カテゴリー: ICC (2ページ / 43ページ)

ICCトークセッション「新しいことに挑戦したい人へ~大人気YouTuber”バイリンガール”になるまで~」を終えて

“Hey guys!! It’s Chika!!”

このフレーズでおなじみのYouTubeクリエイターの吉田ちかさん。

 

先日、「バイリンガール英会話」というYouTubeチャンネルで有名な吉田ちかさんを早稲田にお招きし、ICC主催でトークセッションイベントを開催しました。

ここで、その企画が実現するまでの私の思いを綴りたいと思います。

 

実は、中学生のときにオーストラリアで、現地の家庭にホームステイしたことがあります。

それまではサッカー一筋で他に目も向けようとしなかったのですが、ふと海外派遣って「なんかかっこいいな」という思いで挑戦をしてみました。たった1~2週間ほどでしたが、中学生なりに「何か」ほんの少し視野が広がったと感じる初めての経験でした。

この小さなきっかけと挑戦が今の自分の「原動力」になっているのかもしれません。

そして、この「新しいことに挑戦してみること」で得られた「視野の広がり」だったり、「達成感」を、誰かに伝えたいとずっと考えていました。

 

そんな中、高校2年生のころに運命のYouTubeチャンネル「バイリンガール英会話」に出会いました。当時は英語学習に行き詰っているときで、ふと「YouTubeで気軽に英語を勉強できる動画なんてないかな」と探していたのがきっかけです。初めは英語を分かりやすく教えてくれる”バイリンガール”のお姉さんとして動画を観ていましたが、ちかさんのあるインタビュー動画を観たことで”バイリンガール”ではなく、”吉田ちか”というバックグラウンドに興味を持ち始めました。

そのときに観たインタビュー動画では、初めは大手コンサル会社に勤務されていましたが、その後は銀座でネイルサロンを経営されていたり、YouTubeクリエイターに転身したりと数々の挑戦を積み重ねてきていることを知りました。インタビューの最後には、『今は動画を通して新しいことに挑戦する人の後押しをしたい』との強いメッセージで締めくくられていました。

中学生のときの初めての海外経験で、何か新しいこと、新しい世界の扉を開きたいと抱いていた思いが、インタビュー動画の吉田ちかさんの言葉に後押しされ、人生の先輩として尊敬し、共感を覚えました。

 

大学生になって、自分のやりたい「何か」とは、「日本人学生に新しい視野を持つきっかけを与えていく」ということだと段々分かってきました。今はこうして早稲田大学ICC(異文化交流センター)の学生スタッフとして留学生と日本人学生の交流を促進するイベントやプログラムを企画する機会をいただいています。

ちかさんのYouTubeチャンネルは気づけば登録者数85万人超え!今でもたくさんの視聴者に英語を楽しみ活用してもらうきっかけ作りをされています。

今回の企画は、挑戦する人の後押しをしたいという、ちかさんのメッセージを早大生にも伝えたいという強い思いで取り組みました。そして、世界中を飛び周りお忙しい日々を過ごされているにも関わらず、快くお引き受けいただいた吉田ちかさんを、私たちもわくわくしながら、当日お迎えすることが出来ました。

 

今回の企画のように、学生スタッフリーダーとして誰かに何かしらのきっかけを与えられるチャンスがICCのイベントの中にあり、それが私にとってのやりがいだと思っています。

トークセッションが無事に終了し、驚くことにICCイベントの中で過去最高の集客を得た企画となり、数字の上でも本当に素晴らしいイベントにすることができました。私にとってもイベント企画において新しい可能性やヒントを見出すこともできました。今回、初めてICCのイベントに参加するという「新しいことに挑戦」された学生も多く、とても有意義なイベントになったと実感しています。一人でも多くの人に新しいことに挑戦してみる「きっかけ」を与えられたのであれば、これ以上嬉しいことはありません。

そして私自身、今回のちかさんのお話から得られたことや参加してくれた学生からのアンケートでいただいた心温まるメッセージが、これからの挑戦への新たな原動力になりました。

 

きっかけなんてどんな形でもいいと思うんです。私も何かに挑戦する原動力は未だに「楽しそうだから」か「かっこよさそうだから」です。ただ、きっかけというのは自分でアンテナを張っていないといつまで経っても圏外だし、たまたまやってきても逃してしまうかもしれません。もやもや悩んで結局やらないぐらいなら、迷ったらどっちが楽しいかで決める。これくらい単純でいいのではないでしょうか。

今回のトークセッション企画に多大なるご協力を賜った吉田ちかさんをはじめ、吉田正樹事務所の関係者の皆様に心から感謝申し上げます。

 

G.K. (Student Staff Leader)

 

ICC Art Museum Visit

Art appreciation has been gaining serious momentum recently. Instagram is probably one of the biggest causes for this momentum, as well as art being included and discussed more sympathetically in various media outlets. This in effect changes the image of going to museum from “boring” to “cool” and/or “cultured”. With Instagram users and the media outlets’ targets mainly are young people, the change can be really felt in this age group. From many arts, arts by Japanese artists have become very popular. Kusama Yayoi is becoming very well-known globally, which in effect also raises the popularity of Japanese modern art. So, since we are in Tokyo right now, and our events also target young people, I thought why not use the opportunity to introduce a tour to one of the best museum in the world, which also houses mainly arts by Japanese artists.

 

We are lucky to be able to cooperate with the Museum of Modern Art (“MOMAT”) in Tokyo for this tour. Of course this is being public art space; we had to limit the number of the participants as well as held it on a weekday so that we do not disturb other visitors. Nevertheless, it was a fun experience which I dare to say is different from the experience you get if you were to go by yourself.

 

The participants were divided into 3 groups. The guides were three cool ladies who were very nice as well. Each group gets to see different set of 3 artworks selected by the Museum. The participants exchanged their opinions, what they feel, etc. towards the artworks. It was awkward at first, but it seems that they get to open up more and more, and ended up learning and laughing together. I cannot be happier to see that the idea behind the event can be realized at the end. I look forward to make another art-related event again soon.

 

 

 

 

 

M. I. (ICC 学生スタッフ)

「ニュースでしか知らないシリア~シリア難民からのメッセージ~」実施レポート

 2016年11月23日、大学から疲れて帰ってきて、何気なくつけたテレビ番組に私は圧倒された。「オーストラリア 難民絶望収容所」。まるで動物のように難民が扱われる映像は衝撃的。ICCスタッフになりたてホヤホヤな私は直観した。難民問題は伝える意義がある。

 

 とにかく一人でも多くの方に難民問題について考えてもらわなくては!!その思いに突き動かされるように難民問題の専門家をリサーチし始めた。企画書も書き終え、これでいこうと思ったとき、某大学で開かれたシリア映画の上映会と講演会に参加した。12月23日。そこに登壇されていたのが、今回のトークセッションのゲストスピーカーであるヤセル・ジャマールさんだった。彼の言葉はほかのどの専門家、ジャーナリストのものよりも心に刺さった。ぜひ、講演をお願いしたい。その場で、彼に依頼をした。一参加者として、難民イベントに参加したことは、同時に一企画者として重要な経験になった。

 

 それから企画書を書き直し、広報を始め、5月19日に「ニュースでしか知らないシリア~シリア難民からのメッセージ~」の開催が実現した。私の希望がかない、逐次通訳つきで行うことができ、司会として今回の企画に至った思いも話させていただいた。用意した席が足りないほど予想を遥かに超える多くの方にご来場いただき、ジャマールさんからのメッセージを受け取ってもらえたと思う。「恥ずかしいことだがシリアについてほとんど知らなかった」「自分にやれることをやろうとおもった」「自分の生活の『当たり前』をもっと大事にしたいと思った」アンケートに書かれた参加者の声が何よりも嬉しかった。

 

 難民問題、シリア紛争は現在も続いている。一過性のものとして終わってはいけない、企画者の私は尚更だ。今回のトークセッションは、私自身にとっても難民問題に対する危機感や共感、問題の再認識など、これからどう考え行動につなげるかのスタートではないかと終了してから改めて思うようになった。

 

 シリア問題、難民問題についてこれからどんな動き、どんな解決策が出てくるかは分からない。そして私は難民問題、シリア紛争の専門家ではないし、国際関係学を専攻しているわけでもない。なので、偉そうなことは一切いえない。でも、そんな私でも、機会の提供はできる。だからこのような企画は続けていくつもりだ。特に学生の皆さんには学内で行われるこのようなイベントの機会を活用し、自分なりの物差しを持ってもらえたらうれしい。もし、ICCで次にまた難民問題や人権問題を扱うイベントを開催できたら、この記事を思い出して、是非皆さんに足を運んでほしいと思う。

 

 

 

 

 



 

 

 

M. T. (ICC 学生スタッフ)

明治神宮フィールドトリップ 事後レポート

「神道と仏教って何が違うの?」そんな留学生の質問に口ごもってしまった私。昨年秋学期に自分の企画したハラルフードのイベントでイスラム教についての知識は深めたものの、自分の国の宗教には無知であったことに気づきました。毎年行っている初詣は神社なのか、お寺なのか…。他の学生スタッフにも聞いてみると神道の読み方すら知らない人も(!)。留学生にとっては日本文化のひとつとして、私たち日本人には最低限の教養として、神道に触れる必要があると感じたのが今回の企画の発端です。ICCセンター長の三神先生に明治神宮の権禰宜でいらっしゃる門崎泰輔様をご紹介いただいたこともあり、明治神宮でのフィールドトリップが実現しました。

 

最初はガイドツアーとレクチャー、そして御祈願祭への参加という、先方からご提示いただいたイベント内容をそのまま実施する方向で検討していました。しかし、ここはICC。せっかく国籍豊かなメンバーが集まるのだから参加者交流の時間を設けたいと思い、途中でグループ対抗のミニクイズを追加で実施することにしました。クイズ内容へのアドバイスを含めフレキシブルに対応してくださった明治神宮の方々には大変感謝しております。

 

当日は天気にも恵まれました。心地よい新緑の下、歩きながら「神道とは?」から普段は聞けないような豆知識までガイドツアーをしていただきました。その後、ツアーの内容をふまえたミニクイズで手水(てみず)の作法の順番を出題。直前に手水を体験したばかりなのに皆さん苦戦していました。最後のご祈願祭では厳粛な雰囲気の中、巫女さんの舞を鑑賞。正座を崩していいですよ、の一言にホッとため息をついた参加者もちらほら。祝詞の中に「ICC異文化交流センター」が含まれていたのにはスタッフも大喜び!今年のICCは安泰でしょう。参加者同士の仲も深まり、解散後に一緒にランチに行った様子をSNSで投稿していただいた方も(担当イベント後にこっそりサーチをかけるスタッフは私だけではないはず…笑)!ホッと安心しました。新しい仲間とともに座学だけでない貴重な体験が詰まったイベントとなりました。

 

イスラム教に続いての宗教企画第2弾となった今回。次はどの宗教にしましょう?乞うご期待!

 



 

 

 

H. K. (ICC 学生スタッフ)

我的台湾初訪問〜これから旅をする人達へ〜

最近、台湾の台北を初めて訪れました。コスト削減と学習の目的もありツアーに頼らず個人で下調べと計画を行い、実際に旅行したのは今でも本当に正解だと思っています。

 

日本でトップの在籍留学生数を誇る早稲田大学に所属していることもあり、交流する機会の多い台湾や台湾出身の人々には以前から身近に感じていました。しかし、日本に留学しに来る人々の日本における言動は、必ずしもローカルな台湾の生活様式や人柄を象徴しているとは限らないのです。ゆえに、異文化に適応することが試される台北滞在になりました。

 

そこで、この旅で学んだ主な2つの事柄を紹介したいと考えます。

 

 

一つ目。「相手に期待しないこと」

 

台湾旅行の中で沢山の人々に出会いました。

 

地元の人、中国人観光客、日本人観光客。

 

会って少し会話をして数分でセルフィーを撮ろうとする地元の高齢者、酔い潰れて大声で騒ぐ日本人観光客、バスの行き先探しを手伝ってくれた若い中国の女性。今羅列したのは、私が出会った人々のごく一部です。善し悪しは関係なく、この3つのどの組みにも私は「裏切られ」ました。裏切られたというのは、騙されたという意味ではありません。私が全く予期しなかったことを相手にされたということを示唆しています。

 

私の日常生活では、電車で会って少し会話しただけの人間に写真を撮ろうとせまられることなんてないですし、旅行先では日本人はマナーが良いというイメージを持っているため、泥酔して大声を上げている集団の会話は最初中国語に聞こえました。バスの行き先を尋ねるために私が探していたのは中国からの観光客ではなく、地元の人でした。これらはあくまでわずかな例を取り上げただけですが、台湾旅行中の「予測の打破」を代表するのに相応しいものだったので記載しました。

 

つまり、目の前にいる人間には期待をしない方が良い、ということです。「相手は必ずこうするだろう」、「相手はこんなことはしないだろう」と当然視してしまうのは、自分が自分の経験則に囚われている作用の表れです。時にはその経験則が人とのコミュニケーションを円滑化することもありますが、時にはそれがかえって必要ではなく、行動や思考の枷となる場合があります。特に新しい文化的環境に身を置くときは、そこに留意することが大事です。

 

 

二つ目。「自主的に選んで来たということを忘れない」

 

旅先にいれば、思い通りにならないことは沢山あります。一つ目で記したように、現地の人々の言動が自分の考えているものや、自分の生活している環境で見られるものとは違うときももちろんそうです。しかし、言語においても同じことが言えます。台湾では、早稲田の留学生の影響でインプットされたイメージとは異なり、あまり英語は通じませんでした。今考えれば留学生の中に英語を流暢に話せる人が大勢いるのは必然的なことです。何故なら、彼等はそれも目的の一環として留学しているのですから。だからといって現地の人々も全員そうかといえば全くそうではないですし、日本でも同じことが言えるかもしれないのですが、それでも我々は無意識のうちに共通の言語ツールだと信じてやまないものを押し付けている場合があります。もちろん、英語でコミュニケーションが取れればそれ以上便利なことはありません。一方で、英語を理解できない現地人にも落ち度はないのです。彼等は彼等の言語コミュニティの中で生きており、それこそ相手に英語を「期待」していないのです。海外へ出向く時、まず会話の第一歩として英語を使用することに問題はありません。しかし、そこで相手がその言語を理解できなかったからといって憤りを覚えることは禁物です。その時は、自分が自主的に選んでこの文化環境に足を踏み入れたのだということを忘れずに、他のコミュニケーション手段を探してみてください。ジェスチャーでもスマホでも構いません。とにかく、自分の持っているツールや文化を、相手も持っていて当然であると考えては意味がないのです。

 

 

以上の2つが、この旅を通してより多くの知人友人に伝えたいと考えたことです。

 

真の多様性を体験し、理解するためにひとりひとりが自分の持つ先入観を意識できるようになれば先は明るいかもしれません。

 

 

 

R.T. (Student Staff Leader)

The (not so) hidden face of racism in Japan

I consider myself a very privileged person. I can speak enough Japanese to communicate basically anything I want, I am from an overall very well liked country, I don’t really stand out in a crowd, considering I’m very much tiny and white. I am fully aware that these characteristics make me unlikely to be the victim of prejudice or racism, whether it is in Japan or in any other country, and for that I am very thankful.

 

However, as I have friends of many different backgrounds, I know for a fact that these discriminatory acts do happen here, with their frequency varying according to people’s skin color and country of origin. For example, it’s not uncommon to see Japanese people raising their voices in demonstrations against the presence of Korean or Chinese people in Japan. While these events have lessened, and people have started to oppose them, they clearly can be classified as hate-speech, and the fact that they are easily permitted by the authorities is very worrying.

 

In addition to these loud and clear actions, discrimination keeps happening every day on a smaller scale, and in a situation that no foreigner can avoid when living in Japan. This is the much dreaded occasion of renting an apartment. I don’t think there is any foreigner that can say that they have had an easy time when searching for a place to live here. The first barrier is the language, as not knowing Japanese will definitely limit your options and make the whole process much harder. Then comes the second barrier, which is that even if you know Japanese, there are so many specific procedures and conditions that you will find yourself lost and struggling in the end. And even if you surpass all these difficulties, you might still not be able to get a home. This is because in Japan the owner of the building has full control of who they want living in their real estate (the principle of freedom of contract), and thus not renting to people because of their nationality is a widespread and very accepted practice.

 

I had heard a lot of stories from friends that found themselves in that situation. A Spanish friend was denied apartments 6 times before he could find a place that accepted him. Many others had to wait for the real estate agency to contact the landlord before being able to even see inside of the apartment. And, while it is not directly related to nationality, I have a Brazilian friend that was all ready to move into a new place, but when he went to sign the contract, the landlord refused him on the spot because he “looked gay”. This is the discriminatory extent to which “freedom of contract” is established in Japan.

 

Being aware of these cases, I prepared myself for the worst when I decided to move out of the dorm I had been living for 4 years. And I my expectations, sadly, came to pass. Even though I used a real estate agency close to Waseda, which was used to foreign clients, many of the available buildings clearly said in their pamphlets that they didn’t accept foreigners. In fact, what shocked me the most was that this information was normally written together with things such as “we don’t accept pets”. It really felt like we were being held to the same standards as a dog or cat, less than a normal human being. I was also directly denied one of the apartments I had shown a little interest in, as the real estate agent called the landlord in front of me and received a negative answer. Also, even if foreigners were accepted, the caution money asked was doubled, and the conditions for finding a guarantor were also way stricter than towards a Japanese person. Even though I understand the fear Japanese landlords might have of losing money or of not being able to communicate with a foreigner, I don’t agree that these issues are reason enough to warrant this kind of discriminatory behavior, especially when there are other, better ways of solving any problems that might occur between the parties.

 

That was the first time I actually felt bad for being in Japan. I love this country, and I intend to live here for the rest of my life, but after this experience I’m very much scared that no matter how hard I try, because of my face, of my mother tongue, of my nationality, I might never be accepted as a good part of Japanese society, and will always be seen as someone that doesn’t belong and is not worthy of the same treatment given to Japanese people.

 

In the end, even with all those problems, I managed to find a nice place for myself. I don’t think I can ever forget this sad experience, but I will try to look at it positively and use it as a guideline to make sure that my actions are not being discriminatory. I truly believe that you should treat other people the way you want to be treated, and thus I wish to make sure that I never make other people feel the way I felt, and many other foreigners also feel constantly. I also hope that in the near future, this kind of practice from the Japanese real estate sector ends, and that all people may be treated fairly. I believe that Japan can definitely change it for the better!

 

 

 

F.S.T. (Student Staff Leader)

「日本人」としての私のアイデンティティー

「外国人っぽい。」

 

早稲田大学国際教養学部に入学してから8か月。その間に同じ学部の人からも、他学部の人からも言われ続けた言葉です。外見は日本人ですが、たどたどしい日本語に比べ、英語は堂々としゃべることが原因でこのような印象を持たれるようになったのだと思います。

 

実際に帰国子女ではありますが、日本に帰国してから今年のクリスマスで十年経ちます。本当でしたら、この期間で十分の日本語力はつけられているはずです。しかし帰国子女の多くにみられるであろう、住んでいた国、そして英語という言語に対しての執着心を強く持っていたため、私は日本語という言語に本気で向き合おうとしなかったのです。日本語を問題なくしゃべれていたのですが、日本人としてその歳でしゃべれるであろう日本語力がついてなく、子供っぽい日本語をしゃべり続けていました。

 

それでも私は日本人である自分のアイデンティティーがとても大事で、中高六年間書道部に所属して、大いに日本文化に触れていたことは今でもとても誇らしいことだったと感じています。留学生の多い中高一貫校に通っていた上、部活内で英語がしゃべれる人が少なかったため、私が通訳係として書道の魅力ややり方を英語で教えていました。数少ないこの機会で私は異国文化に触れる留学生、そして言語がそんなに通じなくても頑張って自分の文化を必死に伝えようとする部員の姿を見て、自国の文化を知ることの大切さ、それを自分のアイデンティティーだといえることがどれだけ意味のあることなのかなど、異文化交流の魅力にひきつけられていました。

 

しかし大学に入って書道を辞め、国際教養学部ならではの「外国人」という印象をもたれ言い続けられた今、私の中での日本人としてのアイデンティティーが消え始めていました。「外国人」らしく振る舞うようになり、英語と日本語を混ぜてしゃべる、いわゆる「チャンポン」を多く使うようにもなりました。「自分は日本語が下手。」「外国人のように日本語が上手くしゃべれない。」常に意識すればするほど、自信もなくなっていき、高校生の時よりも日本語が下手になっているのではないかと思うほどでした。来年二十歳で成人するのに、自国の言葉もしっかりとしゃべれないことにひたすら悩んでいたその矢先に、ICCに採用されました。

 

ICCの存在や活動は早稲田に入学する前から認識しており、異文化交流が好きな私にはピッタリな場所だと考えていました。採用されて二か月、日本人学生や留学生がお互いの文化や経験を知り、吸収しようとする学生の姿を目の当たりにして、改めて自分自身の文化や背景の大切さを感じました。「外国人」は自分のアイデンティティーじゃない、「日本人」が私のアイデンティティーだという、忘れかけていた感情も取り戻しました。久しぶりに筆を持って書道もしてみたいなと思ったり。日本文化にもう一度正面から向き合いたいと強く感じ続けています。

 

「異文化交流」と聞くと、ただ留学生としゃべって交流する、お互いの文化を紹介しあうことだと思う人が多いかもしれません。確かにそれは異文化交流の大事な一部分ではありますが、他国は私たちのことを日本の代表かのように聞いて、接してきます。その中で私たちは何をどう発信すればいいのか、どう教えれば相手に日本の魅力を伝えられるかと考えますが、それは私たち自身の中での「日本人さがし」をしているのです。様々な環境に揉まれた自分のアイデンティティーを根本的な面から振り返る良い機会です。

 

ICCではこのように、様々な背景の人が異文化交流をできる場を提供しています。興味のある方は是非お越しください。そして私のように、自分のアイデンティティーについて何か気づけたなら幸いです。

 

 

 

M.H. (Student Staff Leader)

Not Confident with Speaking Japanese? -Meet Japanese at the ICC that are willing to talk to foreigners like you-

Having lived in both Korea and the USA for a long time, I’m used to meeting people who come from various backgrounds. It’s my first time living by myself in Japan, and having stayed here for a little over two years, I`ve felt that advertising and exposing yourself to many experiences is truly important.

 

 

When I first came to Japan, everything was difficult because expressions were limited to 2-3 words in a sentence, and problems were solved mainly with body language.
If I came as a tourist, it would totally not have been a problem, but considering that I would have to live here for 4 years I knew it would be very difficult to live with thatlevel of Japanese.
However, I believed in myself that I could learn another language fluently, and I wanted to go to college in another country besides Korea and America since I already experienced the education system there.

 

 

Then, at quite an unexpected moment, the International Community Center appeared as a key for solving my difficulties in communication matters.
I had wanted to meet Japanese people to increase my speaking skills, but as a foreigner who cannot speak any Japanese, I guess it was hard for only-Japanese speaking people to be able to communicate with me too.
Also there are Japanese people who keep their distance from confronting foreigners, usually because of the language barrier.
However, Japanese people who come to the ICC are seeking to learn other languages and are not uncomfortable with having to face foreigners in everyday situations. So ICC was a great chance for me to have confidence in speaking Japanese.
They would wait for me, and were keen on what I was trying to express as my opinion.

 

 

The ICC provides a great amount of programs that allow foreigners to be exposed to a lot of Japanese, and what I would suggest is, learn grammar in Japanese classes at CJL, and apply that when you come to the ICC to talk with Japanese people. You will be less bored in class, getting to think that you will able to use what you have learned, and actually feel that confidence you never thought would appear regarding Japanese.

 

 

Try your best to experience whatever is out there, and that experience will then help you later on and make you a greater person than before.

 

 

 

JH (Student Staff Leader)

実は壮大?絵本からのメッセージ

みなさん「読み聞かせ」ってご存知ですか?主に小さいころに両親が絵本を声に出して読んでくれる、という習慣です。日本人の僕は主に母親からほぼ毎日してもらっていました。読み聞かせをしなくなるまでに、本当に数多くの本を読み聞かせてもらったのですが、最近になってふと読み返してみると本当に面白いものばかりなんです。ストーリーの裏に隠された作者たちのメッセージが手に取るように感じられ、「なるほどこれは親も読み聞かせたくなるものばかりだなあ」としみじみ考えさせられました。

 

そこで今日は皆さんにあるウクライナ民話をご紹介したいと思います。福音館書店出版で、絵は エウゲーニー・M・ラチョフ、訳は 内田 莉莎子の「てぶくろ」という作品です。日本でも広く読まれており、ご存知の方も少なくないでしょう。

 

このお話の簡単なあらすじは大まかに言って…「ある冬の夜におじいさんが森の中に手袋を落としてしまったことに気づいて引き返すまでの間、残された手袋には様々な『住人』が現れる。ねずみやカエル、うさぎにイノシシ、しまいにはクマまでもが『私もいれて』とやってくる。落ちた手袋を先に見つけたおじいさんのつれ犬が、手袋の怪しげな様子を見て大きな声で吠え立てると、動物たちは森へと逃げ帰ってしまった。とそこにおじいさんが現れ無事手袋を拾いましたとさ。めでたし、めでたし。」といったところでしょうか。初めて読んだときは、ただのシュールな作品にしか思えなかった(というのも、手袋に入っていく森の動物たちが途中から異常な大きさになっていくからです)のですが、大人になってから読み返してみて自分なりの解釈に行きついて感動しました。(以下はすべて僕の主観です。)

 

実は、この絵本の中で手袋の持ち主であるおじいさんは何も知りません。おじいさんはただ雪山で手袋を落としたことに気づき、犬が吠えている方向へ行ってみたらそこに自分の手袋が落ちていたというだけの世界だったのです。しかし、その間には確かに大きなストーリーがありました。森から様々な動物たちが現れ、「ここに住むことにするわ!」と言って勝手に手袋の中で暮らし始める。しまいには熊までもが入ってしまうほどの壮大さを含んだ「面白い」物語が“おじいさんの知らないところで”展開されています。ここで僕が思うのは、おじいさんは人間一般の象徴である、ということです。すなわち、作者の伝えたかったメッセージとは「みなさんの知らないところでどんな面白い物語が眠っているかわかりませんよ?もっと周りの世界やそこにある物語を注意深く見てみませんか?」ということだったのではないでしょうか。ね、とてもほっこりする物語でしょ?他にはディズニーアニメの「トイ・ストーリー」にも同じことが言えるかもしれません。

 

今日は皆さんの周りでどんなお話が展開されているのでしょうね

 

 

 

(T. K. 学生スタッフリーダー)

神楽坂 石畳と“塀”のなか

皆さんは、神楽坂に行ったことがありますか?

 

 

早稲田駅の次の駅である、神楽坂。九段下や大手町に比べ利用客は少ないが、品のいい駅である。

 

神楽坂駅の出口を出ると、目の前になだらかな坂道が広がる。神楽坂通りだ。地面は赤色のレンガ畳が敷き詰められており、両端には街路樹として欅(けやき)が植えられている。

 

 ハイヒールの音をコツコツと鳴らしながら、神楽坂通りを下る。両側には陶器店、金物店、書店、和菓子店、甘味処など昔ながらの店が目立つ。一方で、洒落たカフェやベーカリー、雑貨店などもあり、昔と今が融合している。

 

 そんな神楽坂通りを少し歩くと、ある通りとぶつかる。本田横丁だ。車一台が通れるくらいの道幅で、居酒屋が軒を連ねる。私は、引き寄せられるように、その横丁に入った。午前中のせいか人通りも少なく、自転車に乗った主婦の方とすれ違うくらいだ。

 

 そんな下町情緒が漂う、横丁をすすんでいるといきなり石段が表れた。一歩一歩、ゆっくりと、その石段を、のぼる。その石段をのぼった先に広がる光景に、私ははっとした。
とても、東京だとは思えない、古京都のような細い石畳が広がっていたのだ。道の両側は、白や黒の高塀でおおわれている。塀は屋根が付いており、下部は苔でおおわれていた。屋根の上からは、若々しい木々が頭を出している。私は、どうしても塀の中を見たいという気持ちに駆られた。

 

だが、塀は高く、中をのぞくことはできない。その上、塀の中からは物音ひとつ聞こえなかった。さらに、石畳には、細い電柱が一本控えめに立っているだけで、人っ子一人いない。

 

 いったいここはどこなのだろうか?まるで不思議な世界に迷い込んだような気がして、このまま進んだらこの細い石畳の通りから出られなくなるのではないかと思った。

 

 のちに調べると、その通りは「兵庫横丁」という通りで、武器商人の町であったことからその名が付いたらしい。鎌倉時代から続く由緒ある通りだった。軒を連ねていたのは、あの塀の中は、料亭や旅館であった。しかし、塀の中に何があるのかを知っても、私はあの塀の中になぜか引き寄せられる。

 

 

 

 皆さんも私の話に興味をもったなら、ぜひ「兵庫横丁」に足を運んでほしい。

 

 

TM(ICC 学生スタッフ)

2 / 43ページ

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén