月別: 7月 2021

多様性とかそれ以前に

 ICCの学生スタッフリーダー(SSL)として働くようになり、より様々な文化を肌で感じるようになりました。毎日がとても充実し始めた一方で、新たな環境に身を置くことは体力も使うようで、休日はだらだらと過ごすことが増えるようになりました。そんな惰眠を貪っていたとある休日、Netflixを漁っていると、ある番組に出会ってしまいました。

*以下は宣伝ではなく私個人として最強の番組を紹介しています。

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京)。それはまさに英語で言う「eye-opening」な番組。何がそんなにすごいのか、少し紹介します。 

写される場所がとてもディープ 

この番組は、グルメ番組の区分に入ります。その為、様々な人の食べ物が写されるのですが、その取材場所が普通なら絶対に足を踏み入れることのできないところばかりなのです。例えば「廃墟に暮らす元少女兵」や「ゴミ山で暮らす少年」、「カルト教団」や「香港のデモ隊」など、取材中にいつ死んでしまってもおかしくないような世界を、ディレクターの上出遼平さんは現地ガイドとたった二人で取材します。時にはカメラを奪われそうになったり、現地の人でさえ危険という場所に行ったりと、見ている側は本当に大丈夫なのかとスリルを感じながら観ることができます。 

ナレーションが無い

この番組、ナレーションが無いのです。その為、現地の人が淡々と写され解説がありません。ただでさえ自分の住む世界とは全く違う世界を映し出されているのに、ナレーションや解説が無いと「なぜ?」がただただ膨らむばかりです。確かにディレクターが質問をしてわかることもありますがそれだけでは足りません。また、中には今まで、ただ悪い人、という認識を持っていた人々も写されます。彼らの主張に対し、それをどう解釈するかは我々視聴者にゆだねられています。彼らの意見を聞いていると、ただ悪い人、良い人といった善悪二元論では語ることのできない複雑な社会や感情が垣間見え、視聴後に様々なことを考えさせられます。 

食の在り方を考えさせられる 

私にとっての食というのは、様々な種類があり楽しいことで、自己紹介等でも「趣味は食べることです」というフレーズを何度も耳にします。しかし、この番組で写される食は、命がけのもので必要最低限のもの、という場合もあります。食べるためには働かなくてはならない。でもその働き方は決して楽なものでなく、常に死と隣り合わせであったり、寿命を縮ませながら行うものであったり… しかし、逃れることのできない負の連鎖や不条理さを多く目にする一方で、そこに写る人々の優しさも目にします。過酷な社会の中で生きていても、美味しそうに、嬉しそうに食べる姿を観ると胸が締め付けられるとともに、全世界共通の食の偉大さを再認識します。

生きるってなんだ? 

今までに見たことのない様々な国籍やバックグラウンドを持つ人々の生き様を映していくという面においてはこの番組はとても多様性が尊重されているものだと思います。ですが私はこの番組を観て、「これは多様性に富んでいるな、ふむふむ」といった風に考えることができませんでした。多様性とか異文化とかそれ以前に、「生きる」こととは何なのか考えさせられます。明日生きていくためのお金が無い、とか、明日殺されるかもしれないとかそんな究極の世界に身を置いたことのない私には、その番組にうつされるどの人たちのことも完全に理解することは出来ないし、同じ気持ちになることは出来ません。ただ自分は毎日ちっぽけなことでへこたれて、夜ご飯が焼き魚な日は文句を言う、そんな贅沢なことができる環境にいて、何も知らないという事実を突き付けられ、やるせない気持ちになるのです。生きることというのは同時に死ぬことでもあるのに、死というものが余りにも遠くふわふわしている。生きていることが当たり前の自分の環境がどれだけ恵まれていることなのか、視聴後私はよく考えます。世界にはいろんな人がいる。だからせめて私も自分の生を無駄にしないで精一杯生きよう、そう改めて思わされます。 

ここまで、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の番組を熱く語らせていただきましたが、実はこの番組の取材は日本にも進出しているのです。SpotifyのPodcastには、日本にいる「ヤバい」人々の「ヤバい」飯を音声のみで聞くことができます。存在は知っていてもどんな活動をして何を考えているのかはわからないものから、え、そんな仕事あったのかという驚きの仕事をする人まで、様々なディープな世界を垣間見ることができます。長々と語るのもここまでにして、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の熱さを少しでも伝わっていれば幸いです。もし、自分の毎日にメリハリが無かったりやる気が出なかったり、少しでも刺激が欲しい、ディープな世界を覗いてみたい人は、ぜひおすすめします。 

I.O.(学生スタッフリーダー) 

Love Letter to Tokyo

A.M. (ICC Student Staff Leader)

Reading this blog post, I think you will know which one of us student staff wrote it, but I have never been shy about sharing my thoughts or my feelings, so this is my love letter to internationalism.

I first came to Japan in 2017, straight after the most bizarre, jam-packed month of my life. In my last 30 days at home, I made Christmas dinner with my friends in the lingering heat of the summer, had minor surgery, and one week later ran my first marathon. The truth is, I pushed myself to do as many things as I could before leaving my home country, because I was scared. I was scared about moving to the other side of the world, not knowing what to do if something bad happened, being so far from friends, from family. It was totally different to times when I had left home before, as I wouldn’t be able to fly right home if there was an emergency.  

My 留学生活 , however, did not disappoint. It was 10 months of great change. I made friends from all over the world, improved my Japanese to a level I never could have achieved at home, visited all the places I wanted to go, stayed up and watched the sun rise more times than I could count. I had made my new home, and my new home was Tokyo. 

Until it was time to leave again. No matter how much I wanted to, I had to go back to finish my undergraduate degree. I was fresh off the plane from Tokyo, so fresh in fact that I was still waking before the sun, when I scheduled a meeting with my professor. It was finally time to start thinking about what I was going to do after finishing my Bachelor’s degree. I knew I wanted to do a Master’s degree, continue in my field of language and cultural studies,; I wanted to focus on Japanese, but was at a loss as to how I could have it all. That’s how my story with Waseda began.  

A grueling 21- month process of researching, writing, applying for scholarship, finishing essays, panicking before oral exams, graduating, finding a full- time job, and waiting, and waiting, and waiting, all the while, dreaming of Tokyo. The email came at the end of February 2020. A scholarship and an acceptance letter. I was going back home!  

Sometimes it seems that there is a cruel irony in the fact that I have come here during the coronavirus pandemic. Yes, I was able to come to Tokyo, and start the graduate student life experience… from the comfort of my own home. I have not met most of my classmates, nor very many people at all for that matter. It was not until I started working at the ICC, that I began to feel as I used to.  

The ICC has given me the chance to cross paths with so many people, the gift of hearing their stories, and courtesy of sharing a small part of their lives. I have relearned what I knew to be true before this pandemic;: the value of interaction. I don’t believe in the archaic ideas of borders, or nationalism,  these are silly categories that confine individuals to a certain set of expectations which they may or may not live up to. And when you sit behind the counter at the ICC, this is what you see. Not groups of students that can be neatly separated by country, but a bricolage of culture, identity, and personality.  

And this never fails to remind me why I love living in Tokyo. There is a vast, never ending expanse of people just waiting to have their story heard. There is a constant flow of those moving away, those moving in, those moving around. There is always a new road that I haven’t followed, a train line not yet taken, a building I have never seen. The permutations are limitless.

Of course, there are times in which it feels too much. Being so far away from home and everything that I know. I don’t have much of a community, nor a place to remind me of home. Sometimes I long for someone who will give me that familiar feeling. 

But every morning and every evening, as I look out at the view of Tokyo, framed by my kitchen window, I remember why I worked so hard to be here, and why this is truly a freedom like no other. 

Image from Imgur

私の”JIMOTO”

初めまして!春学期から新しくICCの学生スタッフリーダー(SSL)になりました、M.S.です!今回は初めてのブログなので、自己紹介がてら私が生まれ育った“JIMOTO”、群馬について紹介したいと思います!

私は、日本の群馬県で生まれ育ちました。皆さん群馬ってどんなところか知っていますか?「田舎」「遠い」というイメージでしょうか?あるいは特に何もない県というイメージの人も多いと思います。実際、どれもあながち間違ってはいません。(笑)ですが!群馬には良いところもたくさんあります!今回はその魅力の一部を紹介していきたいと思います。

都会と田舎の良いとこどり

群馬といえばよく田舎としてテレビで紹介されたり、未開の地なんて言われたりもします。(笑)では実際のところどうなのかというと、こちらの写真をご覧ください。

(image by author)
(image by author)
(image by author)
(image by author)

これらの写真は、私の出身地、高崎の駅前の様子です。高崎駅は、ヤマダ電機の本社(2枚目)や大型商業施設(3枚目)、コンサートなどが行われる芸術劇場(4枚目)など、さまざまな施設と直結しています。駅にはスタバも三つあります!東京や新宿までは電車で一本で行くことができますし、新幹線も通っていて、交通の便も良い駅です。高崎は群馬県の中でも栄えていて、最近はどんどん発展しています。私の友達を高崎に連れてくると、大体思ったよりも栄えていて驚いています。

しかし、群馬にはもちろん自然もたくさんあります。

(image by author)

群馬には山がとても多いです。小学校の運動会では、赤組・白組ではなく、赤城団・榛名団・妙義団と山の名前で分けられていました。この写真は、高崎から車で一時間ほどの物語山という山の山頂から撮影したたものです。小さい頃はよく父と山登りに行き、山頂からの景色を見るのが最高に気持ち良くて好きでした。先ほどの少し栄えた高崎からも、遠くにはたくさんの山々が見えるので、高崎にいると都会と自然を両方感じられます。高崎は、程よく栄えていて暮らしに困ることはなく、東京ほど込み合っていなくて、さらに自然も感じられます。都会と田舎の良いところをとった、とても住みやすい都市だと思います。

観光

群馬県には、観光スポットはそんなに多くありませんが、少しだけ紹介します!まずは温泉です!群馬県には草津温泉や伊香保温泉など、日本の名湯といわれる温泉があります。温泉は群馬の中でも山の方にあるので、自然を感じられて、東京からのプチ旅行におすすめです!

参考:「極上の『温泉王国』ぐんま」 ググっとぐんま公式サイトこちら

次に、世界遺産、富岡製糸場です!歴史の授業でも習う、日本で最初の官営模範製糸場です。製糸場の見学や見学繭から糸を作る体験などができます!

参考:「世界遺産 富岡製糸場」富岡市観光ホームページこちら

三つめは榛名神社です!ここは山奥にある自然に囲まれた神秘的な神社で、パワースポットとして人気です。最初の鳥居から本殿までは15分ほどずっと上り坂と階段で結構険しいです、、ですが、道中には滝や大きな岩、七福神の像などがあり、たくさんの自然とパワーを感じられます。私の祖父は昔この神社の神主をしていました。私も小さいころから毎年参拝しているお気に入りの神社です。

「榛名神社へようこそ」榛名神社公式サイト

群馬県は、こんにゃくとキャベツの生産量が1位です。ほかにも全国5位以内に入る野菜がたくさんあり、新鮮でおいしい野菜が食べられます。また、「おっきりこみ」や「ひもかわうどん」、「釜めし」、「焼きまんじゅう」などの郷土料理もあります。焼きまんじゅうは、まんじゅうと言いながら普通のおまんじゅうの二倍くらいの大きさのものが4つ串に刺さっていて、おまんじゅうの中には何も入っておらず、まわりには甘いみそのたれが塗られています。食べたことがない方は全く想像がつかないと思うので、是非食べてみてください!

(image by Raita Futo)

文化

最後に、群馬の行事や文化を紹介します!高崎は、だるまの発祥地で、「高崎だるま」は全国シェア8割です!もしだるまを見かけることがあったらおそらく高崎産でしょう。だるまには魔除けや願いをかなえてくれる力があるとされているので、私の家には小さいころからだるまがあって、胴体の部分に願いを書いていました。年始には高崎だるま市が開かれ、たくさんのだるまが売られたり、だるまに願いを書いたりできます。

最後に紹介するのは「上毛かるた」です。群馬県にはかるたがあり、小学校の時に全員これを覚えます。大会もあり、勝ち進むと市大会、県大会に進めるので、小学生は必死に練習します。このかるたは、「あ」から「わ」までの44枚がすべて群馬に関する札になっています。例えば、

「い」…伊香保温泉日本の名湯

「え」…縁起だるまの少林山

「に」…日本で最初の富岡製糸

「ね」…ネギとこんにゃく下仁田名産

「ま」…繭と生糸は日本一

という感じです。今紹介した札は、今回ブログの中で紹介した事に関わっています。つまり、上毛かるたには群馬の魅力が詰まっています。そしてこれを県民全員が小学校で学ぶことで、自分の県について知ることができるのです。群馬県民ならほぼ必ずすべての札を言えるはずなので、群馬出身の人に出会ったら何か好きな五十音を言ってみてください!札を読み上げてくれるはずです。(笑)

“JIMOTO”のよさ

ここまで群馬についてたくさん紹介してしまいましたが、「是非とも群馬県に行ってみたい!!」とまで思ってもらえなくても全然大丈夫です。でも、このブログを通して群馬と私について少しだけ知っていただけたと思います。皆さんもそれぞれ地元があると思いますが、地元にたまに帰るとなんだかホッとしたり、素の自分に戻れたりしませんか?その人が生まれ育った土地について知ることは、その人がどんな人かを知る一つの方法だと思います。早稲田大学には全国、全世界から様々なバックグラウンドを持った学生が集まっていて、それぞれ育った土地や思い入れのある場所があるでしょう。その土地について聞いてみると、その人の意外な部分や土地の魅力など、新たな発見があるかもしれません。みなさんもぜひ友達とJIMOTO talkをしてみてはいかがですか?

M.S.
ICC Student Staff Leader

LGBTに偏見のあった私が理解者になるまで

外国の友達に教わったLGBTQに対する捉え方

Part I

 「男のくせに女々しくて気持ち悪い」、「その女の子は何で男のふりをしているの」、「姉が同性愛で恥ずかしい」… このような考えを持っていた過去の自分がとてもバカだと思う。

 私は中国で生まれ、中国で育った。欧米と比べて、中国におけるジェンダーに対する主流的な捉え方は非常に保守的だ。当然のことながら、私は中国にいた時、そのような保守的な考え方に大いに影響されていた。高校を卒業して日本に渡航し、全世界から学生が集まっている早稲田大学に入学した。そして、異文化交流センター(ICC)によく顔を出すようになった。そこで、ヨーロッパ出身の学生達をはじめとして、色々な国からのたくさんの友達ができた。その友人たちのおかげで、自分とはまったく違う世界観に触れ、新しい考え方を学んだ。特に、ジェンダーに対する捉え方は、過去の自分とは別人になったように変化した。

 私はジェンダーを意識するようになったのは、多分、思春期が始まる頃だった。思春期以前は、「男の子と女の子は体が違うだけだ」という認識だった。それは、私が男性で双子の姉がいて、女の子と一緒に成長していたからだ。女の子が特に自分と違わないという単純な考え方は正しい認識だったかもしれない。しかし、そのような認識は発育と社会環境の影響で変わった。中学生になると、自分が男だと強く意識し始め、男だから男らしく振舞わなければならないと考えるようになった。その頃、初恋をした。つまり、顕在化した性的指向の働きで特定の性別の人を恋愛対象と見始めた。性的指向は先天的な性質だろうか、自分にはわからないが、私は今までずっと、自分が異性愛者だと思っている。生まれてから自分が接触してきた情報源では、例えば、本やテレビ、新聞など、すべて異性愛が当たり前だという世界観があったようにと感じていた。それで、私も異性愛者じゃないとおかしい、自分と違う性的指向の人は「異常」だと考えるようになっていた。そして私にとって「不幸」なことに、中学校の時、双子の姉に彼女ができた。同性愛という言葉にさえ触れたことが少なかった私にとって、あまりにショックだった。これがきっかけで姉を嫌うようになった。さらに、このような姉がいる自分が恥ずかしいとさえ思った。

 そのような私だったが、異文化交流の体験を通じて生まれ変わった。最初は、日本における同性愛に対する寛容度が中国より高いと気づき、私もある程度、同性愛が「異常」だと思わなくなった。とはいえ、同性愛の家族がいることはどうしても平気でいられなかった。そして、同性愛が「異常」だとは思わなくなっても、他の人とはどこか違うと感じて、知らないことに対する新鮮さにも近い「興味」を持っていた。そのため、誰々が同性愛なのかと興味津々に尋ねたり、同性愛の姉のことを批判したこともあった。

そんなある日、フィンランド人の女性の友達に頭を打たれた思いをした。ICCでよく出会っていた彼女に、「○○さんが同性愛らしいね」と言った。言い方から私の不純な動機を察知したようで、彼女は「あ、そう?どうでもいいんじゃん」と不快感が顔に露わになったのを感じた。このことがきっかけで、私は自分の性的指向に対する見方が間違っているのではないかと自問した。そもそも、同性愛はどこが良くないのか?その答えが見つからなかった。自分が何を、誰を好きなのかを決めるのは自分の脳だと、私は思っている。自分の頭にある思考と精神は体に囚われるものではない。もし精神が身体に囚われるのであれば、生理学的に飛ぶことができない人間は、飛行機という構想には到底辿り着かなかっただろう。

Part II

 性的指向だけではなく、トランスジェンダー*も同様だ。正直に言えば、私も子供の頃、女の子になりたいと思ったことがあった。姉のドレスを着てみたり、母親のハイヒールを履いてみたりしたこともある。しかし、それはやはり当時の自分にとって恥ずかしいことで、絶対に抑えなければならないことだと思った。私の経験は、ただの好奇心によるものかもしれないが、もしかしてトランスジェンダーの性質の現れだったかもしれない。しかしながら、今となっては、それはもう分からない。なぜなら、自身の感情が「異常」だと当時自分が思っていたことで、強引に周りに認められるような存在でありたいと願い、止まってしまったからだ。

*トランスジェンダー:本稿での定義は「生まれた時に割り当てられた性と、性自認あるいは性表現が一致しない人」としています。

 一方で、一人のイタリア出身の友人は私と異なり、子供の時によりはっきりと自分のジェンダーに対して認識していたと語ってくれた。彼は秀麗な顔をしていて、話し方も、仕草も優雅なとことがあり、男女ともに人気がある。彼は男性も女性も性的指向の対象であり、性自認が男性だ。しかし、彼は子供の時、女の子のように振る舞っていたという。そして、彼の母親は彼に対して、「もしあなたが女の子としていたいなら構わない、それがうまく行くように何とかするよ!」と言っていたという。子供だった彼はそれに感動して、よく考えたそうだ。その結果、彼は自分の心が男だとはっきりと認識した。

 他方で、私の親は未だに姉の性的指向について心配している状況にある。自分の親が良くないと言っているのではなく、社会的環境から保守的な考えに何十年も影響されてきたから、今更考えを変えることが難しいことも十分に理解している。しかしながら、子供の性のあり方をサポートする親が、すべての親のあるべき姿なのだと思う。

 このイタリア出身の友人の話を聞いて、私はトランスジェンダーに対する理解がより深まった。人間は身体に拘束されることなく、心に思うことを追求すればいい、それこそ自由になれる。だからもし自分が男として生まれても、女の心を持てば、女として生きればいい。逆も同じだ。別に勇気なんか要らない。それはあたり前のことだ。勇気が要ると言うのなら、それは心が自由ではない他人の視線があるからだ。しかし、心の自由な人間が心の不自由な人間に迎合し、同じく心の不自由な人間になることはとてももったいないことだ。

Part III

今の私は、自分が中学校から高校の頃、姉のことを理解するのではなく、他人と一緒に彼女を嫌ったことを後悔している。そして、すべてのLGBTQに対する悪意を持っていた過去の自分に平手打ちしたいと感じている。当事者が「異常」なのではなく、過去の私を含め、それを「異常」だと思う人達がおかしいわけだ。私自身が女の子になりたいと思ったことがあるように、知り合いの中にも違う性別になりたいと思ったことがある人は何人もいる。もしかしたら、ジェンダーの境界線はそもそも曖昧なものかもしれない。「男らしい」、「女らしい」といった言葉自体が間違っていると思う。「男」と「女」は水と油のような正反対のものではなく、混ざり合える似ているものなのかも知れない。共通項で括れば、同じく人間だ。つまり、生まれた時に割り当てられた性別だけをもって、人間をパターン化した性格、心理的特徴、振る舞いや仕草などを強制してはいけないのだと感じている。これは私の個人的な思いに過ぎないが、特に保守的な考え持つ方々にも、この思いを伝えたく、私の昔の過ちをブログに書くことにした。

愛は愛だ(photo by 42 North

Q.Z. (ICC Student Staff Leader)

My Story with ICC

Y.Z. (ICC Student Staff Leader)

Hi! This is Y.Z., a new Student Staff Leader (SSL) at ICC from Xian, a historic city in China. I came to Japan as an international student in April 2019.

Here’s the photo I took from the plane at that time. I was so looking forward to the life here.  

(photo by author)

Since I studied pretty hard, I got accepted to the School of Culture, Media and Society (CMS) at Waseda University in the same year. I was going to be a college student in April 2020. It seemed like my exciting university life would start then. I was super excited. But unfortunately, Covid blanketed the world. The situation was extremely serious. Even the entrance ceremony was delayed for a year. 

Entrance Ceremony at Waseda University, April 2021 (photo by author) 

Also, all the colleges in Japan had to change all their courses to online. I mean, ALL THE COURSES were online when I was a freshman. Such a painful thing! Since communicating with people and making friends is a necessity to me, I can’t stand being alone all the time. So, I searched for events and to interact more with the outside world. It was that time when I found ICC, and participated in its events from time to time. 

(photo by author)

The reason that I was attracted to ICC is that I can talk with many international students like me in Waseda University. There are lots of language activities. I can practice different languages, like Japanese or English, and in the meantime, I can also make friends. I’ve talked to Japanese and students from other countries. Sometimes, I can meet Chinese students in the events as well. And there are lots of interesting events, such as events about fashion, geography, earth’s environment and so on.

ICC’s events fulfilled my life a lot when I was a freshman, especially in this unusual period of time. I mean, I think it’s pretty important for both international students and Japanese students to have a place like ICC in university, where we can interact with different cultures and practice our foreign language skills. 

When I joined the events here, all the staff were so nice and kind. I gained lots of information from them. They talked about their studying life, hobbies, experiences working in ICC and so on with participants. We had such nice conversations. At that point, I really wanted to know how it would feel to be a student staff leader. Then, I applied for the position of student staff leader in ICC, and I passed, so now I’m a SSL at ICC.


(photo by author)

At first, when I joined ICC’s events as staff, I made lots of mistakes, specifically, many small mistakes. Like in the online event, I didn’t share the PowerPoint smoothly or failed to get screenshot photos of everyone. Those things are all simple and I never thought I would make mistakes on them. I feel I still have a lot to learn here, because in order to make sure an event goes well, there are so many things to consider besides those basic things I mentioned. For example, coming up with good and appropriate ideas, communicating with the guest speaker, adding specific activities, thinking about possible risks, cooperating with other SSL and full-time staff, and how to do PR, like designing posters, SNS posting, much more than I thought. Therefore, I am going to continue learning here. I hope I am able to plan an interesting and attractive event someday in the future as well.

Now I’m a sophomore, and I’m still worried about my future, like all college students: the job I’m going to do after graduation, where I’m going to live, relationships with others. But at least I found something to do at Waseda University that I can spare no effort on. That’s my story with ICC so far. I still feel that I was blessed to find ICC when I was a freshman, and very happy to be a staff member here now. I’m certain that the experience here will be memorable. 

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