※過去にICCで実施した”グローバル人材・インタビュー”の記事を採録します。名称や肩書等は当時のものです。(元記事は2013年12月4日公開)

元青年海外協力隊村落開発普及員 徳星 達仁

2008年3月に早稲田大学法学部を卒業後、株式会社JTB関東旅行会社に就職し法人営業を担当。2010年2月退職。同年6月、青年海外協力隊にてベナンに派遣。主に小学校の衛生環境改善活動に携わる。2012年6月に帰国後、日本紛争予防センターにて瀬谷ルミ子事務局長補佐インターンを務めた後、国連UNHCR協会でファンドレイジングを担当。国際公務員を目指し、2013年9月よりイギリスの大学院に留学中。

内向き学生、“熱いバカ”に触発される
学生時代に特にやっておいてよかったことはありますか? また、やっておけばよかったことはありますか?

僕の学生時代は1年生の時と2年生以降で大きく変化します。1年のときも中学高校と続けていた吹奏楽のサークルに入ったり、法学部の法律サークルでテスト対策に勤しんだりと、それなりに充実していたのですが、なんというか・・・、内向きでした。国際交流だとか、国際協力って言葉は心のどこかには引っかかっていたかもしれないけれど、意識は全くしていませんでした。勉強は真面目にやる学生でしたが、人と関わることにそこまで魅力を感じていませんでした。
変わったのは2年の時です。ふとしたきっかけで「僕は全然外の世界のことを知らないな、自分の世界を広げたいな」って思ったんです。きっかけは多分本当に大したものではなくて、今となっては思い出せないくらい。インタビューで話すことでもないかもしれませんが、失恋したっていうのも一つのタイミングだったかもしれません(笑)。「俺、このままでいいのか」って思ったんです。
そのとき偶然、Waseda International Festival(WIF)という国際交流イベントサークルがスタッフ募集をしているのを見つけて、思い切って飛び込みました。早稲田には“熱いバカ”がたくさんいて、元々僕もそんな早大生には憧れを持っていたのですが、ちょっと自分には遠い存在だと思っていました。しかしそのサークルで、積極的に物事に熱中して取組む人達と一緒に活動するうちに、自分ももっとアクティブになっていいんだ! いろんな人に出会うのってめちゃくちゃ面白い!! と実感して。その後の学生生活はとにかくいろんなことに首をつっこみました。実は、ICCでもミュージカル企画※に参加したりしていたんですよ。
ですから、自分が学生時代にやっておいてよかったと思うのは、たくさんの人と関わり、たくさんの仲間と出逢えたということです。早稲田は特に、熱い心を持った面白い人たちが本当にたくさんいて、いくらでも自分の視野を広げることができます。
もう一つ頑張ったことといえば、英語の勉強でしょうか。後々国際協力分野を目指すならば、英語は絶対必要です。僕はサークルなどで国際交流に関わるうちに、英語は絶対この先自分に必要であると感じました。留学の経験もないどころか、英語は割と苦手な方だったのですが、チュートリアル・イングリッシュや、オープン教育センターで意識的に英語の授業をとって、英語の得意な人達に追いつけるよう努力しました。英語学習にお金をかけたわけではありませんが、大学内の機会を活用して勉強するだけでも、英語力はかなり伸びたと感じています。
一方で、やっておけばよかったなと思うことは、スタディツアーやボランティアなどで実際に途上国に行ってみることです。当時の僕には、忙しかったりお金がなかったりと、途上国に行かない「理由」を自ら作っていました。しかし、本気で途上国への想いがあったとしたら、必死でお金を貯め、時間を作って行けていたはずだと思います。実は、新卒のときも国際協力分野への就職も視野に入れていて、JICAの新卒採用も、最終選考までは残れたんです。しかし、最後の面接で突き詰めた質問をされたときに、自分の国際協力への意志とそれに伴う実行力がまだまだ弱いことを痛感させられたのです。だから、現時点でこういった進路を考えている学生の方はぜひ途上国に出かけてみてほしいです。僕の場合はそれがあって、その後の青年海外協力隊での派遣につながっています。

2007年度ICCミュージカル・プロジェクト『FAME』

国際協力に関心を持たれたきっかけはなんですか?

今思うとクリティカルなきっかけは、WAVOC主催のウガンダの子供兵士に関する写真展と講演会です。それまでもなんとなくアフリカには恵まれない子供たちがいる、という認識は持っていましたが、実際に聞いたウガンダの子ども兵士の話は想像以上に衝撃的で、残酷でした。一方で、ウガンダの子ども達の日常の写真はとても目が輝いていて、本当にキラキラとした笑顔だったんです。こんなに素敵な笑顔が一瞬で奪われてしまう世界があるということに非常にショックを受けました。同時に、生まれる場所は選べないにもかかわらず、なんて理不尽な世の中なんだろう、こんな不公平が許されるのか、なんとかできないかとも強く思いました。
もっともその当時は、自分が国際協力に将来携われるとは考えてはおらず、自分には無理だろう、きっとどこかのバリバリすごい人たちが変えていく世界なんだろうなぁと半ば諦めつつ考えていました。とはいえ、もし自分がこの理不尽な世界を、ほんの少しでも良い方向に導ける仕事ができるならば、それは僕にとってすごく幸せなことだしやりがいがあるだろうなとも思い始めました。頭の片隅にはずっと引っかかっている感じでした。だからこそ、学生時代の国際交流活動や英語の勉強もより熱心に取り組んでいたのだと思います。

今やっている仕事は一生をかけてやるものなのか? と自問した
ご卒業後は民間企業に就職されたそうですが、国際協力の世界に携わろうとは思わなかったのですか?

僕は法学部の学生だったのですが、就活で自分の進路を考えたときに弁護士など法曹の道はちょっと違うかな、と思っていました。ダブルスクールをして、必死に何年も勉強して・・・というほど本気で目指したいとも思っておらず、とりあえず社会に出たいと思いました。それでいざ何をやるかって考えた時にやっぱり国際協力をやりたいと思いました。でも一方で正直なところ当時は将来の安定も求めていて、国際協力の世界はNGOなども含めて不安定な要素が多い点が心配でした。収入の安定性がありつつ国際協力、つまり自分のやりたいことができるところと考えたときにJICAを見つけたので、第一志望で受けました。一方で旅行業界にも興味があり、結果的にJICAはその時はご縁がなく、第二志望のJTB関東に就職することになりました。ただ、依然として国際協力への想いもありましたので、一生JTBに骨をうずめるつもりかといえば、そうではなかったと思います。それでもやってみないとわからないですし、6~7割くらいはここでずっと仕事をしていくかもしれないとも考えていましたね。

ベナンでは村落開発普及員として小学校の衛生環境改善活動をされたそうですが、どんなことで苦労されましたか? またどうやってその苦労を乗り越えましたか?

                                              ベナンの小学校での衛生啓発活動

まず生活に慣れるのに苦労しました。言葉も通じず、気候も文化も違う。しかもベナンはアフリカ最貧国。覚悟して行きましたが、それでもストレスフルな場面は多くありました。

なかでもやはり言葉の壁は苦労しましたね。派遣前に勉強したもののそれは最低限生きていくためのレベルでしたし、あとベナンの人たちが使うのはアフリカン・フレンチなので、習っていたフランス語とは発音や単語が違ったりして、初めは意思の疎通がスムーズに行かなかったんですよね。伝えたいことが伝えられないのはもどかしかったです。でも、そこで頑張るしかないので、わかる言葉でジェスチャーを交えつつ頑張って話していました。そうすると相手も僕の話を理解しようと努めるようになってきて、また自分の語学力も上がっていくので、半年くらいすると随分と自然にコミュニケーションが取れるようになっていました。
もう一つの苦労は任務の内容に関わることですが、僕は村落開発普及員としてベナンに赴任し、衛生啓発活動などに取り組んでいました。具体的には近所の小学校をいくつか訪問して、手洗いの大切さや、適切なゴミ捨てについて紙芝居や歌を用いて普及していく活動です。まず手が不衛生な状態だと病気の原因になるというメカニズムを知ってもらうところから始めるんですが、習慣付けるのってとても難しい。いきなりよく分からない外国人が小学校にやって来て、「皆さん、今日から食事の前には手を洗いましょうね」とか言っても説得力がないですし、行動に移されないんですよね。
初めはそれがすごくフラストレーションでした。自分はベナンの衛生環境を少しでも良くしようと努力しているのに、なぜみんな協力してくれないんだろう、受け入れてもらえないんだろうと。自分の存在意義が分からなかったときもありました。
そんななかで気付いたのは、自分が「何かしてあげよう」と考えていたのは、少し上から目線だったということ。そこから行動がかなり変わりましたね。何かしてあげよう、ではなく、現地に溶け込むことが重要だと思うようになりました。僕は「トク」って呼ばれていたのですが、トクって仲間が村にはいて、そういえばあいつ、手を洗えって言っていたなぁくらいに誰かが思い出してくれればそれでいいと考えることにしたんです。

                                   幼稚園では日本語の歌を教えたりもしていた

それから、民族衣装を着て現地のお祭りに参加したり、一緒に食事をしたり・・・、そうすると状況が好転し、最初は「外国人」のトクとして扱われていたのが、コミュニティの一員として、「仲間」のトクだと思ってもらえるようになりました。
ベナンの人ってそうなってくるとあんまり壁がなくて、本当に家族みたいに親しくしてくれます。あの人が親しいなら、トクって良い奴なんじゃって広まってきたりもして。学校の先生もプライベートで仲良くなってから、活動に協力してくれるようになっていました。もちろん仲良くしつつも、やることはきちんとやらなければならないのですが、一緒に生活する中で得られたものは大きかったですね。途上国も初めてで、肌の黒い人と接するのも初めてだったのが、彼らとけんかできるようになりましたから。人間は国籍や人種が違っても、みんな同じ人間だなと実感しました。同じひとりの人間として、構えずに接することができるようになりましたね。

 

まずは一歩踏み出してみよう
9月からイギリスの大学院に進学されていますが、協力隊後の進路についてはいつ頃からどのように考えていらっしゃいましたか?

     帰国後、日本紛争予防センターでのインターン修了日の様子

国際協力の世界で仕事をする場合、一般的には修士号以上の学位、英語ともう一言語の語学力、2年以上の実務経験が求められることが多いです。協力隊員を経て語学力と実務経験は多少なりとも得られたので、次は修士号が必要だと考えました。そこで、ベナンから帰国後は大学院に留学しようと決めました。といっても経済的に余裕は全くなかったのですが、ベナンは幸いなことにインターネットが使えたので調べてみると、国際協力を目指す人向けの奨学金がたくさんあることが分かったんです。

ちょうど僕の出身地でもロータリー財団が奨学生を募集しており、このタイミングを逃すわけにはいかないと、休暇を利用して自費で日本に一時帰国して試験を受けました。これも一歩踏み出したことです。受かるか落ちるかは分からないけれど、やってみなければ分からない、受けなかったらずっと後悔するな、と。不安で一歩踏み出すのを躊躇してしまうとき、自分と対話するんです。いろんな不安要素はあるけれど、やってみたいんだろ? 結局お前にやらないって選択肢はないんだろ?って(笑)。実際に合格を頂けたので、現在平和構築の分野を修士課程で学んでいます。その後は国連職員を目指すつもりです。国連は組織が大きすぎてお役所的など、ネガティブな側面の話も聞きますが、それを含めてまずは挑戦し、自ら経験してみたいと考えています。

国際協力に憧れを抱きつつ、どうやってその道に進めばいいかわからない、あるいは分かっていても、その後のリスク対応に不安があったり、なかなか一歩を踏み出せないという学生もいるかもしれません。徳星さんの場合その道を選ぶことによって発生するリスクをどうお考えになって決断されたかも含め、そういった学生に何かメッセージをお願いいたします。

将来を不安に思うのは当然だと思います。リスクを考えるのも堅実だし必要なことです。ただ、ときにはその不安は実は考えすぎかもしれなくて必要以上に大きくなってしまっている場合もあると思うんですよ。先ほどから話していることですが、一歩踏み出してみてください。そうすれば実際にはなんとかなることが殆どなんですよね。むしろ、追い込まれると人間は何とかするように努力するものですし、自分で決めた道は自分で自然と正当化できるようになると考えています。だからそんなに怖がらなくて大丈夫です。もちろん、無鉄砲とは違うので対策できるリスクは事前に対応するべきなんですが。
そうは言ってもその一歩を踏み出すのが怖いしとてもエネルギーがいるんですよね。だから僕の場合は、国際協力のイベントやシンポジウムに参加したりして自分を奮い立たせたり、自分の夢を周りに話して思考を整理してみたり、不安を紛らわしてみたりしています。あと、小さな成功体験を積み上げていくのも大事です。勇気を出して一歩踏み出してみた経験を重ねていくとそれが自信になって次の一歩を後押ししてくれます。
もし何かを始めたい、でもいろいろな不安要素があると悩んでいるならぜひ、一歩踏み出してみてください。港を出る船と同じで、動き出すまでが一番エネルギーが要りますが、あとはスーっと進むだけです。悩んでいる時間はもったいないです。ビビッときたものを大事にしてください。

編集後記

にこにこと穏やかに、でも熱く想いを伝えて下さる徳星さんは本当に素敵な方で、インタビューしながらすっかりファンになってしまいました。
「国際協力なんて自分には無理だろうな、きっとどこかバリバリなすごい人たちが変えていく世界なんだろうなぁと」・・・まさか、青年海外協力隊を経て海外の大学院に行こうとしている先輩から伺うとは意外でした。どちらかと言えば、どちらかと言わなくても“すごい人たち”がご協力くださっているグローバル人材のインタビュー。そんな中にかつて内向きで国際協力を遠目に眺める学生だった方がいらっしゃることは、ごくごく普通の学生の私でも一歩踏み出したら何かできるかも・・・と思わせてくれる勇気が出る機会でした。

清水 瞳(商学部4年)