こんにちは。今年の春から新しく ICC の学生スタッフとして働いている N,Yです。
今回のブログでは最近の出来事の中でも最も忘れられない記憶の一つとなった、
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」について書きたいと思います。ちょっと病み系っぽいタイトルに警戒した人もいるかもしれませんが、そうじゃないです(笑)是非、それがどんなものか想像しながら読んでみてください。

突然ですが、皆さんは純度 100%の真っ暗闇を体験したことがありますか?スマホなどの電化製品に囲まれて暮らしている私たちは、おそらく、よほど特殊な環境に身を置かない限り、本当の真っ暗闇を体験することはないと思います。真っ暗というと小学校のキャンプでよくやる肝試しなどを思い出した人もいるかもしれませんが(私も小学校の頃やりました)、あれも月や星の光があるので正確には完全な暗闇とは言えません。

そのように考えると、私は「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に出会うまで、純度 100%の真っ暗闇を体験したことは 1回もありませんでした。それ故、そこで体験した本当の真っ暗闇は私の予想を軽く超え、その記憶は今も脳に深く焼き付いています。

ここまで書くとなんとなく予想がついてしまうかもしれませんが、「ダイアローグ・イン・ザ・ダーク」とは完全に光を遮断した真っ暗闇の空間にグループを組んで入り、中で視覚以外の感覚を頼りに様々なシーンを体験するソーシャルエンターテインメントの名前です。具体的には参加者同士は真っ暗闇の中で会話を楽しみながら、芝生に寝転がったり、時にはカフェのようなコーナー(もちろん真っ暗闇!!)で飲み物を注文して飲んだりします。

通常私たちは暗闇に対して不安や恐怖を抱くものですが、アテンドと呼ばれるスタッフが暗闇を案内してくれるので安心して楽しむことができます。

ちなみに私がダイアログ・イン・ザ・ダークを知ったのは脳科学者の茂木健一郎さんの本がきっかけです。彼の本を少し読んで「おもしろそう!!」と直感し、公式HPを開くと、そこには紹介文として次のような言葉が書かれていました。

 

暗闇の中の対話。

鳥のさえずり、遠くのせせらぎ、土の匂い、森の体温。水の質感。

足元の葉と葉のこすれる枯れた音、その葉を踏みつぶす感触。

仲間の声、乾杯のグラスの音。

暗闇のあたたかさ。                (http://www.dialoginthedark.com/did/

 

私はこの素敵な言葉に完全に引かれてしまったのです。初対面のまったくの知らない人とグループを組むというだけでもそれなりに緊張するのに、その人達と暗闇で行動を共にするなんて、自分には到底無理!と思っていましたが、結局ワンクリックで申し込みを完了させてしまいました。

そしていよいよ当日。外苑前にある会場に到着し、同じグループになった他の参加者、暗闇を導いてくれるアテンドの方と軽く挨拶を交わします。気さくな感じの人達で、これなら大丈夫そう!と一安心です。荷物をロッカーに入れているとアテンドの方に「では案内しますね~。じゃあ肩につかまって!」と伝えられたので、言われるがままにアテンドの肩に手を置きました。幾重にも重なった分厚い遮光カーテンをくぐり、遂に真っ暗闇に突入です。

最初、正直思いました。

「あれ、これ普通にめっちゃ怖くないですか?」

私の頭のなかの「暗闇のあたたかさ」という言葉は一瞬で吹っ飛び、その恐ろしさに思わず腰が引けてしまいました。暗闇に入ることを承知で申し込んだのに、本当に怖かったです。光が完全に遮断された真っ暗闇では目を見開いているにも関わらず、目の 1cm 前に手を持ってきて動かしてみても全く見えません。本当に自分が失明したかのような錯覚に陥ります。また、普通の暗闇では目の順応のおかげで、しばらく時間がたつと目が慣れてきて見えるようになりますが、それも起こることはなく、代わりに聴覚や触覚などの他の感覚が驚くほど鋭敏になってくるのです。個人差はあると思いますが、わたしは自分の心臓の音が聞こえました。

今更ですが他の参加者も、「え、怖い怖い!!」とそれなりにビビっていて、お化け屋敷に入った直後のように各々、なんともいえない声を漏らしていました。

今にも壁がすぐそこまで迫ってきてぶつかるのではないか、他人がぶつかってこないか、という何とも言えない恐怖がまとわりつき、足がすくみます。でもアテンドの方はそんなことお構いなしに、私たちが普段歩いているのと同じくらいのスピードで、まるで全てが見えているかのようにどんどん進んでいくので、驚きました。

実は彼らは視覚障がい者で、普段からゲストが体験する暗闇と同じ状況で暮らしているので、目が見えない状況においては、私たちよりも比べ物にならないほどエキスパートなのです。

普段の生活では、視覚障がいをもった人は健常者から、道案内などのサポートを受けることも多いかもしれませんが、この空間においては、ゲストは暗闇に全く慣れていないので、その立場が完全に逆転します。私たちゲストが視覚障がい者に介助されることになるのです。この体験は今後、普段の生活で障がい者を介護することを考えるうえでとても参考になりました。彼らの道案内はとてもわかりやすく、配慮が行き届いていて、おせっかいすぎる事も、雑な感じもありませんでした。

そのおかげか、最初の恐怖感はいつのまにか忘れてしまい、他の参加者と会話を楽しむ余裕まで出てくると、私たちはアテンドの方の昔の恋バナで盛り上がったり、カフェで飲み物を注文し、真っ暗闇で乾杯する難しさを楽しんだりと、想像以上の盛り上がりを経験しました。目が見えない分、声の調子やトーンで相手の表情をより想像しながらコミュニケーションをするので、必然的にアクティブな参加が促されたのかもしれません。他人の息づかいや声の方向も、何もかもが普段よりはるかに鮮明に感じ取れる特殊な環境の中で、マインドフルに会話を楽しむうちに、暗闇の恐怖が徐々に、なにかあたたかいものに包まれている感覚に変わったようでした。その時、「暗闇のあたたかさ」という言葉の意味を本当に理解できたのかもしれません。

後半になると、目の負担を軽減するため、暗闇から徐々に薄明るい部屋に移動していき、最後には明るいロビーに戻り、イベントは終了しました。

実は私はどちらかというと、もともと心の根っこの方は社交的ではありません。人と話すのは好きですが、今も一人の方が居心地良いと思うことが多いです。無理に社交的になる必要はないとも思います。

しかし私はこの特殊な体験で、「暗闇のあたたかさ」だけでなく「人の声のあたたかさ」も再認識することにより、今まで少しもったいないことをしていたかもしれないと思うようになりました。

当たり前なことに思えますが、自分の感情や思考が声になり、その声の振動が相手の鼓膜に伝わり、そこから相手が意味をくみ取り、はじめてコミュニケーションが成立します。この過程で生じるあたたかさは、本当にかけがえのないものです。他人と喜びや悲しみを分かち合ったり、傷を癒すことさえもできるのですから。当たり前すぎて忘れてしまっていたこの事実を、ダイアローグ・イン・ザ・ダークは思い出させてくれました。

みなさんは、今日これから会う人と、どのように会話を楽しみますか?

目の前に相手がいるときは、ちょっとスマホはポケットで休憩させて、表情や声のトーンをマインドフルに感じながら会話してみてはどうでしょうか。あなたが話すとき、相手はどのように耳を傾けてくれていますか?逆にあなたは相手の話をどのように聞いていますか?もしかしたら話している相手の表情の裏側にどこかさびしげな雰囲気が隠れているかもしれません。あなたの大切な友人や恋人の表情をしっかりと見て、もし、その人のほっぺにえくぼができる瞬間に出会えたら、きっととてもハッピーな気持ちになることでしょう。いつもの会話より、記憶に残り、自分の意見もうまく伝わるはずです。

こういった大切なことはスマホが普及し、常に他人と繋がることができる便利さと引き換えに、忘れられてしまいがちなものですが、もし、このブログがそういった心がけを思い出すきっかけになればとても嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。