月別: 1月 2019

Road to鹿児島

こんにちは。ドイツから来た、秋学期からICC(異文化交流センター)で学生スタッフリーダーとして働いているP.B.です。今までの自分の人生の中で、一番自由を感じるのはどんな時でしたか?この質問に答えるのは難しく、今年の夏まで私もはっきり答えられませんでした。しかし、ある体験により、答えられるようになりました。どんな体験だと思いますか?

私は今年の夏にモーターバイクで九州の鹿児島まで走りました。これを読んで驚く人は少なくないと思います。「えっ、留学生で、しかもバイクまで乗っているの!?」という反応は良く聞きます。「危なくない?バイク買うのってすごいお金もかかるし、もったいなくない?なぜ買ったの?」。いい質問ですね。では、このブログで説明させてもらいましょう。

確かに、車とバイクはどちらでも交通手段ですが、私には区別があります。車は大きな荷物を輸送出来るし、何人も乗れるし、便利な物です。でも、私にとってバイクはその為の乗り物ではありません。バイクというのは、走りながら涼しい風、激しい雨、温かい太陽を感じ、自然と一緒になり、最高の自由を体験できるものです。車より軽く、より小さく、より速く、フリーダムの象徴ではないでしょうか。私はバイクを乗るとストレス、不安、迷いが全部消えて、静かで平和な気持ちになります。実際にバイクに乗ってみないとこの感覚は分からないと思うので、文章だけでこの気持ちをあまり伝えられませんが、その代わりに、八月にしたツーリングのことを具体的に書きたいと思います!その話を聞いたら、先ほど書いた気分を理解出来るようになるかもしれません。

では、京都から出発しましょう!私はもともと京都の大学生だったので、FTR223という愛車を京都に置いていました九州は遠くて、高速道路ばかり走るのは面白くないので、余裕をもって8月19日にスタートして二週間の日程にしました。最初の日は広島県友達が住んでいる町、福山市を目指して走り始めました。途中のファーストストップは姫路城でした!皆さんは日本のお城を見たことがあると思いますが、そういう人にとっても、姫路の真っ白なお城は大変印象的であり、特別に感じられると思います。チャンスがあれば是非見に行ってみてください。

姫路市から私は岡山県の南の海岸を走り始めました。天気は良くて本島の景色はもちろん、様々な四国を囲む島が見えました。福山市はツーリング中のハイライトになりました。福山市は一見すると、普通の町ですが、すぐ近くに素晴らしい牧歌的な自然があります。私が非常に好きになった理由は、海外の様々な島や晴れたら四国さえ見える景色があるからです。また、私のおすすめは友達に連れていってもらった鞆の浦です。小さな漁師村であり、鞆の浦では素敵なローカルの料理が食べられ、伝統的な家や建物を楽しめます。さらに、グリーンラインという山を上る道の途中では、美しい景色が見えます。バイクでグリーンラインを走ったら右側に何百メートルも下に海が見えながらも、左側には山がそびえていて最高の気持ちです。

8月だったから、夜に近くの田島で行き当たりばったりで花火大会がありました。花火を見に行った後で隣の横島でキャンピングしました。

福山市の短期滞在が終わったら、続いて広島県の広い野原、山の狭い道と密林を通り、ついに島根県の海岸に着きました。半日間近く走って非常に疲れましたが、当日は、なんと下関まで行くことができました!浜田市のコンビニで一休みしたおかげで、走り続けることができました。午後から夜遅くまで、山口県の海岸の側を走りました。止まる時間はあまりありませんでしたが、途中で萩市や、角島などの様々な印象的なところを楽しむことが出来ました。その日はツーリングの一番長い日だったかもしれませんが、ほぼ200キロメートル近い、限りない海の風景は素晴らしかったです。

次の日、私は早く起きて下関から北九州までの関門トンネルを通じて九州にたどりつきました!九州への到着を非常に楽しみしていたのに、福岡県の渋滞は思っていたより大変で、最初の日は期待外れでした。ですが、もうすぐ次のパーソナルハイライトに出会うことになります。それは長崎県、の南の方の部分です。

去年のゴールデンウィークに知り、そして好きになった茂木町という小さな長崎市の隣の漁師村に泊まりました。具体的には「ぶらぶら」という海の側のあるホステルに泊まりました。私は温泉ファンでもあり、露天風呂が好きなのは当然ですが、体が疲れるツーリングの後でお風呂に入ってゆっくり海を見ながらリラックスするのは、一層最高でした。回復した後、翌朝早くにぶらぶらから出発しました。ゴールは鹿児島なのですが、まずは反対方法に走り出して、長崎県の一番南のところを目指して樺島にある灯台に行きました。時間は6時、太陽はまだ完全に出てこなかったので、夏の涼しい空気を感じながら閑散とした道を走りました。世界はまだ起きていないというような感じで、そういう現実離れした遠隔のところを走っていると、頭のなかには、ひとつも考えもありませんでした。ただひたすらに次のコーナを見てバイクを運転しました。一瞬の中を全身で生きているという気持ちでした。今まで私は何千キロメートルも走しりましたが、この長崎にあった朝は決して忘れられません。

午後になったら雲仙へ帰ってフェリーに乗って下島と、ついに鹿児島県に着きました。いちき串木野というところで以前、福山市に滞在した時のように友達の家に泊まらせてもらいました。いちき串木野にも友達と素晴らしい二日間を過ごしましたが、このブログはツーリングブログなので、ロードに戻りましょう。鹿児島県から別府まで走った日に次の大きなハイライトがありました。それは阿蘇山です。別府までの途中にあり、もちろん、阿蘇山をバイクで上るつもりでしたが、阿蘇山の上に意外な素晴らしい発見をしました。阿蘇山を下ろうとして、道も見えないくらい草や植物が好き勝手に生えた半開の関門から始まった砂利道を見つけたのです。指定道ではないというのを分かっていましたが、「僕は車ではなく、オフロードもどこでも簡単に走れるバイクに乗っているよ」という気持ちがあったので、関門に入って怪しい砂利道を走り始めました。あの時にそう思ってあの道を選択して本当に良かったです。なぜかというと、この砂利道はどんどん変わって原になり、気が付くと火山の原野で目的もなく走ることができたからです。道路も車も誰もいなく、私のFTR223のエンジンの音のみが聞こえました。頭くらい高い草を通り、バイクの車輪に徐々に草や雑草が入ってきてもFTR223は止まりませんでした。半時間くらいぶらぶらした時、突然ヘリコプターが現れ、驚きましたが、結局ヘリコプターは通り過ぎていきました。どうやら普通のパトロールのようでした。ほっとして阿蘇山を下って日没の時に阿蘇の谷を出ました。大観峰 展望所で最後の阿蘇山の美しい風景を楽しんだ後で当日のゴール、別府へ走り続けました。まるで冒険のようでした。

別府と言えば、もちろん温泉に行くべきでしょう。夜に着いて別府の一番古い温泉に入りました。たったの100円で入れ、大変熱いお湯を楽しむことが出来ますが、安すぎて怪しいなぁと思ったら正解です。シャワーもなく、脱衣所もなく、たった一つの信じられないくらい熱いお風呂だけでした。少なくとも特別な経験と言えます。
さて、ツーリングの最後のハイライトの時になりました。別府からまた福山市を通って、京都と、最終的には東京に帰るつもりでしたが、同じ帰り道ではあまり面白くないので、九州から三度目のフェリーに乗って四国の愛媛県に行きました。このグーグルマップスのスクリーンショットを見てください。ここをご存知でしょうか。

それは愛媛県の一番西の部分です。約40キロメートルの長くて非常に狭い陸地のところです。このスクリーンショットを見ると想像出来るかもしれませんが、255号の道路を走ったら右側も、左側も、青海しか見えません。佐田岬灯台駐車場というところまでバイクで走りました。いい天気のお蔭で九州さえ見えました。

この陸地は極めて珍しくて、走ったら特別な、そこでしか出来ない経験だと思います。今まで日本で自分の目で見たことある場所の中で、最も驚くべきところでした。四国をもっと深く探りたかったのですが、日程の関係で、直接今治市に進んで、しまなみ海道で福山に帰りました。以上、実際のツーリングのエピソードはあと少し残っていますが、私の好きなハイライトを紹介しました。もちろん、もっとたくさんの素敵なところがありましたが、このブログは十分長くなってしまったと思います。興味のある方やもっとビジュアルを見たい方は是非、私が作ったモーターVLOGを見てください。

 

どうでしょうか。少しバイクに乗りたくなりましたか。言葉だけで、特に私の母語ではない日本語で、バイクの価値や走る感覚や気持ちを伝えるのは難しいですが、もしあなたが少しだけでも私のツーリングのようなアドベンチャーをしてみたくなったら嬉しいです。このブログを読んだ後で、私がなぜバイクを持っているか、ということを理解出来ましたか。

バイクについてネガティブなステレオタイプも多く、固定概念もあると思いますが、実際にバイクを乗っている人と話してみたら意外とびっくりするかもしれません。みんなにバイクについての個人的な意見があります。私が日本でもバイクに乗り始めるつもりはありませんでしたが、結局私にとってバイクは自分がいつもいる環境を出られるナイスな乗り物でした。いつもいる快適な環境に残ったら成長も出来なく、心身も不活発になると思います。バイクのお蔭で、一生に忘れられない体験をしました。

さて、もう一度聞きます、人生の自分が一番自由な時を覚えていますか。それはあなたにとってなんでしょうか。

P.B.(学生スタッフリーダー)

What Home Means to Me

Hi everyone, I’m S.Y., one of the student staff leaders (SSL) at the ICC. I am still a newbie at both the ICC and Waseda as I entered university this fall semester. Four months have passed ever since, it is unbelievable how fast time flies. I hope you all have had an amazing winter holiday.

Today, I would like to talk about what ‘home’ means to me. Before I get to the subject though, allow me to give you a little background of myself. I was born in Aichi, but is not where I spent my childhood. I have been moving every two to three years, following my dad who works as a trading officer. Now that I reflect back, it is beyond belief how I have attended 10 different schools, in 6 different cities. Despite the countless challenges I have faced growing up as so called a ‘third-cultured kid (TCK)’, there is nothing that can replace what I have encountered throughout the journey.

However, there are many questions TCKs have a difficult time answering, ‘what is your first language’, ‘where are your roots’, and ‘what culturally defines you’. The list can be endless. The most complicating, but is asked almost every time during an ice-breakers is – “Where is your home?” Conventionally, home is associated with a single geographical location, a place where you grew up, or a place where you form a strong sense of attachment to. It is a non-changing concept for most people. Having lived in so many different places, I have spent hours, days, and years trying to figure out where that place could be for me, but it took me nowhere.

I talk about this a lot with my friends who also grew up crisscrossing different cultures. I often hear them say, “If we can’t decide on a place to call home, the world can be our home”. However, such framing seems to be oversimplified. I personally believe that home provides all of us with a sense of belonging. Despite the major hardships we have in life, what keeps us driving is home that allows us to acknowledge that somewhere in this world, there is a place that accepts and welcomes us. We cannot gain that kind of security if we conclude by saying that the entire world is our home; the world itself is too big of a community.

That’s when I realized; to me home is a concept that is tightly connected with the people rather than a particular place. Looking back on the past eighteen years, the one and only reason I fell in love with all places I have lived, was because of the people who surrounded me with lots of love and kindness. When I first started attending an international school at an age of seven, all I knew how to say was “What is your name?” Now, I am here being able to call myself a bilingual. So I am thankful for all the teachers who assisted me in overcoming the language barrier, my friends who taught me that I was enough for who I am, and of course, my family who gave me unconditional love, especially during the difficult times. In short, home to me is being close to someone.

There are so many ways to define this beautiful word and I want to let you all know that no one is obliged to pinpoint an exact answer. I have always felt the need to clear the blurred line, but now I know that it is okay to hold on to my own construct. Every individual has their own journeys that are unique in their own way, and that’s what influences our understandings and values in life.

This winter break, I visited Shanghai where I graduated my high school. I was reunited with my family who still lives there, as well as my best friends who currently studies in America but also came back for the holidays. I may not be Chinese, and I may not have lived long enough in China to call it my home, but it was a great feeling to be back home.

S.Y. (Student Staff Leader)

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén