月別: 4月 2020

音楽を作る醍醐味 ~自粛期間に新たな趣味を作ろう!~

はじめに

皆さんこんにちは!
学生スタッフのH.Hです。
このブログを書いている現在、日本は緊急事態宣言による外出自粛などの措置が取られ始めてから数週間が経っています。皆さん、体調を崩していませんか。
先の見えないCOVID-19の感染拡大。
運動やコミュニケーションの機会が減ることで気分が上がらず、いつもの調子が出ないと感じる方も少なくないのではないでしょうか。
そんな状況と上手く付き合っていくには、家で楽しめる新しい趣味にチャレンジしてみるのがいいかもしれません。
そこで、僕のお気に入りの趣味を皆さんに紹介したいと思います。

それは…作曲です!

ギター一本、もしくはパソコンやスマホさえあれば出来るので、外出できない現状にぴったりです。
作曲といっても、本格的な機材で録音をしたり、公開したりしているわけではないので、あしからず(笑)。
それでは、曲作りの魅力について迫っていきましょう!

きっかけ

はじめに申し上げると、僕はバンドを組んでいたり機材をたくさん持っていたりするわけではありません。
高校生のときに文化祭でB’z(日本の人気ロックユニット)のコピーバンドをすることになり、ベースを猛練習したことはあったのですが、その後は兄のギターをこっそり弾いて遊ぶ程度で、本格的に楽器にのめりこんだわけではありませんでした。
しかし、少しずつコードを覚えて好きな歌手の曲を弾いていると、だんだん自分の頭のなかに新しいメロディーが浮かんでくるようになりました。
ある時、自分の頭にぷかぷか浮かんでいるメロディーに合わせてコードを弾いていくと、曲らしくなりました。
そのとき、
「おお!なんかミュージシャンになった気分や~!」
と楽しくなり、大学生になってからもたまにギターを取り出しては弾いています。(笑)

次に音楽を作る2つの醍醐味について書いていきます。

①思い出を真空パックする

大学一年生も終わりに近付いたある冬の朝、僕は母からの電話で目を覚ましました。
「おじいちゃんが倒れて、余命一か月の宣告を受けた。」
目の前が真っ白になり、状況を上手く受け入れられないまま飛行機に飛び乗り、故郷へ帰りました。
病室の扉を開けると、最後に会ったときの元気な姿とはまるで別人のように生気を失い、ベッドに横たわる祖父がいました。
急いで駆け寄って声をかけても返事はなく、それからの数日はただ意識が回復するのを祈ることしかできないまま、祖父の傍で過ごしました。
真夜中、薄灯りの病室に響く心電図の音。その傍で祖母からたくさんの思い出話を聞いたのを覚えています。
それから何日か経った日の夜明け前、祖父は亡くなりました。
涙が枯れるほど泣いたのは、この日が最後だったと思います。

葬儀を終えた後、東京の部屋に帰ってきて、ギターを手に取りました。
まだ元気だった祖父と最後に会った夏の日のこと、薄暗い病室の寂しい風景、心にぽっかりと穴の空いた感覚。
そのどれも忘れてしまいたくなくて、夢中で一つの曲を作りました。
それから祖父母の家に帰省するたびに、祖父の使っていた古いギターをこっそり取り出して、誰もいない二階のベランダでその曲を歌います。
すると、楽しかった頃の思い出も、病室の哀しい風景も、まるで真空パックしていたみたいに鮮明に思い出されるのです。

皆さんも、受験の辛い時期に聴いていた曲、部活の大会のときに聴いていた曲などを久しぶりに聴いてみると、そのときの情景がブワッと目の前に広がるような感覚になったことがあるのではないでしょうか。
そのような、写真や日記では削ぎ落されてしまう生々しい感情や情景を、曲を作ることでいつまでも残すことができるのです。
楽器一つあれば、何十年経ってもそのときの記憶を呼び起こすことができる。
これは音楽の素晴らしい側面だと思います。
それが曲作りをおすすめする一つ目の理由です。
例えば、いま曲を作れば、
「新型コロナウイルスが大流行したあの春は、こんなことを感じていたなあ。」
と長い月日が経ってからも振り返る、いい思い出になるのではないでしょうか。

②自分を知る

僕は曲を作ってみるとき、2つの方法をとります。
一つ目は、何も考えずに感じるままに作ってみる。
二つ目は、意識的に誰か「っぽく」作ってみる。
です。
すると、だんだん自分では意識していなかった自分らしさが浮かび上がってきます。

前者の場合、
自分では意識しないうちに、自分の好きなミュージシャンっぽいフレーズやメロディーが出てきてしまうことがあります。

「このBメロ、テンポ落とすとめっちゃ○○っぽいな」
「気付かなかったけど、△△っぽく歌ってみるとめっちゃそれっぽいやん」

というような風にです。
面白いのは、「○○っぽい」けれど特定の曲を模倣しているわけではなく、探してみてもコレといった元ネタが見つからないことがあることです。どの曲に似ているわけではないけれど、「なんとなくあのミュージシャンっぽい」という風に色が滲み出てくるのです。
色んな音楽を聴くなかでも、どれが特に身体に染みこんでいるのかが少しずつ分かってくるようで面白いです。

後者の場合、
「○○っぽい曲を作ろう!」と始めます。
そして、そのミュージシャンのコード進行などを参考にしながら作っていくと、「それっぽく」はなるのですが、どうしても拭いきれない「自分っぽさ」が出てきます。
僕の場合は、昭和の歌謡曲やフォークソングに漂う哀愁、寂しさがどうしても出てしまうので、底抜けに明るい曲が作れません(笑)。
ここには幼い頃からの自分の性格や趣味がよく表れていると感じます。
皆さんも自分の性格や趣味から出てくる「自分らしさ」が曲を作ることで滲み出てくるかもしれません。

こそのように、これまで聴く(インプットする)一方だった音楽を、作る(アウトプットする)ことで、自分の知らない自分が見えてくるんです。
それが曲作りをおすすめする二つ目の理由です。

最後に

長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
ギターやキーボードといった楽器を持っていなくても、例えばiPhoneさえあればGarage Bandというアプリ上で演奏ができますし、気軽に曲を作ってみてください。
外出自粛疲れの気分転換になると共に、後々まで残る思い出になったり、自分の知らない自分に気付くいいきっかけになるかもしれません。

それでは、また皆さんとラウンジでお会いできる日を心待ちにしています!
健康に気を付けてお過ごしください!

H.H.(Student Staff Leader学生スタッフ)

異文化理解のための日本神話 基礎Ⅰ

八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を

学生スタッフのR.T.です。今回は日本神話について語ろうと思います。このテーマに至ったのは、以前島根県を訪れた際、出雲大社はもちろんのこと訪れた各地で神話を大切にしているということを実感し、その内容に興味をもつようになったからです。また、異文化交流に身を置く立場上、この国のなりたちについてある程度、説明できるようになりたいと常々思っていたこともあります。

◆「日本」神話と古事記

参考となる書物は奈良時代成立の『古事記』と『日本書紀』、そして各地の『風土記』などがあります。日本書紀と風土記はともに漢文体=中国語で書かれ、前者は公式の歴史書、後者は地方から中央政府への報告書であるのに対し、古事記は土着のヤマトことばを文字化してまとめられた奇妙な書物。乙巳の変の折に『天皇紀』などの史書が焼失するも、内憂外患が重なり大化の改新を推進する中大兄皇子(天智天皇)は史書編纂に着手できませんでした。彼の死後、皇位をめぐって壬申の乱が起き、勝利した弟の大海人皇子が天武天皇として即位します。しかしこの内乱の結果、都は荒廃し、しかも天皇は兄の子を殺して即位したため、正統性にも危うさがありました。また朝鮮半島では新羅が統一を達成、膨張を続ける中国・唐王朝と軋轢が生じ始めるなど、倭国は東アジアの緊迫した国際状況下に置かれていました。ここで天武天皇は新たな国号として「日本」、君主号に「天皇」を採用し、それにふさわしい新たな国史の編纂を命じます。その後、元明天皇の治世に、稗田阿礼がその国史(原資料といえるもの)を誦習し、太安万侶が注釈・編集を加えることで古事記が成立しました。この歴史的経緯をみると、ある程度、古事記が作成された目的が推測できます。すなわち、新しい「日本」という国家が始動するために、旧来の秩序を否定し、天皇家の正統性を付与するための物語が必要とされたこと。大王と豪族の合議制であるヤマト王権の体制を再構築し、天皇中心の中央集権体制すなわち律令国家を確立していくうえで、その体制に適したふさわしい神話が必要とされたのだと考えられます。この恣意的なねらいをむしろ考慮しながら読み進めていくほうが、人間の感性では捉えにくい神々の世界の動きも、ある意味で理性的に考えられるようになると私は思います。

◆天地初発から天孫降臨、日本建国まで

古今東西、神話に求められる役割とは、世界や人類がいかにして現在の姿となったかを説明し、そのうえで今を生きる人間に道徳と行動規範を授けることにあります。日本神話も同様に、宇宙の成り立ちに始まり、神々の時代から天皇の時代までを一連の筋書きのなかで描きます。ざっくりとしたストーリーで分類すると以下の8つになります。

一章.天地初発…アメノミナカヌシ

二章.国生み…イザナキ・イザナミ

三章.世界の分治…アマテラス・スサノオ

四章.地上世界の王…オオクニヌシ

五章.国譲り…タケミカヅチ

六章.天孫降臨…ホノニニギ

七章.地上の支配…ヒコホホデミ

八章.初代天皇…カムヤマトイワレヒコ

原初世界には高天原という天上世界が存在し、そこにアメノミナカヌシという神が現れることで世界が動き始めます(一章)。天の神から混沌の下界を鎮めるよう命じられた男女神イザナキ・イザナミは、この国の大地や多くの神々を生みました。火の神を生んで死んだイザナミをイザナキは黄泉国まで追いかけますが仲違いし、生者と死者の世界が分離します(二章)。イザナキから生まれたアマテラスは高天原を、スサノオは海原を支配するよう命じられますが、スサノオがこれを拒否し大暴れしたことで高天原が乱れました。追放されたスサノオは出雲に降り、ヤマタノオロチを退治して英雄となりました(三章)。地上世界の葦原中津国にいたオオクニヌシは様々な難題を乗り越え、地上世界の支配を行います(四章)。アマテラスは孫のホノニニギに葦原中津国を支配させようと考えてタケミカヅチを派遣し、オオクニヌシは葦原中津国を天の神に譲ります(五章)。ホノニニギは日向の地に降臨し統治を始めますが、呪いを受け天皇家の寿命が縮んでしまいます(六章)。ヒコホホデミとウガヤフキアエズは日向の統治を行う場面で、神から人間としての身体性が付与されていきます(七章)。カムヤマトイワレヒコは日向から東征を始め、大和の地で神武天皇として即位し、日本が建国されます(八章)。話のクライマックスは六章の天孫降臨の場面で、各章は万世一系という天皇家の正統性を裏付けるための伏線として機能します。

◆天津神と国津神

神話の起源は無文字時代の民間伝承に遡ることができます。日本神話が成立する以前にも、我が国にはすでに口承での民間神話が存在し、それぞれの日常生活と深く関わり合いながら信仰されていました。民間神話に登場する神々については、実は、その正体は日本神話の神々と同一であることがしばしばあります。代表的な例を挙げると、四章の主人公・オオクニヌシがいます。民間神話のオオクニヌシはオオナムチと呼ばれ、スクナヒコナという神とともに国作りを司るとして各地で広く信仰されていました。オオクニヌシも国作りの神であることは共通しますが、あろうことか自らの国を天の神に引き渡すという不可解な行動をとっています。またスクナヒコナとともに行動することはなく、美穂の岬という場所で初めて出会います。なぜこのような乖離が生じるのでしょうか。これを理解するために必要な概念が、天津神と国津神の明確な区別です。天津神とはアマテラスやホノニニギのように天上界の高天原にいる・いた神で、国津神とはオオクニヌシのように地上世界の葦原中津国にもとからいた神のことです。アマテラスは天皇家の直系の祖先であるわけですから、地上世界はなんとしてでも天津神が治めなければなりません。すなわち、古事記の制作者はオオナムチとスクナヒコナを分離して民間神話の姿を払拭し、オオナムチの存在を無力化した上で、オオクニヌシという天津神に従順な国津神を創り出すことで、アマテラスの権威を高める物語を演出しようとしていると考えられます。オオナムチとスクナヒコナの二神は、文字時代以前の古い秩序の象徴であり、地上世界の支配権を握っていました。しかしオオクニヌシはというと、天津神に国を譲るために国作りをした天津神のための国津神という存在に落とし込まれたのです。一方のアマテラスはというと、民間神話では女神としてのアマテラスは存在していませんでした。正確にいえば、太陽祭祀で信仰されている太陽神の男神、その妻である巫女・ヒルメがアマテラスの原像です。日本神話では神を祭る巫女を祭られるべき太陽神へと変化させることで、王家だけが独占できる皇祖神を新たに創造したのだと考えられます。歴史的にみれば、ヤマト政権によって平定された地域の人々が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったとすればわかりやすいでしょうか。天皇家の正統性擁護という目的のもと、物語を論理的に組み立てるための装置が天津神と国津神であったわけです。古事記は従来の民間神話をただ収集し、再編纂したのではなく、古事記の文脈の中で神話が組み替えられ、それを説明するためのストーリーが神話世界を構築しています。新たに登場すべき神々にストーリーを与えてキャラクター付けを行うことが、日本神話の特徴であるのかと思います。

◆民間神話とのゆがみ

日本神話の神々にキャラクター付けを行うために、古事記は根拠となるストーリーを従来の民間神話に求めました。しかし、口承の時代、神々が執り行う超自然的な現象に対して淵源の解明を必要としないという事態が多々あったため、古事記の制作者は全く新しいストーリーを創り出すこととなりました。ここに無文字の音声を文字言語に変換するゆがみが発生します。「ない」ものを「ある」と定義し直すことは、想像以上に難しいものです。例を挙げて説明しましょう。

五章の国譲りの場面に、タケミナカタという国津神が登場します。高天原からタケミカヅチが国譲りの交渉にやって来た際、タケミナカタは父神オオクニヌシからその決定権を委ねられました。しかしタケミナカタはタケミカヅチとの力比べに敗北し、諏訪地方まで逃走し、天津神に国土を売り渡す結果に終わりました。このような経緯でタケミナカタは諏訪大社の祭神となるわけですが、力で平伏され逃げ帰った神というのはいささか現地でも評判がよくない。その上、諏訪の地ではミシャグジという別の神が既に信仰されていました。ミシャグジは人格神以前の原始的な精霊で、地中に棲む大蛇のかたちで現れる山・水の神です。日本神話ではいわゆるオロチと呼ばれる類のもので、神になりきれなかった化け物のことをさします。有名なスサノオによるヤマタノオロチ退治(三章)を考えてみると、オロチは人身御供を行う古い祭祀形態の象徴であり、古事記ではこれを打ち破り、新しい秩序をもたらす物語が当てられました。しかし諏訪の地ではオロチが退治されることなく、現在まで信仰され続けています。なぜミシャグジは退治されなかったのでしょうか。この場面では、諏訪の大神である「ミシャグジ」を日本神話の神「タケミナカタ」に置き換えるという前提のもと国譲りのストーリーが展開しています。朝廷側からみると、東国へ支配を広げる神話的根拠として諏訪の土着の神話に目を向けてみたところ、ミシャグジというよくわからない古い祭祀が信仰されていたことを知ります。ここでミシャグジが信仰されているという事実だけを借り、タケミナカタという人格神を登場させることで、話の進み具合をわかりやすくなるようにしたのです。諏訪側からみると、タケミナカタの退散でミシャグジが諏訪湖に封じられ、新たにタケミナカタへの祭りが始まったことになります。しかし、現地の人々にとってはミシャグジという名のほうに真実味があり、より生活に根付いたものであったため、ミシャグジ信仰がそのまま生き残ることとなりました。すなわち、ミシャグジを生かすためにタケミナカタの退散が行われたという理解ができます。このようにしてタケミナカタとミシャグジは同一でありながら共存するという、キリスト教の三位一体やヒンドゥー教の三神一体に通じるような難解なものとなったのです。

このようなゆがみは古事記の中で散見されます。二重の意味で読み解けるというのは一見、矛盾を生じさせるようですが、しかし古事記はそうなっていません。これは、そもそも、神にキャラクター性を付与するために物語を創り出しているからです。これを可能にさせたのは、古事記制作者たちの知的手腕によるものと言うことが出来るでしょう。

◆なぜ神話を学ぶのか

以上、日本神話の概論を語らせていただきました。本ブログのタイトルにある「異文化」とは、ヤマト政権においても様々な民族や文化があったことの意味合いで使用しました。日本が大和民族単一の民族国家だと思われている方もいるかも知れませんが、それこそ日本神話的考えであるのだと思います。孫子曰く、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。自らの国の成り立ちを知ってはじめて留学生のみなさんに日本の文化を紹介できるのだと痛感しています。逆に考えると、神話を知ることで世界中の様々な地域の人とのコミュニケーションにおおいに役立つのではないでしょうか。二章に登場するイザナキ・イザナミの最初の子・ヒルコと、ギリシャ神話の主神・ゼウスとヘラの最初の子で鍛冶を司るヘパーイストスは、忌子という興味深い共通点があります。また六章でホノニニギが受けた呪いはバナナ型と呼ばれる類型で、東南アジアで同様の題材をもつ神話が広くみられます。もはや人類学の分野になってしまいますが、神話の中に共通点があるということは、我々人間の心の在り方を示すものではないでしょうか。いつの日か、この知識が役立つ時がくれば幸いです。

R.T.(学生スタッフリーダー)

A Crocodile That Will Die in 100 Days

(Picture: The cherry blossoms at Toyama campus today. The last episode of the series involved cherry blossoms and a Hanami picnic, which we unfortunately cannot do this year because of the virus)

“Memento Mori” is a famous old Latin saying that means “Remember that you must die” in English. I love this phrase and have thought of it as a motto of sorts ever since I learnt about it in Bible class in my first year of high school. Despite the fact that I am non-religious myself, I used to go to a Christian school for 6 years before university, so we had classes on the Bible and Christian thought once a week with a pastor as our teacher. To be honest, I didn’t care much for those classes; as a non-religious person I found it at times quite hard to understand and accept the concepts of the religion as fact, but this one really stuck and left a lasting impression on me. In fact, “Memento Mori” is not an idea unique to Christianity, and similar concepts are also fundamental to other religions such as Buddhism and Islam, proving that the art of acknowledging our own mortality should be something really important to all of us.

Meanwhile, personally, the past year has been very hectic and busy for me, as I have been settling into new environments, and I started doing all kinds of things that I had never tried before. I have slowly started to get used to my new life now, but at the end of last year, I honestly had no room in my head or my heart to reflect upon my actions and my life as a whole, and this motto of mine had also gone to the very back of my mind. It was around this time when I found out about an online manga series about a crocodile that, and reading through it really reminded me about this mindset of “Memento Mori”, and why I had thought I wanted it to be my motto for life in the first place.

      100-Nichi-Go-ni -Shinu-Wani(100日後に死ぬワニ, A Crocodile That Will Die in 100 Days) is an online manga series, written and illustrated by illustrator Kikuchi Yuuki. Each episode is in the form of a 4-koma manga or 4-cell comic, which is a popular style especially in newspapers and magazines. On December 12,2019 Kikuchi abruptly began the series by posting his first episode, which had a very mundane plot, with absolutely nothing special happening at all: it featured a crocodile dressed a pair of trousers, simply sitting in front of the television and laughing out loud at it for 4 cells straight, blissfully unaware of his fate. Under the fourth cell, in black hand written letters, were the words 死まであと99日(99 days until death). Following this weird but attention-grabbing, a new episode was posted daily on the account in the same fashion. Each episode is a little excerpt from the daily life of this crocodile, such as him meeting up with his friends, working his shift at his part time job, riding on the train somewhere, and so on, with the reminder of the date of his death on the end. Quite soon after the very first episode was posted, the series blew up on the Japanese internet and became an overnight success. And it soon became a national cultural phenomenon, even becoming a worldwide number one trending topic on the last day. I discovered the series at the end of December when I was checking Instagram, and I got really intrigued while reading all the posts that I had missed. When you look at one individual episode, it doesn’t progress much story wise, nor does it have much of a morale or meaning. Still, as I started checking on the crocodile on a daily basis, it began to feel like I was getting to know him personally. As a typical Japanese person around the character’s age, I found his traits and his actions very relatable and familiar, and near the end, it felt like he was one of my old friends.

There are other manga series that depict the daily lives of characters in a similar manner, but this one feels really different from those because of one principle that it has, which is the inevitable fact that the crocodile is going to die on a fixed date. As I read along each day, with every little moment of joy in the croc’s life, I got this bittersweet feeling of realization that this would come to an end really soon. Each time the crocodile looked forward to something happening in the close future, we were given the hint that in fact he would not make it, that he would not live to see the release of a new product he wanted, or to go somewhere he wanted to go to. It was so heart-breaking to see this person who I had grown to like on every single day, with the knowledge that he was going die very soon, and there was nothing I could do to stop it (It might seem like an overstatement for a cartoon character, but seriously, you should go and ask the entire Japanese internet.) Again, I have read manga in the past that focuses on a main character’s death, but because there were no other-worldly fantastical settings or flawlessly beautiful characters, the rawness was on another level with this. This relatability was what made the series so special and popular: everything was so genuine and believable, and it felt like there was a direct connection to the story and our own lives today.

Like I mentioned in the beginning, because it felt so relatable and closely connected to my own reality, the series made me reflect upon my own actions, and made me wonder if I was actually living each day in a way that I would like to live my last. It also struck me that although it could be me who dies today, but it could also be someone that I love, and I realized that I should be treating everyone in a way that I wouldn’t regret if it became the last time to see them. I tend to forget the fact that our time is limited, especially when I get busy and have a lot on my mind, but I think having this mindset is very important, especially nowadays with the coronavirus situation going on. The worldwide spread of the virus and the paranoia that comes with it is revealing who we really are inside, and sadly I feel like we are becoming more and more hostile towards each other, rather than being kind and considerate. Nobody could have anticipated this back when the series started, but coincidentally, it seems to have come and ended when we all needed it the most.

The series and the crocodile came to its end on March 20th. I’m not going to spoil the ending for you, but I can say it certainly did not disappoint. The manga doesn’t use any elaborate or complicated big Japanese phrases, so it should be quite easy to understand even for beginners in the language. Also, you can currently find every episode online at the Twitter and Instagram accounts of Kikuchi Yuuki, as well as the internet media ねとらぼ, so I really recommend you give it a shot if you haven’t read it yet. 100 episodes may seem like a drag, but trust me, it will be a good read, and a great opportunity for you to stop and think about how you should live each day with the end in mind.

 

H.S. (Student Staff Leader)

ジャズとの出会い

こんにちは!ICC学生スタッフのW.K.です。時間が経つのは本当にあっという間で、あと数か月で私がICCで働き始めてから1年が経つことになります。どうしよう!信じられません(笑)。

次々と後輩のスタッフが入ってきて、自分が「先輩」になっていくこと、そして今年の夏からの留学で、しばらくICCを離れてしまうことなど色々と不安もありますが、それまで学べることはたくさん吸収して、留学後はもっとSSLとしてレベルアップしてICCに帰って来られるように頑張りたいと思います…!

 

さて、今回は、私の趣味である「Jazz」のお話をさせていただきたいと思います。とは言え、ジャズを聴いたり演奏し始めてからまだ1年も経っていないので、あまり細かいことや深いことは語れませんが、ご了承ください(笑)

1年生の1学期から今までICCに所属してきた私にとって、ICCは私の学生生活を語る上で既に欠かせない存在となっていますが、実は私は2つのサークルにも所属し、楽しく活動しています。そのうちの1つである「ニューオルリンズジャズクラブ」は、私をジャズの世界に足を踏み入れるきっかけとなったサークルです。

私は、小学校低学年の頃から大学受験前まで、習い事として、細々とではありますが、ずっとクラシックピアノを弾いていたこともあり、大学でも音楽・特にピアノを続けたいと思っていました。自分自身前から何人かでバンドを組んで合奏することへの憧れがあり、新しいことに挑戦してみたいという思いもあったので、ジャズに挑戦してみようと決心し、サークルの新歓期間はずっとジャズサークルを探していました。早稲田の中でいくつかあるジャズサークルの中でも、ニューオルリンズジャズクラブのブースに行った際、「ディズニーランドでよく流れているような明るくて賑やかなジャズ」が演奏できるよ、と先輩から説明を受け(実際にパーク内でよく流れています!)、ディズニー好きだった私は「ディズニー!?楽しそう!」とかなり軽い気持ちで入部を決めました。

入部後は、トランペット・クラリネット・トロンボーン・バンジョー(ギターのような楽器)・ドラムなど様々な楽器がある中で、希望していたピアノパートに配属されることができました。新歓ライブなどで先輩方は明るくリズミカルな曲を軽々と演奏していましたが、聴いているときのイメージとは異なり、いざ自分が弾くとなると、想像を超える難しさがありました。このサークルでは、基本的に「楽譜」はなく、プロのバンドが演奏した曲を「音源」として聴き込み、聴こえた音を自ら楽譜に起こしてそれに基づいて練習します。特にピアノパートは速くて細かいメロディーや、装飾音、濁った和音が多いので、慣れない作業にとても苦労しました。また、演奏する際も、複雑なリズムを刻んだり、周りの音とのバランスをとったり、今までのクラシックのソロピアノとは異なる難しさに沢山気づかされました。それでも、同じ楽器でもクラシックとは全く違った音色が出せることや、バンドメンバーと話し合い工夫しながら演奏できることは、とても新鮮で楽しかったです。

 

ところで、「ニューオルリンズジャズ」とはそもそもどのようなジャズなのか、皆さんご存知でしょうか?軽快なリズムも魅力の一つであるのは確かですが、その明るさの背景にある歴史を知ったことで、私のニューオルリンズジャズに対するイメージは少し変わりました。

ニューオルリンズは、ジャズ発祥の地であり、ニューオルリンズジャスと呼ばれる最古のジャズは、当時奴隷から解放された黒人たちが、職を求めて歓楽街の酒場などで楽器演奏を始めたことがきっかけで誕生しました。楽器は、南軍の軍隊がマーチングなどで使っていたものを調達したようです。ピアノやギター、ドラムス、ウッドべースなどのリズムに合わせ、トランペットやクラリネット、トロンボーンなどがコード進行に沿ってアドリブを入れながら展開される、明るく賑やかな音楽であるのが特徴です。

しかし、1917年にアメリカが第1次世界大戦に参戦したのをきっかけに、ニューオルリンズの歓楽街は封鎖されてしまいます。そこで、ニューオルリンズのジャズ演奏者たちは、活動拠点をシカゴやニューヨークなどに移すこととなり、ジャズが米国全土に広がっていくこととなりました。


ジャズ発祥の地ニューオルリンズの、日本とは大きく異なる文化の一つに、お葬式があります。日本ではお葬式というと、静かに、重々しく厳格な雰囲気の中で行われるイメージですが、なんとニューオルリンズでは、それとは逆に明るく賑やかなブラスバンドのジャズに合わせて参列者たちがお祭り騒ぎをしながら死者を送り出す「ジャズ葬」が行われています。それは、ニューオルリンズのジャズ葬が、故人の死を嘆き悲しむのではなく、死者が天国へ旅立つことを祝福する儀式だからです。

なぜ、ニューオルリンズのお葬式は、そのような明るいものになったのか。その理由は、ジャズが黒人たちによって生み出された音楽であるということに深く関係しています。人種差別によって迫害を受け、奴隷として労働を強いられていた時代、湿地帯であるニューオルリンズでは伝染病も多く発生していたということもあり、当時の黒人たちの中では、「死」は、悲しみと苦しみに満ちた現世から、解放されるための「救い」であるとする捉え方が存在したそうです。そのため、生の苦しみから解放された仲間への祝福として、陽気で楽しげな音楽とともに葬儀を行うようになったとのことです。みなさんは、「聖者の行進」という曲をご存知でしょうか?きっと一度は聞いたことがあるのではないかと思いますが、この曲は、元々はニューオリンズのお葬式で演奏されていたものです。

ニューオルリンズのジャズ葬を通して、私は、文化や歴史、人々の境遇によって葬儀の様式も変化するということを知りました。そして、全く異なる文化を持つ日本人である私たちは、ニューオルリンズジャズの歴史的背景などをしっかりと理解した上で、心を込めて演奏する必要がある、と強く感じました。

 

私のジャズへの興味を深めてくれたのは、サークルだけではありません。国際教養学部の授業(中級科目)で、私は先学期「Introduction to Jazz History」という科目を履修しました。この授業では、ニューオルリンズジャズをはじめ、様々な種類に派生していったジャズの歴史を、実際にジャズを鑑賞しながら学ぶことができました。特に、期末試験のテスト勉強のために様々な年代の膨大な量のジャズの曲を聴いて覚えたこと、自由課題として数軒のジャズ喫茶に足を運んでレポートを執筆したことは、私にとってジャズとじっくり向き合う良い経験となりました。今まで、私はジャズを鑑賞するよりは実際に自分が演奏することの方が多かったため、自分のお気に入りの曲を見つけたり、有名な演奏者それぞれの奏法や人生に着目して勉強するのはとても面白くて、楽しかったです。

 

また、新たなジャズとの出会いにも期待しています。私の今年の夏からの留学先のモントリオールは、芸術の街として知られていますが、ジャズもとても盛んです。ジャズバーが多く存在し、ジャズライブが頻繁に行われているそうで、「国際ジャズフェスティバル」という、30か国以上から3000組のアーティストが出演するお祭りが毎年6月下旬から7月上旬に開催されているほどです。ぜひ、休日などにジャズバーに足を運んだり、様々なイベントに参加して、ジャズに思いきり浸りたいと思います。

 

ところで、ICCラウンジでも、バックミュージックとしてジャズがよく流れていることに、皆さんお気づきでしょうか? 私はジャズを聴くようになってから、ラウンジで流れている曲の曲名が徐々に分かるようになってきて、最近一人でひそかに喜んでいます(笑)。

その他にも、ICCはジャズと関わりを持つことが多いように感じます。ICCでは過去にプロのジャズの演奏者を招いてイベントを行ったこともありますし、ランチイベント「ミュージック・ランチ」などに参加していただければ、早稲田の音楽サークルによるジャズを含む様々な音楽の演奏を聴く機会もあると思います。もしかしたら、そのうち私自身がICCでジャズイベントを企画するかもしれません! みなさん、少しでも興味があれば、ぜひぜひジャズ喫茶やICCのイベントなどを通して、ジャズに触れてみてくださいね。

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。みなさん、体に気を付けてお過ごしください。

W.K. (Student Staff Leader)

Food tour around Hanoi’s Old Quarter

Hi guys, today I will talk about my must-try-food in my favorite city’s most famous area which is also my hometown. A day is not enough for exploring and understanding all the delicious foods of this more than thousand-year old city but I hope that this blog will be useful for you if you just have a short time to enjoy Hanoi.

Hanoi’s Old Quarter has 36 ancient streets, after the 36 streets or guilds that used to make up the urban area of the city. The most famous trait of the Old Quarter is its areas dedicated to one specific trade or guild. Craftsmen from villages around the city used to gather in one area of their guild to sell their wares to merchants. The crafts or guilds of each area gave the names to the streets of the quarter, so that most streets acquired names starting with “hang” (“wares”), such as Hàng Bún street (” rice noodles street”) and Hàng Đào street (“peach street”).

Several of the streets are still specialized in the trade that gave them their names. Others still specialize in one specific trade, but a different one from their traditional specialty — such as Hàng Buồm street (“sails street”) which has become dominated by Vietnamese cakes and candy nowadays.

I would recommend you to book a hotel in this area since it’s very convenient to get around just by walking and most of all; almost all of Hanoi’s best cuisine is located in this area. Although the food culture of Vietnam is changing every day because of the customer’s habit, there are still many local restaurants as well as local vendors that are still super crowded. Thanks to their amazing delicious secret recipes that have been transferred across many generations, the younger generations can still experience the authentic taste of all the traditional foods. When we talk about Vietnamese food in general or Hanoi cuisine specifically, it is all about the balance of the dish. It’s like a classical song with all the instruments that make a perfect harmony. You can feel the sweetness from the bones of the broth, the saltiness of the fish sauce, the sourness of lime or a bit of spice from the fresh chili. All the flavors are dancing on your tongue and they make you miss it very soon after you finish it.

I think that everyone has been heard of Vietnamese Pho. When we talk about Vietnamese cuisine, we must talk about Pho. Just like ramen or soba, there are many restaurants that say they make the authentic Pho in Vietnam but after trying many restaurants, I would like to say Pho in Hanoi is the best and most authentic taste that you could search for. People eat Pho in the morning, at lunch or evening. You can have it anytime. There are a lot of ways to eat Pho but the best way is to enjoy it is with a little bit of fresh lime juice and some fresh chili. Talking about Pho, it’s all about the freshness and the balance of the flavor. When I went back to Hanoi for a few days after a long time, Pho is the first thing that I thought of (actually Pho was on my mind for a few days before I even went to the airport). One thing I can say is never have Pho in the airport, since it does not taste like the real one. There’re many good ones in Hanoi but these days, I believe that the restaurant shown below is the one that has the best taste of the real Pho. They have all the balance of the broth with the freshness of the noodles, beef and also the vegetables in one bowl. Especially they also have the good Quay, which is necessary for this dish. Put a bit fresh chili and a few drops of lime, then have a gulp of noodles, beef and taste some broth. This is the best way to start your day every day of the year. This restaurant usually runs out of all of their ingredients before lunch so I suggested that you should come from early morning to have the best kinds of beef that you want.

Full options of Pho

How to enjoy: Taste the broth, fix with lime juice or vinegar, chili sauce or fresh chili.

Price: ~250 yen or more, depending on which part of the beef you choose.

Recommend place: Phở Tuyết, 12 Hàng Than, Ba Đình, Hà Nội

 

The second dish that I want to introduce is called “Bun cha”. Normally I prefer to eat this one at home, which is made by my mom. However, making this one is very hard and tiring so sometimes I still have this one outside. After trying “Bun cha” in some restaurants, I realized that it’s the best to have it at the local vendors. The best aspect of Vietnamese food is you always can enjoy the food while provide to your body enough nutrition. “Bun cha” includes rice noodles, grilled pork, vegetables and delicious sauce. The sauce and the pork taste decide a lot of the flavor. I don’t recommend having this dish in a restaurant because they don’t make the grilled pork as fresh as the local vendors. The pork must be eaten immediately after being grilled by the chef. It can’t be too raw neither too cooked. The sauce is very important since it can decide the whole flavor of the dish.

Put some fresh chili for more flavor~

How to enjoy: Taste sauce: fix it with some vinegar or chili (more garlic if you prefer garlic). Put some noodles and vegetables into your bowl then dip them into the sauce. Take one gulp with everything (pork, noodles and vegetables)

Price: ~250 yen

Recommend place: 74 Hàng Quạt, Hoàn Kiếm, Hà Nội.

The last one that I want to introduce today is Banh-mi. Banh mi is a typical Vietnamese sandwich is a fusion of meats and vegetables from native Vietnamese cuisine such as chả lụa (pork sausage), coriander leaf (cilantro), cucumber, pickled carrots, and pickled daikon combined with condiments from French cuisine such as pâté, along with chili and mayonnaise. However, a wide variety of popular fillings are used, from xíu mại to ice cream. In Vietnam, sandwiches are typically eaten for breakfast or as a snack. The Oxford Dictionary has already put Banh-mi as an English word: “a Vietnamese sandwich on a crisp baguette spread with mayonnaise, typically containing pork or chicken and pâté, with pickled vegetables, cucumber, and cilantro.” Banh mi is everywhere in Vietnam with a lot of options. However, if you want to try the most common one in Vietnam, just ask them for a full-option version of Banh mi (Thập cẩm). They will put everything they can onto the tiny bread so you can try all at once. I recommend that you ask the chef to give you some chili sauce to make the Banh mi more perfect.

You need to open your mouth wide~

How to enjoy: Open your mouth as wide as you can and… eat them all.

Price: ~200yen

Place: Bánh mì, 2-4 Hàng Chuối or 51 Trần Xuân Soạn.

Thank you for reading my blog. I hope that you can enjoy them all someday! If you need any more information, please come and join the Vietnamese event later which will be held by the Waseda ICC ^^~~~

S.R. (Student Staff Leader)

 

 

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