去年の8月、不思議の国ドバイに一週間ほど旅をしてきました。一度マルタ行きの乗り継ぎでドバイ空港の規模の大きさや、床の隅々まで煌びやかに見える清潔さ、並ぶ店舗の豪華さに圧倒されたことはあったものの、ドバイの地に足を踏み入れるのは初めてのことでした。

そして、この国に滞在して改めて抱いた印象は「非現実」です。60年ほど前、この地域は一面の砂漠でした。石油はまだ発掘されるに至らず、人々はラクダに乗り、魚を市場で売ったりファルコン(鷹)使いをしたりして生活していました。

それが2007年には世界で一番高い建築物であるバージュハリファが完成するほどの経済発展を遂げたのです。

旅行中の数日間だけでも、街の至る所で高層ビルの建設が進み、前日なかった場所に植物が植えられたりしていました。タクシードライバーの1人も「現在200以上のホテルが作られているからこの先道を覚えられるか心配」と冗談めかして言いました。実はドバイに住所はありません。都市計画が着実に実現していく中、住所の特定がどのように行われるのか気になります。

そして、ドバイには世界中の飲食店やブランド、テーマパークが揃っています。まるで世界のミニチュアを見ているような気分です。砂漠のなかに50年余りで築き上げられた楽園-全てが完璧に出来ていて、足りないものは何一つない世界。気温60℃湿度70%の気候であるにも拘らず建物の中は日本の室内よりも肌寒く、レストランでは絶え間なく料理がテーブルに並べられ残り物は惜しみなく廃棄されていく…地球には、これだけの人の動きを支える資源があるのかと、少し違和感を感じました。

ドバイで見かける単純労働者は主に海外出身です。聞いて回ったところ、パキスタン、インド、フィリピン、レバノン、エジプト、チュニジア、エチオピアの人々の割合が高かったように思われました。

白い民族衣装を来たアラブ首長国連邦(UAE)の人々はブランドもののショッピング袋を持ち、カフェやレストランで談笑したり食事を楽しんだりしていました。その光景に、最初は疑問を覚えました。しかし、どの労働者もいきいきと仕事を楽しみ、ゲストに優しい笑顔で話しかけ、礼儀正しく振舞っている様子を見て、日本が見習うべきドバイの良さに気付きました。

労働者はどこの出身であっても適切な給料を支払われ、適切な労働時間で雇われます。工事現場で働いている人の姿も、陽が一番強く照る正午あたりになると姿を消し、休憩をしていました。街にはごみ箱が多数設置され、道にはごみ一つ落ちていませんでした。

この労働条件や環境は人々が心の余裕を持つのに大事な要素であると思います。

ドバイでは単純労働者を含め殆どの人々が英語を問題なく話し、犯罪率も非常に低いです。セキュリティがしっかりしているのに加え、飲酒や薬物療法が厳格に禁止されているので酔っ払いなどに遭遇することがありません。スーク(市場)でさえものを盗まれる気がしないのは、犯罪行為を行った末に待っている刑罰が厳しいからでしょうか。

ドバイはイスラム教国です。毎日礼拝の時間には町中に祈りの歌声が鳴り響きます。今世界では、イスラム教を掲げてテロに走る集団が多くあり、この宗教に偏見を持っている方もいると思います。しかし、ジュメイラモスクでは”open doors open mind”をモットーに内部見学ツアーを行っていました。異教徒であるか否かは関係なしに誰もが温かい飲み物と軽食で歓迎され、本質的な意味で教会らしい場所でした。見学中プレゼンターが言った「イスラム教は平和な宗教です。今一部の人々によって引き起こされた悲劇で、私達や私達の宗教を決めないでください」という言葉が今でも鮮明に思い出せます。宗教は悪くありません、それを利用する人々の心が悪いことをするのです。ドバイのイスラム文化に触れてみて、改めて実感しました。

イスラームではザカートという喜捨の習慣があります。これは、お金を持っている人々がその一部を自分のコミュニティで生活に困っていそうな人に寄付する行為です。UAEでは富が上だけに独占されずに、全体に行き渡っているようです。それも治安が良い一因であると考えられます。

1日1日、吹いては消えていく砂漠の砂のように目まぐるしい変化と遂げていくドバイ。

そこには、この文章に書ききれなかった人々の声、魅力、問題が沢山あります。この先この国がどう進展し、どんな課題に直面するかを予想するのは困難です。

ですから皆さんにも是非、そんな奇想天外なドバイの現実を体験していただければと思います。

 

学生スタッフリーダー R. T.