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「日本人」としての私のアイデンティティー

「外国人っぽい。」

 

早稲田大学国際教養学部に入学してから8か月。その間に同じ学部の人からも、他学部の人からも言われ続けた言葉です。外見は日本人ですが、たどたどしい日本語に比べ、英語は堂々としゃべることが原因でこのような印象を持たれるようになったのだと思います。

 

実際に帰国子女ではありますが、日本に帰国してから今年のクリスマスで十年経ちます。本当でしたら、この期間で十分の日本語力はつけられているはずです。しかし帰国子女の多くにみられるであろう、住んでいた国、そして英語という言語に対しての執着心を強く持っていたため、私は日本語という言語に本気で向き合おうとしなかったのです。日本語を問題なくしゃべれていたのですが、日本人としてその歳でしゃべれるであろう日本語力がついてなく、子供っぽい日本語をしゃべり続けていました。

 

それでも私は日本人である自分のアイデンティティーがとても大事で、中高六年間書道部に所属して、大いに日本文化に触れていたことは今でもとても誇らしいことだったと感じています。留学生の多い中高一貫校に通っていた上、部活内で英語がしゃべれる人が少なかったため、私が通訳係として書道の魅力ややり方を英語で教えていました。数少ないこの機会で私は異国文化に触れる留学生、そして言語がそんなに通じなくても頑張って自分の文化を必死に伝えようとする部員の姿を見て、自国の文化を知ることの大切さ、それを自分のアイデンティティーだといえることがどれだけ意味のあることなのかなど、異文化交流の魅力にひきつけられていました。

 

しかし大学に入って書道を辞め、国際教養学部ならではの「外国人」という印象をもたれ言い続けられた今、私の中での日本人としてのアイデンティティーが消え始めていました。「外国人」らしく振る舞うようになり、英語と日本語を混ぜてしゃべる、いわゆる「チャンポン」を多く使うようにもなりました。「自分は日本語が下手。」「外国人のように日本語が上手くしゃべれない。」常に意識すればするほど、自信もなくなっていき、高校生の時よりも日本語が下手になっているのではないかと思うほどでした。来年二十歳で成人するのに、自国の言葉もしっかりとしゃべれないことにひたすら悩んでいたその矢先に、ICCに採用されました。

 

ICCの存在や活動は早稲田に入学する前から認識しており、異文化交流が好きな私にはピッタリな場所だと考えていました。採用されて二か月、日本人学生や留学生がお互いの文化や経験を知り、吸収しようとする学生の姿を目の当たりにして、改めて自分自身の文化や背景の大切さを感じました。「外国人」は自分のアイデンティティーじゃない、「日本人」が私のアイデンティティーだという、忘れかけていた感情も取り戻しました。久しぶりに筆を持って書道もしてみたいなと思ったり。日本文化にもう一度正面から向き合いたいと強く感じ続けています。

 

「異文化交流」と聞くと、ただ留学生としゃべって交流する、お互いの文化を紹介しあうことだと思う人が多いかもしれません。確かにそれは異文化交流の大事な一部分ではありますが、他国は私たちのことを日本の代表かのように聞いて、接してきます。その中で私たちは何をどう発信すればいいのか、どう教えれば相手に日本の魅力を伝えられるかと考えますが、それは私たち自身の中での「日本人さがし」をしているのです。様々な環境に揉まれた自分のアイデンティティーを根本的な面から振り返る良い機会です。

 

ICCではこのように、様々な背景の人が異文化交流をできる場を提供しています。興味のある方は是非お越しください。そして私のように、自分のアイデンティティーについて何か気づけたなら幸いです。

 

 

 

M.H. (Student Staff Leader)