居心地がよかったです。そこで私は日本の文化のみならず、世界中の様々な文化に触れることもできました。そういった刺激を受けた結果、私は大学3年から1年間アメリカの大学に留学しました。このようにICCの自分の人生の成り行きを変えてくれたと言っても過言ではないでしょう。

アメリカの大学にもICCのような場所はありましたが、イベントの数は遥かに少なかったです。毎週1回、カフェアワーといって、留学生が集まって話す場が設けられてはいましたが、留学生だけでなく現地の学生の参加者もとても少なかったのを覚えています。アメリカ留学中にも私はICCの良さを改めて感じることができました。

さて、ICCのことに戻りますが、ICCでは2017年春学期には115のイベントで合計6,393名の参加者がイベントに参加してくれました。留学生にとっても日本人学生にとっても、ICCは異文化交流を楽しむのに最高な場所だと思っています。でも実は早稲田大学ではまだICCのことを知らない、ICCのことをよくわからない人がたくさんいるというのが現状です。このブログを見ている方も是非自分の友達にICCのことを紹介して、友達と一緒にICCのイベントに足を運んでみてください。どこかのイベントで人生を変えるきっかけが見つかることもあるかもしれません。ICCでお待ちしております。

X. Y. (Student Staff)

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