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 夏の風物詩 ~ In 上海 ~

皆さん、こんにちは!SSLのT.L.です。東京の夏は暑いですね。今年の夏休みはコロナウィルスで故郷の上海に帰れるかまだ分からない状況です。長い蒸し暑い梅雨が明けたら、夏の本番に入る上海の天気は東京ととても似ています。一年で一番熱い7月の最高気温が35度を越えることは、よくあることで、近年の気候変動の影響で40度越えの日も珍しくないです。こんな暑い夏ですが、自分にとって沢山思い出がある季節でもあります。ホームシックになっている私の思いも込めて、皆さんに自分にとって印象的な上海の夏の風物詩を紹介したいと思います。

■果物

夏の旬の果物といえば、6月末から8月まで順番に収穫期に迎える甘酸っぱいヤマモモ、さっぱりしたスイカ、甘さ抜群の桃や香りを楽しめるぶどうなど沢山あります。夏は一年の中でも、一番果物を楽しめる季節とも言えます。その中でも、地元産の8424スイカ(スイカの種類名)は私の大好物です。両親は共働きなので、私にとって夏の一番の思い出は冷房がついている自分の部屋に、冷やしていた半玉のスイカをスプーンで食べながらドラマを見ることです。たとえ室外がどれほど熱くても、涼しい部屋の中で甘くてみずみずしいスイカを食べられるのは本当に幸せです。スイカ以外に、薔薇やクリームなどの香りがする様々な種類のぶどうも夏の定番です。

■塩ソーダ

塩ソーダは多くの中国人が飲んだことがない、上海独特の飲み物です。冷やした塩ソーダは塩分補給の効用もあるので、夏にぴったりの飲み物です。世界初の塩ソーダは1956年上海で生まれました。味はもちろん、熱中症対策や塩分補給などに最適なので、上海で長年清涼飲料水部門のベストセラーです。近年、ネットショッピングの発展と共に、塩ソーダは全国に広がる傾向にあります。ソーダといえばコーラやファンタなど甘い飲み物の印象が強いです。しかし、塩ソーダは一見普通のレモンソーダと同じですが、食塩の成分を加えているので、塩辛さも感じられます。初めて飲んだ人をびっくりさせる味だと思います。

■スイートトマト

スイートトマトは夏定番の家庭料理で、子供の頃、おばあちゃんがよく私といとこに作ってくれていました。作り方もとても簡単です。まず、トマトを厚さ1㎝のスライスに切って、食品容器に置きます。そして砂糖またははちみつを好みの量を加えます。最後に、しっかりトマトと砂糖を混ぜたら、冷蔵庫で2時間以上冷やします。甘酸っぱいのスウィートトマトが完成です。真夏の日に外から帰ったら、すぐ食べられて、心を癒せる一品です。皆さんもぜひ作ってみてください。

■冷麺・冷ワンタン

麺とワンタンは上海で最も人気な食べ物です。しかし、真夏の日に熱々の麺類を食べたら、汗だくになってしまいます。なので、夏でも楽しめるように、この二つの食べ物は季節限定の冷やしたバージョンがあります。茹でたての麺やワンタンをお互いにくっつけないように、油をかけてから扇風機や冷蔵庫で冷やします。食べる時は、冷やした麺やワンタンにお酢、醬油そしてゴマダレをかけて召し上がってください。麺にはお肉や野菜の炒め物などお好みの具やおかずと一緒に食べることもよくあります。家でもできる簡単な料理なので、皆さんもぜひ試してみてください。

■蓮華

旬の花といえば、蓮華です。それは地域や時代を問わず、中国人にとって馴染み深い存在です。古代には蓮華を描く漢詩や漢文が沢山残されています。近代にも、教科書に収録されている朱自清の「荷塘月色」などの蓮華を描写した名文も沢山あります。人民公園は上海の蓮華の名所です。小学校の頃、よく写真好きの父に連れていってもらって、蓮華を見に行きました。一番印象的だったのは隣の都市である杭州西湖で見た蓮華でした。宋王朝の時代に楊万里が描いた通り「天に接する 蓮葉(れんえふ)は無窮(むきゅう)の碧みどりにして,日に映ずる荷花は別樣(べつやう)に紅(くれなゐ)なり。」でした。緑に囲まれ咲いているピンクの蓮華を見ていると、夏の暑さを段々感じなくなってくるほど、心が浄化されます。また、東京の上野公園の不忍池の蓮華もとても綺麗なので、おすすめです。

もちろん、自分にとってふるさとの夏の風物詩はまだ沢山あります。ここで紹介したのはほんの一部で、上海に行ったことがない人もいない方でも楽しめるものをいくつかピックアップしました。いつもと違う夏の食べ物や景色を見たい方は、ぜひ体験してみてくださいね。皆さんが夏を楽しく快適に過ごせますように。

T.L. (Student Staff Leader)

記録のすゝめ ~あなたのレビューが誰かの好きのキッカケに?~

○はじめに

皆さんこんにちは!
在宅生活になってから、ますます読書と映画鑑賞が生活に切っても切れないものになった学生スタッフリーダーのH.Hです。
これを読んでくれている皆さんの中にも、読書や映画鑑賞が日々の楽しみだという方もいるのではないでしょうか。

皆さんは本を読み終えた後、映画を観終わった後は、どのように過ごしていますか?
お風呂の中でゆっくり物語の余韻に浸ったり、家族や友人と話して感想をシェアしたり、InstagramやTwitter等のSNS上で感想を投稿したりする人もいると思います。
人それぞれ、さまざまな読後や鑑賞後の過ごし方があるのではないでしょうか。

○記憶に刻むだけでなく、記録にも残そう!

ちなみに僕はなるべく文章にして感想を残すようにしています。
何年後かに振り返って過去の自分の感想を読み返すと、当時の自分が何に着目していたか、何に心を動かされたかを思い出すことが出来るからです。
時間を空けてみると、もう一度同じ作品に触れたとしても、感じ方や視点が変わることが往々にしてありますよね。そんな過去の自分と今の自分の差異・変化を感じたり、反対に昔から変わらずイイと思えるものを改めて確認したり。そういった楽しみ方が出来るのが記録を残すことの醍醐味だと感じています。

また、以下に紹介するようなWebサービスを使って記録すれば、自分の残したレビューが誰かの目に止まり、それが誰かの「好き」のキッカケになるかもしれません!
そんな、読後、観賞後の一つの楽しみ方をご紹介できればと思います。

○読書の記録

本を読んでも読みっぱなし。1週間くらい経つと、どんな内容だったか、どの箇所に印をつけたか、思い出せそうで思い出せない・・・。
そんな方もいるかもしれません。といいつつ実は僕がそんな人間です(笑)。
そこで、まだ思考や感情のフレッシュなうちに文章にするように心掛けています。(すぐに言語化しようとしても、まだ消化できていないと感じる時は、しばらく「寝かせ」ますが)

そんなときにオススメなのがこちらのサービスです!
「ブクログ」https://booklog.jp/

ブクログ上では検索機能で本を探して自分だけの「本棚」を作ったり、読んだ後に感想を残したりすることができます。また、基本的にこの感想は他のユーザー向けに公開され、各自が他のユーザーの感想を読むことができるようになっています。(他のユーザーに感想を読まれたくない人は非公開設定にもできるので安心!)
それだけでなく、ユーザー同士でフォローし合ったり、レビューに対して「いいね」をつけたりとSNSの要素もあるので、自分と趣味の合う人と繋がることもできるんです。
自分のために感想を残すに留まらず、自分の書いたレビューに「いいね」がつくと嬉しいですよね!

このように読書の記録が出来るWebサービス・アプリは他にもたくさんあるので、自分に合うものを探してみてくださいね!

ちなみに最近、読んだ中で心に残っているのは、
「すばらしい新世界(著:オルダス・ハクスリー)」
「そうか、もう君はいないのか(著:城山三郎)」
の二冊です。
前者は、人々の幸福と社会の安定が徹底的に管理された近未来の世界の話。
「管理」というとネガティブな印象を抱きがちですが、この世界に生きる人々は基本的にそんな社会に何の不満も持っておらず、むしろ幸せに暮らしています。(というより、不満を持たないように巧みに条件付けされています)国家や大企業による個人情報の管理や利用が問題視されている現代の私たちにとっても、他人事ではないのかもしれません。そんな世界を90年近く前に描いていたハクスリーに脱帽です。

後者は、最愛の妻との大学時代の出会いから妻の死による別れまでの夫婦生活を描いた回顧録。
著者は「落日燃ゆ」、「男子の本懐」などで有名な作家、城山三郎です。若かりし頃の妻との運命的な出会い、戦争の爪痕が残る時代の新婚生活、病に臥した妻との日々。昭和から平成という二つの時代を共に生きた二人のエピソードが名残惜しむかのように綴られています。
著者の繊細で瑞々しい描写を読むうちに、気付けば読者である私たちも二人の様子を傍で眺めているような感覚にさえなります。心が芯から温まる一冊です。

「すばらしい新世界」はまだ見ぬ近未来、「そうか、もう君はいないのか」は古き良き昭和の時代を描いており、現代に生きる私たちにとっては、もはや異文化といえる場面が多々登場します。
過去と未来の世界を覗くことで、いま私たちが「普通」、「正しい」と信じている価値観も永久不変のものではないのだと感じさせられます。
反対に、時代や土地が変わっても、変わらずに生き続ける普遍的な「素晴らしさ」や「美しさ」もありますよね。
そうしたものに気付かせてくれることこそが読書の醍醐味だと、この二冊を読んで感想を残しているうちに改めて感じました。

○映画の記録

映画についても同様のサービスがあります!
自分の観たい映画を探したり、自分の観た映画の感想を記録したり、それを他のユーザーにも共有したり。そのように自分の映画体験を広げることができるサービスを一つご紹介します。

「Filmarks」https://filmarks.com/

このサービスでも自分の観たい映画や観た映画のリストを作成し、自分だけの本棚ならぬ、映画棚を作ることができます。
自分と趣味の合う人をフォローして、その人のおすすめの映画を観てみたり、各種映画賞の受賞作一覧を参考にできたりと映画をもっと楽しむ機能が満載です!
こちらも同様のサービスは複数あるので、自分に合ったものを探してみてくださいね。

ちなみに最近、観た中で心に残っているのは、
「湯を沸かすほどの熱い愛(監督:中野量太)」
です。
母と娘の二人で暮らす親子。突然、母が病に倒れたことで、残りの時間を大切に生きるようになります。家を出ていた父との再会、娘の出生の秘密、ヒッチハイク青年との出会い。さまざまな人々の人生が母の最期の時間に結び付いていきます。
家族との別れは突然やってくるかもしれない。自分の人生もいつ終わるか分からない。
頭では分かっていても、それを肌で感じる機会はそう多くないと思います。
しかし、この映画を観ながらそれぞれの登場人物の気持ちになると、自分にもリアルなこととして突き付けられました。

○こんな分野にもレビュー!?

最後に、「こんな分野にも感想を残すサイトがあるんだ!」と少し意外なものもご紹介します。
それは、日本全国のサウナの感想を残し、共有できるサウナ情報サイトです!

「サウナイキタイ」https://sauna-ikitai.com/

昨今、人気の高まっているサウナ!
僕も新米サウナー(サウナを趣味とする人の呼称)なので、このサイトで近所のサウナを探して、サウナを楽しんだ後はここに感想を残しています。(最近は新型コロナウイルスの影響で「サ活」が出来ていませんが…)
サウナに関する情報収集だけでなく、自分の感想を発信できる。
あなたも「サ活」を始めませんか?

○おわりに

今回は紹介しきれなかったさまざまな分野にも、たくさんの感想記録・レビューサイトがあるので、皆さんの趣味に沿ったサービスを探してみてくださいね!
それでは、良い在宅ライフを!
またICCラウンジがオープンしたら、色んなおすすめのサービスを教えてくださいね!

H.H (Student Staff Leader)

外出自粛中、Effortlessメイクのすすめ

今学期、早稲田大学は全面的にオンライン授業になりました。それに加え、バイトやインターンがテレワークになった、という方もいらっしゃると思います。このように、オンラインで人と顔を合わせる機会が格段に増えましたね。

ここで、普段通りメイクをしてテレワークにのぞむべきか、迷うことはありませんでしたか?
今回のブログでは、テレワーク/オンライン授業の際におすすめのメイクについて共有させてもらいたいと思います。

在宅勤務時にメイクを行うかどうかについて花王株式会社が先月、アンケート調査を行いました。在宅勤務をしたことがある 20~50 代の一般女性を対象にしたアンケートで、約4割が普段通り、約6割が全くしない又は軽くメイクをすると解答しています。

2020年4月1日「在宅勤務時のメイクについて調査・花王株式会社」

全くしない又は軽いメイクをする人が6割を占めますが、いつも通りのメイクを行う人も一定数いることがわかります。

肌感覚ですが、日本人は海外と比べ、メイクを普段から丁寧に行う人が多いと感じています。留学先で日本人の友人との間で話題になったのですが、留学先のクラスメイトはプレゼンテーションの日になると正装・化粧をし、通常はスキンクリームとリップクリームだけという人が大半でした。普段はメイクをせず、特別な場合にのみ丁寧なメイクを行う人が多い傾向にありました。

私の留学先はフランスで、そこで理想とされるメイクのキーワードに、“Effortless”があります。よくフランスの女子は“Effortless”をキーワードに、着る服を選んだり、化粧をしたりします。

ここで、提案したいことがあります。オンラインで人と接する機会が増えた今、Effortless メイクを取り入れてみるのはどうでしょうか?
Effortlessメイクに定義があるわけではありませんが、文字通り手間をかけないメイクです。

例えば鮮やかなリップを主役に、日焼け止めや薄くファンデーションをつける、といった感じです。

ここに引用した動画がパリジェンヌの実践するEffortlessメイクの事例になります。この動画ではクリームとマスカラを使うという人が多いです。

We Went To Paris And Asked 13 Women Their Beauty Secrets | BAZAR×Paris

似ているものとして、ナチュラルメイクがあります。こちらも定義はありませんが、場合によってはナチュラルなルックスをつくるために、控えめな色のリップや自然な発色のチークを用意し、眉毛の描き方を工夫する等、ナチュラルに見えるために手間をかけることがあります。あくまでも凝らない、時間をかけないことがEffortlessメイクを行う上で大事なポイントです。

ここで、メイクからは少し外れますが、スキンケアにEffortlessを取り入れてみるのはどうでしょうか。

ミセラウォーターはご存じですか?クレンジング(メイク落とし)・洗顔(汚れ落とし)の役割も含まれた化粧水で、フランスやスペインで流行っているそうです。寝る前にミセラウォーターで顔をふき取り、乳液をつけて、顔のお手入れが完了します。従来のように、クレンジングと洗顔と化粧水の段階が別れていないため、肌を摩擦する回数が減り、健康的な肌を保つことができます。乾燥している春・秋・冬に特におススメです。

最後にもう一度聞きますが、オンラインで人と会う機会が増えた今、もしも化粧を普段通り丁寧に行おうか迷っていたら、Effortlessメイクはいかがですか。世界にはシンプルなメイクが素敵だという見方があることを伝えたく、 Effortlessメイクを提案させていただきました。もし興味をお持ちいただけたら、うれしいです。

SSL S.R.

West with the Night

Hey everyone, how is your ‘Stay at home’ time going?

This semester’s classes have all been changed to online classes. Even though school has already started this year, it still means ‘stay at home’ to me and most of the students.

While we cannot physically go out and experience the world, why not try to get some inspiration from the ladder of the progress of mankind a.k.a, books?

About the Book

I want to introduce one book I have read recently. It is called “West with the Night”. It is not written by a famous writer but by the first person to fly across the Atlantic Ocean from east to west in a solo non-stop flight Beryl Markham.

It chronicles many episodes of the writer Beryl’s life from the time she followed her father to Africa at the age of four to her flight across the Atlantic in 1936.

Whether the episode of when she followed native hunters hunting warthogs as a child, tamed a famous horse on her own, or flew a plane to track elephant herds across the grasslands, each story was so charming that it could have been pulled out of a Planet Earth-like documentary.

Just a little spoiler alert!

I don’t want to talk about the content of the book too much since it will take away the pleasure when you are reading the book.

So just a little!

On a rainy night in September 1936, Beryl flew the Weaver Silver Gull from Abingdon Military Base in England, heading west in the night, destined for New York. During the voyage Beryl suffered storms, engine shutdown, and a swamp forced landing, but she made it in the end.

In the book, she recalled the moment the engine died: instinctive fear made her want to immediately pull the joystick away from the surface, but expertise ordered her to fly toward the surface to reduce altitude and gain speed. In the moment of the battle between fear and sanity, she felt her hands become “the hands of strangers” and swooped out to sea with relentless precision to follow the flight code. She described the strange feeling as, “It’s like being surprised to find a stranger walking alongside you in the night. And you are the stranger.”

What impressed me the most

“You can live a lifetime and, at the end of it, know more about other people than you know about yourself. You learn to watch other people, but you never watch yourself because you strive against loneliness. If you read a book, or shuffle a deck of cards, or care for a dog, you are avoiding yourself. The abhorrence of loneliness is as natural as wanting to live at all. If it were otherwise, men would never have bothered to make an alphabet, nor to have fashioned words out of what were only animal sounds, nor to have crossed continents – each man to see what the other looked like.”

Feelings about loneliness are extremely complex and can be understood whether one chooses to escape or not. But it would also be a way of knowing myself if I could think more, like a day at home alone right now, and write about the feelings this book brings to me.

Please don’t miss it!

For me, the book gave me the chance to experience a totally different world and feelings. Even though I will not have the chance to be a pilot to view the world from another angle, the book gave me the opportunity to experience a totally different world and to see and to feel the world through Beryl’s eyes.

So if you are thinking about picking up a new book or want to find some new experience, please don’t miss it! 😊

J.F. (Student Staff Leader)

 

地球を飛びだし、宇宙で育む異文化コミュニケーション力

はじめに

「グローバル人材」とは近頃あらゆる場面で耳にする言葉ですが、どのような資質を持つ人のことなのでしょうか?様々な解釈が飛び交う中、文部科学省はこのように定義しています。

「世界的な競争と共生が進む現代社会において、日本人としてのアイデンティティを持ちながら、
1)広い視野に立って培われる教養と専門性
2)異なる言語、文化、価値を乗り越えて関係を構築するためのコミュニケーション能力
3)協調性
4)新しい価値を創造する能力
5)次世代までも視野に入れた社会貢献の意識
などを持った人間」

2)の「コミュニケーション能力」と聞くと、英語や他の外国語を話せる能力を一般的に想像されるかもしれませんが、言語能力のほかに、文化と価値の差を認識し、乗り越えるための能力も必要不可欠となります。近年「異文化コミュニケーション力」などと良く言われていますね。

世界で通用する異文化コミュニケーション力の向上は、早稲田大学でも非常に力を入れています。大隈重信の「一国の為のみならず。進んで世界に貢献する抱負」という意を受け継ぎ、人としての尊厳と多様な価値観や生き方への尊重を通して、世界に貢献する学生の育成に取り組んできました。これら長年の努力を経て、現在、本学は日本で最多の留学生を受け入れる大学として学内での異文化交流も非常に盛んであり、私たち学生にとっても誇らしい環境です。

主に教育機関や企業などの場で発揮が期待される異文化コミュニケーション力ですが、予想外な場所で重視されていることを最近知りました。なんとそこは、地球を飛びだし、ほとんどの人が生涯行くことがないであろう「宇宙」です。未知な世界でありながら、多くの人が一度は行ってみたいと憧れる領域でもあると思います。では、実際に宇宙でどのように異文化コミュニケーションが育まれているのか、深堀りしていきたいと思います。

国際宇宙ステーションでの異文化コミュニケーション

宇宙開発と異文化コミュニケーション。一見関連なさそうですが、実は深く結びついています。宇宙開発と一言で言っても多くの職種がありますが、中でも一番注目を浴びる「宇宙飛行士」に求められる異文化コミュニケーション力にフォーカスを当てていきましょう。

宇宙飛行士は主に「国際宇宙ステーション」を拠点として活動しています。国際宇宙ステーション(ISS)は地球から遥か400kmも離れた上空に位置し、「国境のない施設」として宇宙環境でしかできない様々な研究や実験が行われてきました。日本、アメリカ、カナダ、ロシア、ヨーロッパ各国をはじめとする計15か国により運営されており、それぞれ自国で開発したISSの装置を責任持って機能させています。また、各国にはISSの運用を担う国立機関が設けられており、中でもアメリカのNASA、日本の宇宙航空開発機構(JAXA)はほとんどの人が耳にしたことがあると思います。JAXAは主に物資輸送やISS最大の実験棟である「きぼう」の運用などを務めています。一方で米国のNASAは各国と連携をとりながら調整するリーダー的存在であり、さらにISSへの電力供給を確保する役も担っています。

こうして各国がそれぞれの任務を果たしながら長年宇宙開発を進歩させてきたISSですが、今までにない形の国際協力の象徴の場でもあります。

宇宙飛行士として求められる素質

宇宙開発の場は共通の専門分野を持つ研究者が集まる一方で、個人の文化的背景が大きく異なるため、多様性に富む人材で成り立っています。よって、宇宙での研究は科学に留まる活動だけでなく、異文化交流のあり方を追求する上でも重要な役目を果たしていると言えます。

例えば、ISSに搭乗する宇宙飛行士になるための応募条件として「心理学的特性」という項目が含まれています。これは、協調性、適応性、情緒安定性などをはじめとする、国際的なチームの一員として業務に従事する上での適性として選考において重要視されている特性です。先ほど触れたグローバル人材に求められる資質と重複していますね。ISSで研究や実験をする宇宙飛行士は成果を出すことがもちろん最優先ですが、限られた滞在期間(約半年間)の中、効率的に仕事を進めるためには、異文化コミュニケーションを基盤としたチームワークを構築することが絶対条件となります。

日本人で初めてISSのクルーとして選ばれた宇宙飛行士、若田光一さんは有名です。合計4度もの宇宙飛行を経験し、日本人として最長の宇宙滞在期間を記録しただけでなく、2014年にはISSのコマンダー(船長)として任命されました。常に危険と隣り合わせの環境で仕事をするという緊張感高まる環境で求められる資質は、リーダーシップだけではなく、多国籍チームにおいて、個人の「違い」を尊重した高度なコミュニケーション力の発揮も必要とされました。

若田さんが船長として常に意識していたことは、「問い返し」を習慣化させることでした。クルー同士で意思疎通をするにあたって自分の意見を相手に正確に理解してもらうためにも、逆に相手の発言に対する自身の見解を共有することで曖昧な意思の伝達を防ぐためにも有効です。特に命がけで行う宇宙開発の現場ではミスやトラブルが許されず、誤解無くコミュニケーションを円滑化することが求められるので効果的だったそうです。このような細かな「配慮」の積み重ねを通して誰もが話し合いに参加できる環境づくりが最も大切だと言います。そして、こういった気遣いは私たちが普段の生活において異文化交流をする際にも意識できることの1つですね!

そんな若田さんはISSのコマンダーという誰もが思う超エリート職について、一般的なビジネスの場における「課長」のような存在に過ぎないと言います。宇宙開発という共通の目的の下活動する一つの組織のリーダーを担うことは、ビジネス界における一般企業の中間管理職として部下をまとめることと本質的には変わらないと言います。確かに全ての仕事においてリスクはつきものである上、リーダーに価値観やバックグラウンドの異なる人同士のコミュニケーションを促進する能力が求められることにも変わりはありませんね。日本、いや、全人類を代表してISSで宇宙開発の重役を担った偉人からの言葉には聞こえませんが、こういった謙虚な姿勢もまた、他の誰でもなく、若田さんがリーダーとしてふさわしいという証ではないでしょうか。

最後に

長々と語ってしまいましたが、宇宙での異文化コミュニケーション力の重要性を感じていただけたでしょうか?

宇宙から帰還した若田さんのような宇宙飛行士がダイバーシティマネジメントの研修を行ったり、企業がグローバルリーダー研修を立ち上げるにあたり宇宙飛行士の経験や彼らに求められる資質を参考にしたりと、宇宙開発の成果は様々な場面で応用されています。宇宙に留まらず、文化を超えたコミュニケーション能力が求められる環境は他にもたくさん潜んでいるのではないでしょうか。実際に私自身が思いもしなかった「宇宙」という場所に潜む異文化理解のあり方に目をむけたことで、多くの学びを得ることができました。このブログを最後まで読んでくださった皆さんも、あらゆる場面における異文化コミュニケーションを探究してみてください!

S.Y. (Student Staff Leader)

この一年を振りかえって

こんにちは!ICC学生スタッフリーダーのM.L.です。早稲田に入学してもう1年半が経ちましたでした!!時間が経つのは本当にあっという間で、ICCイベントの企画や運営、ボランティア活動、インターンシップ、就活、修士論文の準備などを色々経験しました。これらの経験を振り返った今、私は気付いたことがいくつかあり、皆さんとシェアしたいと思います。

それは何事もあきらめる前に努力を続ければできるということです!これも私が生きていく上で大切にしていることです。誰でも順調満帆の人生を持っているとは限りません。何かを成し遂げるためには、窮地に直面することも多々あります。困難を解決するにあたって、やり抜くことより簡単に諦める方が容易ですが、諦める前に、「私はもう無理なのか?」、「まだやれることがないなのか?」、「諦めた後に、私は後悔しないか?」って自分に一度聞いてみて下さい。もう少し頑張れると、できるようになるかもしれません。

去年の夏休みに、私は大手広告代理店のワークショップに参加し、2ヶ月間ほど広告代理店の課題に苦戦しました。15人の参加者にの中で、外国人は私しかいませんでした。講義を初めて受ける時に、いきなり個人ワークになり、課題分析や自分のアイデアについて2分間のプレゼンテーションをするように言われました。その時に、周りに座っている社員の皆さんは有名なC Mを制作した経験を持ち、学生を見極めていました。彼らの前にプレゼンテーションをするのはめっちゃくちゃ緊張しましたが、何となく論理性を持って自分の思いを伝えました。後の講義はさらに難しくて、常にコピーライターの立場に立って、日本人学生と一緒にキャンペーンのキャッチコピーを考えました。私は日本語母語話者ではないですが、広告に使用する文言を考え、様々な文案を作成しました。今振り返っても、本当に不思議な体験でした。自分が体験したことが世界に飛び込む感覚でした。
グループワークをしている中で、「私が本当にできるのか?」、「最終発表の発言機会を誰かに譲ろうかな。」というネガティブな思いが生じてしまいました。しかし、自分自身の心の声を聞いて、今諦めると必ず悔しい気持ちになり、むしろ最後まで頑張った方がいいと思いました。このモチベーションを持って、私は最終発表までやり抜き、会社役員の方々の前で10分間ほどのプレゼンテーションを行い、チームメンバーと一緒に優勝をすることができました。これまでの大学生活の中で最高に熱く、最高に充実した奇跡の2ヶ月間だったと今でも思います。私はこの経験から、困難から学びを得て、最後までやり抜くことの大切さを実感しました。これからも、気付いたことを生かして、早稲田大学で学んでいきたいと思います。

今年は新型コロナの影響ににより、大学の授業がオンラインとなり、就活環境も激変してきました。私たちの学生生活にも大き影響を与えました。海外から日本に戻れない学生もいるし、自宅に孤立している学生もいます。どこにも遊びに行けなかったり、暗いニュースばかりで気が滅入ってしまっている人もいると思います。今が前例がないほど困難な時期であることは間違いないと思いますが、私たちは” 心”の元気を失っていけません。春は必ず来る!そう信じて、今の困難を乗り越えて一緒に最後まで頑張りましょう!

M.L. (Student Staff Leader)

山陰旅行記・島根

日本に来た留学生の私は、東京で既に四年間生活し、モダンな日本を日々感じてきた。しかし、実は、最初に日本に興味を持つようになったきっかけは、日本のおしゃれなファッションでもなく、世界的にポピュラーなアニメと漫画でもなかった。伝統的な日本、すなわち、和の文化だった。その「和」を満喫したく、一学期で溜まっていた疲れを癒すため、私は、この春休みの二月にイタリアからの気のおけない友人と二人で山陰地方に足を向けた。
まずは飛行機で広島に行き、広島からバスで島根県の松江に着いた。その日は小降りの雨で、松江には、薄霧がかかっていた。バスから降りて間もなく宍道湖に向かった。小雨の中、荷物を背負って、足早に急いでいた私達は、夕日を見たかった。
湿った髪の毛が巻けるのを感じた時、宍道湖が見え始めた。夕暮れの時間に間に合ったとはいえ、雨天のせいだったろうか、いつも写真で見るような金色の光に火を放たれたような湖面ではなかった。代わりに、雨雲が太陽を隠し、宍道湖全体を黒っぽいブルーに染めていた。木のベンチに座り、嫁ヶ島を眺めた。この島は大昔に宍道湖で溺れた若嫁の忘れ形見だと言われている。彼女は姑にいじめられ、冬の夜に実家に帰ろうとした。一刻も早く家に帰るために、凍った湖上を歩いた。しかし氷が割れ、彼女は寒い湖の中へ沈んでいった。湖の神様は彼女のことを哀れみ、島として浮かび上がらせた。これは伝説だが、実際、宍道湖近辺に子供や漁民の水難事件が多発していたという。多分、若嫁が溺れて亡くなったのも、本当にあったことかもしれない。多くの命がここで失われたことを考えると、この紺青色の湖と空に、細やかな冷雨はまさに神様が悼んでいる光景ではないかと思った。こうして、しばらくの間、メランコリーに浸っていた。

松江・宍道湖と嫁が島▲

暗くなり、駅へ足を運び、晩御飯を食べに行った。松江駅近くの地元のレストランで、とても美味しい郷土料理をいただいた。口の中で溶けそうな食感を持つ柔らかいお刺身、鮮度抜群の生岩牡蠣、うま味たっぷりの宍道湖しじみに、またうま味に富んだ地酒が、舌先で絶妙なシンフォニーを奏でた。
食後はホテルにチェックインし、一晩、ぐっくり眠れた。
次の日は朝8時に起き、直ちに松江城に出向いた。二日目は快晴で温かかった。サングラスをかけ、歩幅は大きく。城下町に入ると、堀に沿う道、武家屋敷や「怪談」を著した大文豪・小泉八雲の旧居などが目に入り、濃密な歴史の微風が顔を撫でてくるように心を静めてくれた。階段をどんどん登っていくと、体が受信機のように何かを感知した。来た、次だ!次の角を曲がると、国宝の松江城の天守閣がそこに聳え立っていた。ラフな石垣、優雅な瓦、美しい!外国人のため、チケットを半額にしてもらえた。入口で靴を脱ぎ、登閣。日差しがあまり入らないので、木の床が氷のように冷たかった。スリッパを取り忘れた私達は、足から伝わってくる寒気をじんわりと感じた。それでも、頑張って松江城の内部を探索。そして、上に登っていった。最上階では、再び暖かい光に体を巻きつけられた。温められた木の床に、足をくっつけ、松江市を見下ろした。右手を眉毛のところにかけ、目線を遠くへ射、また嫁ヶ島が目に入った。その島は今明るい日差しに浴び、周りの湖面は生きているかのように煌めき、後ろの山々は幻の布を身に纏っていた。現実か、夢の世界のようだった。

松江・城下町▲

松江・小泉八雲旧居▲

松江・松江城▲

松江城・最上階から見下ろす筆者▲

その後はカレーのランチを食べ、城下町を少々散策。そして、出雲市にむかう電車に乗った。宍道湖の北か南かを沿うように路線は二つに分かれる。どちらの鉄道も宍道湖の輪郭を描いている。乗客が少ないため、気軽に電車内で歩いたり、外の美しい自然風景を思う存分楽しめた。
終点の出雲大社前に着いた。穏やかな空気が漂い、レトロな建築。国の登録有形文化財でもあるその駅に一目惚れ、そこで一休みをした。駅から出ると、「異国情緒」溢れて見える街並みに驚いた。
「これ日本らしく感じないのだけど」
「いや、むしろ、日本っぽいと思うよ。太古の日本っぽい。」
と友達が答えた。
太古の日本は大げさな言い方だと思うが、出雲大社に向かう真っ直ぐな上り坂、道端に守護神のようなプライド高き黒松にアスファルトと車、唯一無二の風景が目に映っていた。その風景を堪能しながら、出雲大社へ向かった。
手を繋ぐ楽しそうなカップル、笑い合う若い女性達、ベンチに座っているお年寄り、自転車に乗っている子供達。午後の陽は力強く世界を黄金色に染めあげた。
神社の正面入口にある「勢溜の大鳥居」にやっと着いた。他の方が敬虔に鳥居に対してお辞儀をするのを見かけ、慌ててお辞儀をし、鳥居をくぐった     。そして振り向き、鳥居を通して来た道を眺めた。

出雲大社・勢溜の大鳥居▲

凄い。下り坂が遠方まで続き、その終わりと思われるところに巨大な白い鳥居が立っている。しかも、目の前の勢溜の大鳥居と相呼応しているかのように一直線である。実は、出雲大社は合計四つの鳥居があり、それぞれ石、木、鉄、銅と違う素材で作られている。全部くぐると幸せのご縁が早く来るらしい。

出雲大社・遠くにある白い鳥居と相呼応▲

出雲大社の内部へ進むと、鯉が泳いでいる池、そして細長い川が流れる橋、道端で飾られている灯籠、樹齢400年を超える並木、さらに右方の芝生で戯れるウサギの石像が次々と目に入り、この神社の歴史、物語と平和を語ってくれた。拝殿に着いた時、心は止まった水に波紋を起こしたように、感動した。青色瓦、伝統的な木造、そして太い大しめ縄。出雲大社だ!大国主神が宿り、唯一「大社」と名乗るこの神社は、想像よりも大きかった。八雲山を背にして、左右と前には川が流れて、神聖な雰囲気を感じる。おみくじを買い、神様に吉凶を占って頂いた。

出雲大社・拝殿▲

出雲大社から、稲佐の浜へ、夕日を見にいった。稲佐の浜は大社の西方向にあり、徒歩で20分くらいの距離だ。海と砂、ラッキーなことに夕日も綺麗だった。砂浜の上巨大な岩が聳え立ち、更に、岩の上に鳥居がある。現在は、その岩はほとんどの時間完全に砂浜の上にあるが、もともとは島だったようだ。古くは「沖御前」という名前であったことからも沖にあったことが伺い知れる。近年、砂が急に堆積したそうだ。
なお、日本全国では旧暦10月を神無月というが、出雲地域だけは、神無月と逆に、旧暦10月を神在月という。少し想像したら分かるかもしれないが、日本全国の神様は旧暦10月に出雲に集まるからだ。稲佐の浜はまさに神様達が出雲に上陸する場所でもあるのだ。稲佐の浜から出雲大社へ神様達が移動し、人々の「幸せ」のご縁について相談すると聞いた。出雲は、さすがに神々の国、ご縁の国だ。

出雲・稲佐の浜▲

日が完全に沈むまでずっとそこにいた。その後は駅近くで晩御飯を食べて、松江に戻り、一日を終えた。
三日目は夜に鳥取に向かうために朝早めに起きて、ホテルをチェックアウトし、松江にいる最後の時間を存分に楽しもうと考えた。まだ行きたいところは沢山あったが、時間が限られていたので、念頭にあった八重垣神社と月照寺に行った。最初は八重垣神社だ。
八重垣神社は松江の中心部よりすこし離れているが、ホテルからバスで40分で直結しているためアクセスは便利だった。また、中心部より離れていると言っても、人は結構多かった。スタンプ帳に楽しそうに神社の新しいスタンプを押す人を見かけ、いいなと思った。神社巡り、そしてその神社特有のスタンプを押してもらう。それが旅行の記憶にもなり、何かを集め、何かを達成する欲望をも満たしてくれるのであろう。提灯が昼間にも関わらず光っていた。拝殿はシンプルだがこぢんまりしていた。そこに、厳粛な感じを受けた。拝殿右側にある神札授与所で御神籤を買った。ここの御神籤は他の神社と異なり、ほぼ白紙だった。神様に占って頂きたいのに、どうして白紙なのだろう。その謎を抱えながら、「御神籤」の紙をもって、拝殿左側奥に進んでいった。橋を渡り、梅が綺麗に咲いていた。隣の見ず知らずの女性のグループは梅に惹かれたようで、一人の女性がカメラを持って梅に近づき、写真を撮りに行きながら、友達に「花を撮っている私を撮って」と告げていた。私もつられて、そんな彼女の姿を撮った。更に前に進み、妙に人が集まっていた。

八重垣神社・梅撮りの女子▲

そこには綺麗な池があった。鏡池と言い、稲作を司る女神、稲田姫が鏡として使われていたそうだ。白紙の「御神籤」はここに来て初めて威力を現すのだ!なるほど、その御神籤にコインを乗せて、そのまま鏡池に入れると、占いの文字が現れた!そして、御神籤が早く沈んだら、良いご縁が早く来るらしく、近くで沈んだら、縁のある人が身近にいるという。鏡池に囲むみんなは、自分の御神籤が沈むのを楽しみにしながら待っていた。じっくりと御神籤を見ている人達は、まるで愛する人を見つめるような光景だった。ちなみに、私の御神籤はそう遠くには行かずに、実に早く沈んだ。

八重垣神社・拝殿▲

八重垣神社・鏡池▲

八重垣神社・占い▲

次に八重垣神社を出て、月照寺に向かった。松江城に戻り、そこからまたバスを乗り換える。松江城に着くと、雨が降り始め、「あ、アンラッキーだな」と心の中で唱えた。月照寺に行くために「ぐるっと松江レイクライン」に乗った。とてもデザインがかわいいバスで、有名な観光名所などを繋いでくれる。乗り放題の一日乗車券と二日乗車券も販売され、観光には、非常に便利だ。

ぐるっと松江レイクライン・車内▲

雨の中、月照寺に到着した。青苔に覆われた石畳は、湿っていたからさらに緑に見えた。書院の受付の方が大変親切で、外国人割引をして頂いた。簡単な案内を受け、月照寺を探索した。本当に大きなお寺だった。山と壁に囲まれ、静寂で雨の音しか聞こえなく、現代社会と切り離されているようだった。雨のおかげで、フレッシュな草や木の香りが漂い、脳にニコチンの何倍もの快楽感をもたらしてくれた。木造のお寺、石畳、竹林、そして雨が降っている古刹。松江旅行ではなく、時間旅行している錯覚をえた。あちこち歩いて、徳川家康の子孫でもある松江藩初代から九代までの藩主のお墓を拝観し、いろいろ興味深かく、充実した時間を過ごした。第六代藩主の廟所には、なぜか巨大な石碑が置かれている。更に不思議なことに、その石碑の台座は、度を越しているほどの巨大な亀の石像である。日本民俗学者の小泉八雲が著した『知られざる日本の面影』には、この亀にまつわる伝説が書かれている。月照寺の池に暮らしていた亀は夜になると、大きくなって城下町で人を食い殺していた。住職は、藩主の功績が彫り込まれた石碑を建てることでこの亀の行いを封印したとされている。今もその池には亀が暮らしている。この石亀の大きさを見てると、なんとなく背筋が伸びた気がした。ルートに沿ってぐるっと回って、また最初の書院のところに戻った。受付の方に書院の中にも案内いただき、椅子まで用意して頂いた。抹茶とお菓子をいただいた。外の庭園を眺めながら、雨粒の演奏のもと、美味しい一服となった。

月照寺・人喰い大亀▲

月照寺・書院からみる庭園▲

月照寺・抹茶とお菓子▲

月照寺・友人▲

とうとう月照寺にグッドバイをする。受付の方と気軽な会話をして分かったことは、雨の月照寺が有名だとのこと。その日はラッキーだった。梅雨の頃になるとアジサイが咲く、夏だったら池の蓮が綺麗等々。また違う季節にここに来たいと決めた。
松江駅で電車を待つ。島根の旅は終わりを告げた。まだまだリストにある沢山の行きたい場所には行けずじまいだったが、行けた場所はすべて素晴らしい思い出をくれた。またまた来るから。さて、次は鳥取に!

  Q.Z. (Student Staff Leader)

音楽を作る醍醐味 ~自粛期間に新たな趣味を作ろう!~

はじめに

皆さんこんにちは!
学生スタッフのH.Hです。
このブログを書いている現在、日本は緊急事態宣言による外出自粛などの措置が取られ始めてから数週間が経っています。皆さん、体調を崩していませんか。
先の見えないCOVID-19の感染拡大。
運動やコミュニケーションの機会が減ることで気分が上がらず、いつもの調子が出ないと感じる方も少なくないのではないでしょうか。
そんな状況と上手く付き合っていくには、家で楽しめる新しい趣味にチャレンジしてみるのがいいかもしれません。
そこで、僕のお気に入りの趣味を皆さんに紹介したいと思います。

それは…作曲です!

ギター一本、もしくはパソコンやスマホさえあれば出来るので、外出できない現状にぴったりです。
作曲といっても、本格的な機材で録音をしたり、公開したりしているわけではないので、あしからず(笑)。
それでは、曲作りの魅力について迫っていきましょう!

きっかけ

はじめに申し上げると、僕はバンドを組んでいたり機材をたくさん持っていたりするわけではありません。
高校生のときに文化祭でB’z(日本の人気ロックユニット)のコピーバンドをすることになり、ベースを猛練習したことはあったのですが、その後は兄のギターをこっそり弾いて遊ぶ程度で、本格的に楽器にのめりこんだわけではありませんでした。
しかし、少しずつコードを覚えて好きな歌手の曲を弾いていると、だんだん自分の頭のなかに新しいメロディーが浮かんでくるようになりました。
ある時、自分の頭にぷかぷか浮かんでいるメロディーに合わせてコードを弾いていくと、曲らしくなりました。
そのとき、
「おお!なんかミュージシャンになった気分や~!」
と楽しくなり、大学生になってからもたまにギターを取り出しては弾いています。(笑)

次に音楽を作る2つの醍醐味について書いていきます。

①思い出を真空パックする

大学一年生も終わりに近付いたある冬の朝、僕は母からの電話で目を覚ましました。
「おじいちゃんが倒れて、余命一か月の宣告を受けた。」
目の前が真っ白になり、状況を上手く受け入れられないまま飛行機に飛び乗り、故郷へ帰りました。
病室の扉を開けると、最後に会ったときの元気な姿とはまるで別人のように生気を失い、ベッドに横たわる祖父がいました。
急いで駆け寄って声をかけても返事はなく、それからの数日はただ意識が回復するのを祈ることしかできないまま、祖父の傍で過ごしました。
真夜中、薄灯りの病室に響く心電図の音。その傍で祖母からたくさんの思い出話を聞いたのを覚えています。
それから何日か経った日の夜明け前、祖父は亡くなりました。
涙が枯れるほど泣いたのは、この日が最後だったと思います。

葬儀を終えた後、東京の部屋に帰ってきて、ギターを手に取りました。
まだ元気だった祖父と最後に会った夏の日のこと、薄暗い病室の寂しい風景、心にぽっかりと穴の空いた感覚。
そのどれも忘れてしまいたくなくて、夢中で一つの曲を作りました。
それから祖父母の家に帰省するたびに、祖父の使っていた古いギターをこっそり取り出して、誰もいない二階のベランダでその曲を歌います。
すると、楽しかった頃の思い出も、病室の哀しい風景も、まるで真空パックしていたみたいに鮮明に思い出されるのです。

皆さんも、受験の辛い時期に聴いていた曲、部活の大会のときに聴いていた曲などを久しぶりに聴いてみると、そのときの情景がブワッと目の前に広がるような感覚になったことがあるのではないでしょうか。
そのような、写真や日記では削ぎ落されてしまう生々しい感情や情景を、曲を作ることでいつまでも残すことができるのです。
楽器一つあれば、何十年経ってもそのときの記憶を呼び起こすことができる。
これは音楽の素晴らしい側面だと思います。
それが曲作りをおすすめする一つ目の理由です。
例えば、いま曲を作れば、
「新型コロナウイルスが大流行したあの春は、こんなことを感じていたなあ。」
と長い月日が経ってからも振り返る、いい思い出になるのではないでしょうか。

②自分を知る

僕は曲を作ってみるとき、2つの方法をとります。
一つ目は、何も考えずに感じるままに作ってみる。
二つ目は、意識的に誰か「っぽく」作ってみる。
です。
すると、だんだん自分では意識していなかった自分らしさが浮かび上がってきます。

前者の場合、
自分では意識しないうちに、自分の好きなミュージシャンっぽいフレーズやメロディーが出てきてしまうことがあります。

「このBメロ、テンポ落とすとめっちゃ○○っぽいな」
「気付かなかったけど、△△っぽく歌ってみるとめっちゃそれっぽいやん」

というような風にです。
面白いのは、「○○っぽい」けれど特定の曲を模倣しているわけではなく、探してみてもコレといった元ネタが見つからないことがあることです。どの曲に似ているわけではないけれど、「なんとなくあのミュージシャンっぽい」という風に色が滲み出てくるのです。
色んな音楽を聴くなかでも、どれが特に身体に染みこんでいるのかが少しずつ分かってくるようで面白いです。

後者の場合、
「○○っぽい曲を作ろう!」と始めます。
そして、そのミュージシャンのコード進行などを参考にしながら作っていくと、「それっぽく」はなるのですが、どうしても拭いきれない「自分っぽさ」が出てきます。
僕の場合は、昭和の歌謡曲やフォークソングに漂う哀愁、寂しさがどうしても出てしまうので、底抜けに明るい曲が作れません(笑)。
ここには幼い頃からの自分の性格や趣味がよく表れていると感じます。
皆さんも自分の性格や趣味から出てくる「自分らしさ」が曲を作ることで滲み出てくるかもしれません。

こそのように、これまで聴く(インプットする)一方だった音楽を、作る(アウトプットする)ことで、自分の知らない自分が見えてくるんです。
それが曲作りをおすすめする二つ目の理由です。

最後に

長くなってしまいましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
ギターやキーボードといった楽器を持っていなくても、例えばiPhoneさえあればGarage Bandというアプリ上で演奏ができますし、気軽に曲を作ってみてください。
外出自粛疲れの気分転換になると共に、後々まで残る思い出になったり、自分の知らない自分に気付くいいきっかけになるかもしれません。

それでは、また皆さんとラウンジでお会いできる日を心待ちにしています!
健康に気を付けてお過ごしください!

H.H.(Student Staff Leader学生スタッフ)

異文化理解のための日本神話 基礎Ⅰ

八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を

学生スタッフのR.T.です。今回は日本神話について語ろうと思います。このテーマに至ったのは、以前島根県を訪れた際、出雲大社はもちろんのこと訪れた各地で神話を大切にしているということを実感し、その内容に興味をもつようになったからです。また、異文化交流に身を置く立場上、この国のなりたちについてある程度、説明できるようになりたいと常々思っていたこともあります。

◆「日本」神話と古事記

参考となる書物は奈良時代成立の『古事記』と『日本書紀』、そして各地の『風土記』などがあります。日本書紀と風土記はともに漢文体=中国語で書かれ、前者は公式の歴史書、後者は地方から中央政府への報告書であるのに対し、古事記は土着のヤマトことばを文字化してまとめられた奇妙な書物。乙巳の変の折に『天皇紀』などの史書が焼失するも、内憂外患が重なり大化の改新を推進する中大兄皇子(天智天皇)は史書編纂に着手できませんでした。彼の死後、皇位をめぐって壬申の乱が起き、勝利した弟の大海人皇子が天武天皇として即位します。しかしこの内乱の結果、都は荒廃し、しかも天皇は兄の子を殺して即位したため、正統性にも危うさがありました。また朝鮮半島では新羅が統一を達成、膨張を続ける中国・唐王朝と軋轢が生じ始めるなど、倭国は東アジアの緊迫した国際状況下に置かれていました。ここで天武天皇は新たな国号として「日本」、君主号に「天皇」を採用し、それにふさわしい新たな国史の編纂を命じます。その後、元明天皇の治世に、稗田阿礼がその国史(原資料といえるもの)を誦習し、太安万侶が注釈・編集を加えることで古事記が成立しました。この歴史的経緯をみると、ある程度、古事記が作成された目的が推測できます。すなわち、新しい「日本」という国家が始動するために、旧来の秩序を否定し、天皇家の正統性を付与するための物語が必要とされたこと。大王と豪族の合議制であるヤマト王権の体制を再構築し、天皇中心の中央集権体制すなわち律令国家を確立していくうえで、その体制に適したふさわしい神話が必要とされたのだと考えられます。この恣意的なねらいをむしろ考慮しながら読み進めていくほうが、人間の感性では捉えにくい神々の世界の動きも、ある意味で理性的に考えられるようになると私は思います。

◆天地初発から天孫降臨、日本建国まで

古今東西、神話に求められる役割とは、世界や人類がいかにして現在の姿となったかを説明し、そのうえで今を生きる人間に道徳と行動規範を授けることにあります。日本神話も同様に、宇宙の成り立ちに始まり、神々の時代から天皇の時代までを一連の筋書きのなかで描きます。ざっくりとしたストーリーで分類すると以下の8つになります。

一章.天地初発…アメノミナカヌシ

二章.国生み…イザナキ・イザナミ

三章.世界の分治…アマテラス・スサノオ

四章.地上世界の王…オオクニヌシ

五章.国譲り…タケミカヅチ

六章.天孫降臨…ホノニニギ

七章.地上の支配…ヒコホホデミ

八章.初代天皇…カムヤマトイワレヒコ

原初世界には高天原という天上世界が存在し、そこにアメノミナカヌシという神が現れることで世界が動き始めます(一章)。天の神から混沌の下界を鎮めるよう命じられた男女神イザナキ・イザナミは、この国の大地や多くの神々を生みました。火の神を生んで死んだイザナミをイザナキは黄泉国まで追いかけますが仲違いし、生者と死者の世界が分離します(二章)。イザナキから生まれたアマテラスは高天原を、スサノオは海原を支配するよう命じられますが、スサノオがこれを拒否し大暴れしたことで高天原が乱れました。追放されたスサノオは出雲に降り、ヤマタノオロチを退治して英雄となりました(三章)。地上世界の葦原中津国にいたオオクニヌシは様々な難題を乗り越え、地上世界の支配を行います(四章)。アマテラスは孫のホノニニギに葦原中津国を支配させようと考えてタケミカヅチを派遣し、オオクニヌシは葦原中津国を天の神に譲ります(五章)。ホノニニギは日向の地に降臨し統治を始めますが、呪いを受け天皇家の寿命が縮んでしまいます(六章)。ヒコホホデミとウガヤフキアエズは日向の統治を行う場面で、神から人間としての身体性が付与されていきます(七章)。カムヤマトイワレヒコは日向から東征を始め、大和の地で神武天皇として即位し、日本が建国されます(八章)。話のクライマックスは六章の天孫降臨の場面で、各章は万世一系という天皇家の正統性を裏付けるための伏線として機能します。

◆天津神と国津神

神話の起源は無文字時代の民間伝承に遡ることができます。日本神話が成立する以前にも、我が国にはすでに口承での民間神話が存在し、それぞれの日常生活と深く関わり合いながら信仰されていました。民間神話に登場する神々については、実は、その正体は日本神話の神々と同一であることがしばしばあります。代表的な例を挙げると、四章の主人公・オオクニヌシがいます。民間神話のオオクニヌシはオオナムチと呼ばれ、スクナヒコナという神とともに国作りを司るとして各地で広く信仰されていました。オオクニヌシも国作りの神であることは共通しますが、あろうことか自らの国を天の神に引き渡すという不可解な行動をとっています。またスクナヒコナとともに行動することはなく、美穂の岬という場所で初めて出会います。なぜこのような乖離が生じるのでしょうか。これを理解するために必要な概念が、天津神と国津神の明確な区別です。天津神とはアマテラスやホノニニギのように天上界の高天原にいる・いた神で、国津神とはオオクニヌシのように地上世界の葦原中津国にもとからいた神のことです。アマテラスは天皇家の直系の祖先であるわけですから、地上世界はなんとしてでも天津神が治めなければなりません。すなわち、古事記の制作者はオオナムチとスクナヒコナを分離して民間神話の姿を払拭し、オオナムチの存在を無力化した上で、オオクニヌシという天津神に従順な国津神を創り出すことで、アマテラスの権威を高める物語を演出しようとしていると考えられます。オオナムチとスクナヒコナの二神は、文字時代以前の古い秩序の象徴であり、地上世界の支配権を握っていました。しかしオオクニヌシはというと、天津神に国を譲るために国作りをした天津神のための国津神という存在に落とし込まれたのです。一方のアマテラスはというと、民間神話では女神としてのアマテラスは存在していませんでした。正確にいえば、太陽祭祀で信仰されている太陽神の男神、その妻である巫女・ヒルメがアマテラスの原像です。日本神話では神を祭る巫女を祭られるべき太陽神へと変化させることで、王家だけが独占できる皇祖神を新たに創造したのだと考えられます。歴史的にみれば、ヤマト政権によって平定された地域の人々が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったとすればわかりやすいでしょうか。天皇家の正統性擁護という目的のもと、物語を論理的に組み立てるための装置が天津神と国津神であったわけです。古事記は従来の民間神話をただ収集し、再編纂したのではなく、古事記の文脈の中で神話が組み替えられ、それを説明するためのストーリーが神話世界を構築しています。新たに登場すべき神々にストーリーを与えてキャラクター付けを行うことが、日本神話の特徴であるのかと思います。

◆民間神話とのゆがみ

日本神話の神々にキャラクター付けを行うために、古事記は根拠となるストーリーを従来の民間神話に求めました。しかし、口承の時代、神々が執り行う超自然的な現象に対して淵源の解明を必要としないという事態が多々あったため、古事記の制作者は全く新しいストーリーを創り出すこととなりました。ここに無文字の音声を文字言語に変換するゆがみが発生します。「ない」ものを「ある」と定義し直すことは、想像以上に難しいものです。例を挙げて説明しましょう。

五章の国譲りの場面に、タケミナカタという国津神が登場します。高天原からタケミカヅチが国譲りの交渉にやって来た際、タケミナカタは父神オオクニヌシからその決定権を委ねられました。しかしタケミナカタはタケミカヅチとの力比べに敗北し、諏訪地方まで逃走し、天津神に国土を売り渡す結果に終わりました。このような経緯でタケミナカタは諏訪大社の祭神となるわけですが、力で平伏され逃げ帰った神というのはいささか現地でも評判がよくない。その上、諏訪の地ではミシャグジという別の神が既に信仰されていました。ミシャグジは人格神以前の原始的な精霊で、地中に棲む大蛇のかたちで現れる山・水の神です。日本神話ではいわゆるオロチと呼ばれる類のもので、神になりきれなかった化け物のことをさします。有名なスサノオによるヤマタノオロチ退治(三章)を考えてみると、オロチは人身御供を行う古い祭祀形態の象徴であり、古事記ではこれを打ち破り、新しい秩序をもたらす物語が当てられました。しかし諏訪の地ではオロチが退治されることなく、現在まで信仰され続けています。なぜミシャグジは退治されなかったのでしょうか。この場面では、諏訪の大神である「ミシャグジ」を日本神話の神「タケミナカタ」に置き換えるという前提のもと国譲りのストーリーが展開しています。朝廷側からみると、東国へ支配を広げる神話的根拠として諏訪の土着の神話に目を向けてみたところ、ミシャグジというよくわからない古い祭祀が信仰されていたことを知ります。ここでミシャグジが信仰されているという事実だけを借り、タケミナカタという人格神を登場させることで、話の進み具合をわかりやすくなるようにしたのです。諏訪側からみると、タケミナカタの退散でミシャグジが諏訪湖に封じられ、新たにタケミナカタへの祭りが始まったことになります。しかし、現地の人々にとってはミシャグジという名のほうに真実味があり、より生活に根付いたものであったため、ミシャグジ信仰がそのまま生き残ることとなりました。すなわち、ミシャグジを生かすためにタケミナカタの退散が行われたという理解ができます。このようにしてタケミナカタとミシャグジは同一でありながら共存するという、キリスト教の三位一体やヒンドゥー教の三神一体に通じるような難解なものとなったのです。

このようなゆがみは古事記の中で散見されます。二重の意味で読み解けるというのは一見、矛盾を生じさせるようですが、しかし古事記はそうなっていません。これは、そもそも、神にキャラクター性を付与するために物語を創り出しているからです。これを可能にさせたのは、古事記制作者たちの知的手腕によるものと言うことが出来るでしょう。

◆なぜ神話を学ぶのか

以上、日本神話の概論を語らせていただきました。本ブログのタイトルにある「異文化」とは、ヤマト政権においても様々な民族や文化があったことの意味合いで使用しました。日本が大和民族単一の民族国家だと思われている方もいるかも知れませんが、それこそ日本神話的考えであるのだと思います。孫子曰く、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。自らの国の成り立ちを知ってはじめて留学生のみなさんに日本の文化を紹介できるのだと痛感しています。逆に考えると、神話を知ることで世界中の様々な地域の人とのコミュニケーションにおおいに役立つのではないでしょうか。二章に登場するイザナキ・イザナミの最初の子・ヒルコと、ギリシャ神話の主神・ゼウスとヘラの最初の子で鍛冶を司るヘパーイストスは、忌子という興味深い共通点があります。また六章でホノニニギが受けた呪いはバナナ型と呼ばれる類型で、東南アジアで同様の題材をもつ神話が広くみられます。もはや人類学の分野になってしまいますが、神話の中に共通点があるということは、我々人間の心の在り方を示すものではないでしょうか。いつの日か、この知識が役立つ時がくれば幸いです。

R.T.(学生スタッフリーダー)

A Crocodile That Will Die in 100 Days

(Picture: The cherry blossoms at Toyama campus today. The last episode of the series involved cherry blossoms and a Hanami picnic, which we unfortunately cannot do this year because of the virus)

“Memento Mori” is a famous old Latin saying that means “Remember that you must die” in English. I love this phrase and have thought of it as a motto of sorts ever since I learnt about it in Bible class in my first year of high school. Despite the fact that I am non-religious myself, I used to go to a Christian school for 6 years before university, so we had classes on the Bible and Christian thought once a week with a pastor as our teacher. To be honest, I didn’t care much for those classes; as a non-religious person I found it at times quite hard to understand and accept the concepts of the religion as fact, but this one really stuck and left a lasting impression on me. In fact, “Memento Mori” is not an idea unique to Christianity, and similar concepts are also fundamental to other religions such as Buddhism and Islam, proving that the art of acknowledging our own mortality should be something really important to all of us.

Meanwhile, personally, the past year has been very hectic and busy for me, as I have been settling into new environments, and I started doing all kinds of things that I had never tried before. I have slowly started to get used to my new life now, but at the end of last year, I honestly had no room in my head or my heart to reflect upon my actions and my life as a whole, and this motto of mine had also gone to the very back of my mind. It was around this time when I found out about an online manga series about a crocodile that, and reading through it really reminded me about this mindset of “Memento Mori”, and why I had thought I wanted it to be my motto for life in the first place.

      100-Nichi-Go-ni -Shinu-Wani(100日後に死ぬワニ, A Crocodile That Will Die in 100 Days) is an online manga series, written and illustrated by illustrator Kikuchi Yuuki. Each episode is in the form of a 4-koma manga or 4-cell comic, which is a popular style especially in newspapers and magazines. On December 12,2019 Kikuchi abruptly began the series by posting his first episode, which had a very mundane plot, with absolutely nothing special happening at all: it featured a crocodile dressed a pair of trousers, simply sitting in front of the television and laughing out loud at it for 4 cells straight, blissfully unaware of his fate. Under the fourth cell, in black hand written letters, were the words 死まであと99日(99 days until death). Following this weird but attention-grabbing, a new episode was posted daily on the account in the same fashion. Each episode is a little excerpt from the daily life of this crocodile, such as him meeting up with his friends, working his shift at his part time job, riding on the train somewhere, and so on, with the reminder of the date of his death on the end. Quite soon after the very first episode was posted, the series blew up on the Japanese internet and became an overnight success. And it soon became a national cultural phenomenon, even becoming a worldwide number one trending topic on the last day. I discovered the series at the end of December when I was checking Instagram, and I got really intrigued while reading all the posts that I had missed. When you look at one individual episode, it doesn’t progress much story wise, nor does it have much of a morale or meaning. Still, as I started checking on the crocodile on a daily basis, it began to feel like I was getting to know him personally. As a typical Japanese person around the character’s age, I found his traits and his actions very relatable and familiar, and near the end, it felt like he was one of my old friends.

There are other manga series that depict the daily lives of characters in a similar manner, but this one feels really different from those because of one principle that it has, which is the inevitable fact that the crocodile is going to die on a fixed date. As I read along each day, with every little moment of joy in the croc’s life, I got this bittersweet feeling of realization that this would come to an end really soon. Each time the crocodile looked forward to something happening in the close future, we were given the hint that in fact he would not make it, that he would not live to see the release of a new product he wanted, or to go somewhere he wanted to go to. It was so heart-breaking to see this person who I had grown to like on every single day, with the knowledge that he was going die very soon, and there was nothing I could do to stop it (It might seem like an overstatement for a cartoon character, but seriously, you should go and ask the entire Japanese internet.) Again, I have read manga in the past that focuses on a main character’s death, but because there were no other-worldly fantastical settings or flawlessly beautiful characters, the rawness was on another level with this. This relatability was what made the series so special and popular: everything was so genuine and believable, and it felt like there was a direct connection to the story and our own lives today.

Like I mentioned in the beginning, because it felt so relatable and closely connected to my own reality, the series made me reflect upon my own actions, and made me wonder if I was actually living each day in a way that I would like to live my last. It also struck me that although it could be me who dies today, but it could also be someone that I love, and I realized that I should be treating everyone in a way that I wouldn’t regret if it became the last time to see them. I tend to forget the fact that our time is limited, especially when I get busy and have a lot on my mind, but I think having this mindset is very important, especially nowadays with the coronavirus situation going on. The worldwide spread of the virus and the paranoia that comes with it is revealing who we really are inside, and sadly I feel like we are becoming more and more hostile towards each other, rather than being kind and considerate. Nobody could have anticipated this back when the series started, but coincidentally, it seems to have come and ended when we all needed it the most.

The series and the crocodile came to its end on March 20th. I’m not going to spoil the ending for you, but I can say it certainly did not disappoint. The manga doesn’t use any elaborate or complicated big Japanese phrases, so it should be quite easy to understand even for beginners in the language. Also, you can currently find every episode online at the Twitter and Instagram accounts of Kikuchi Yuuki, as well as the internet media ねとらぼ, so I really recommend you give it a shot if you haven’t read it yet. 100 episodes may seem like a drag, but trust me, it will be a good read, and a great opportunity for you to stop and think about how you should live each day with the end in mind.

 

H.S. (Student Staff Leader)

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