はじめに

例年より春休みが少々長引きそうですが、皆さんいかがお過ごしですか。少しずつ暖かくなり、いよいよ桜の季節ですね。私はこの休み期間中、都内でカフェ巡りをしながら読書をすることにハマっています。今まで自由時間に読書などすることのなかった私が、「人生のバイブル」とも言えるほどの一冊に出会ってしまいました。書店の店頭にてポップで色鮮やかな表紙が目に留まり手にしてみたという何とも言えない偶然でしたが、内容は想像を絶するほどに奥深く、ICCという多様性を促進するオフィスのスタッフとしてもたくさん考えさせられました。気軽に読めるノンフィクション小説で、是非皆さんにも手に取っていただきたい一冊です!この場を借りて紹介させてください。

本のタイトル:「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」

日本とアイルランド出身の両親を持つ11歳の男の子は英国・ブライントンで生まれ育ちます。現地では、貧富、人種、宗教をはじめとするあらゆる「分断」が存在し、様々なバックグラウンドを持つ人々によって成り立つ多様社会において、差別や偏見はつきものです。そんな中、自身が東洋人というマイノリティでありながら、前向きに、真っ直ぐに生き抜く少年の姿が著者のブレイディみかこさんより、母親視点から描かれています。

エンパシー」ってどういう意味?

人種差別を受ける移民家族の子供、学校の制服を買うお金すらない貧困な家庭に生まれた子供など、今まさに英国に存在する様々な格差の縮図とも言える公立学校に少年は通っています。先生が自分のお金を賄ってお腹を空かせた生徒の昼食を買うなんてことも日常茶飯事だそうです。学校はもはや教育の場に留まらず、福祉を守るという責任をも負っているという深刻な状況です。

こういった低層階級やマイノリティに属する子供たちの多くは、上流階級者や地元民に軽蔑され、差別やいじめに苦しむ日常を送っています。少年自身も東洋人のハーフとしてからかわれ、暴力をふるわれそうになった場を何度も経験してきたそうです。そんな彼は学校の道徳の授業で「エンパシーとは何か?」という問いに対して、「誰かの靴をはいてみること」と答えます。11歳の男の子からの言葉には聞こえませんよね笑“empathy”を日本語に訳すと「共感する」と出てきますが、少年の考えるエンパシーとは単に相手の気持ちに寄り添うことではありません。「自分とは違う理念や信念を持つ人々に対して、かわいそうだと思えない立場の人々も含めて、相手が何を考えているのかを想像すること」だと言います。他人の靴をはいてやっと見ることのできる「相手の立場」。「相手の世界」とでも言い換えるべきでしょうか。差別や偏見がいけないという問題以前に、他人の角度から世界を感じ取るということが何を意味するのかを真に理解することが最優先なのでは?とふと気づかされました。

私たち人間はどうしても主観的に物事を捉えてしまう本能を持っています。自分以外の「第三者」との間に価値観や考え方のズレが生じると不快感や恐怖を覚えることも少なくありません。そもそもレーシズムなどの差別や偏見は、親しみのない外見や文化に対する恐怖から自分を守るための行為なのではないでしょうか。悪意ではなく、未知の世界に対する誤解なのではないでしょうか。「エンパシー」を通して自分とはかけ離れたバックグラウンドを持つ人への理解を深める試みを積み重ね、自然と行動に移せる能力を培うことができれば、「異文化」に対する偏ったイメージや思い込みも減るのではないかと思います。少年が「ニーハオ」や「チンク」などといった差別用語を使われることも減ると思います。

「多様性は素晴らしい!」はウソ?!

様々な家庭や文化背景を持つ子供が共に学ぶ学校では、色々な場面での衝突や口論が絶えず、いじめや暴力にも繋がりかねません。少年の周りには被害者となって苦しんでいる友達もいれば、加害者として他者を傷つける友達もいます。加害者を責めたところでいじめが消えるわけでもなく、被害者を庇う行為は「弱者」であることへの強調となり、逆に傷つけかねません。彼はある日、傍観者としての自分の無力さを母親に相談した際、「多様性は楽じゃない」と伝えられます。楽ではない=ややこしい「多様性」をなぜそこまでして追求する必要があるのか。みかこさんの名言とも言える応えは「楽ばっかりしていると無知になるから」でした。

急速に進むテクノロジーの進化、そして、情報社会へと世界が発展する中、生活の利便性や仕事の効率が劇的に上がっています。一方で、何に対しても「楽して〇〇する」というアプローチに私はどうしても違和感を感じてしまいます。これは「多様性」という概念への理解を深めるにあたっても言えることではないでしょうか。

例えば、この世に日本という1つの国しか存在しない世界を想像できますか?日本語がたった一つの共通言語となり、年功序列や集団主義といった独特な日本文化が世界の一般常識として認識されれば、もちろん「楽」でしょう。カルチャーショックなど、文化の差異によって生じる問題もなくなるわけです。しかし、1つの文化しか存在しない世界に魅力はあるでしょうか。日々の学びや気づきは多く存在する「多様性の軸」を持つ人との交流を通してやっと得ることができます。異文化理解には乗り越えなければいけないややこしく、複雑な障壁がたくさんありますが、それを乗り越えてやっと見ることのできる景色があるのです。

最後に

本書で紹介されている格差社会や多様性にまつわる問題は、実は日本でも重要視されるべきものです。世界規模で進むグローバル化に伴い、人種、国籍や宗教に限らず、ジェンダーなどといった新たな多様性の軸も生まれました。一方で、単一文化を重んじる日本は残念ながら、まだ多様性の分野において世界的プレセンスが非常に低い国として認識されています。特に少子高齢化による影響が懸念される中、「多様性」を尊重し、国として視野を広げない限り、将来日本を支える人力が数年も経たないうちに途絶えてしまいます。少しでも多くの人に本書を読んでいただき、ブレイディみかこさんの定義する「多様性」の魅力を感じ取っていただきたいです。異文化に対して積極性や好奇心を抱く姿勢が増えていくことを願っています。

S.Y. (Student Staff Leader)