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Road to鹿児島

こんにちは。ドイツから来た、秋学期からICC(異文化交流センター)で学生スタッフリーダーとして働いているP.B.です。今までの自分の人生の中で、一番自由を感じるのはどんな時でしたか?この質問に答えるのは難しく、今年の夏まで私もはっきり答えられませんでした。しかし、ある体験により、答えられるようになりました。どんな体験だと思いますか?

私は今年の夏にモーターバイクで九州の鹿児島まで走りました。これを読んで驚く人は少なくないと思います。「えっ、留学生で、しかもバイクまで乗っているの!?」という反応は良く聞きます。「危なくない?バイク買うのってすごいお金もかかるし、もったいなくない?なぜ買ったの?」。いい質問ですね。では、このブログで説明させてもらいましょう。

確かに、車とバイクはどちらでも交通手段ですが、私には区別があります。車は大きな荷物を輸送出来るし、何人も乗れるし、便利な物です。でも、私にとってバイクはその為の乗り物ではありません。バイクというのは、走りながら涼しい風、激しい雨、温かい太陽を感じ、自然と一緒になり、最高の自由を体験できるものです。車より軽く、より小さく、より速く、フリーダムの象徴ではないでしょうか。私はバイクを乗るとストレス、不安、迷いが全部消えて、静かで平和な気持ちになります。実際にバイクに乗ってみないとこの感覚は分からないと思うので、文章だけでこの気持ちをあまり伝えられませんが、その代わりに、八月にしたツーリングのことを具体的に書きたいと思います!その話を聞いたら、先ほど書いた気分を理解出来るようになるかもしれません。

では、京都から出発しましょう!私はもともと京都の大学生だったので、FTR223という愛車を京都に置いていました九州は遠くて、高速道路ばかり走るのは面白くないので、余裕をもって8月19日にスタートして二週間の日程にしました。最初の日は広島県友達が住んでいる町、福山市を目指して走り始めました。途中のファーストストップは姫路城でした!皆さんは日本のお城を見たことがあると思いますが、そういう人にとっても、姫路の真っ白なお城は大変印象的であり、特別に感じられると思います。チャンスがあれば是非見に行ってみてください。

姫路市から私は岡山県の南の海岸を走り始めました。天気は良くて本島の景色はもちろん、様々な四国を囲む島が見えました。福山市はツーリング中のハイライトになりました。福山市は一見すると、普通の町ですが、すぐ近くに素晴らしい牧歌的な自然があります。私が非常に好きになった理由は、海外の様々な島や晴れたら四国さえ見える景色があるからです。また、私のおすすめは友達に連れていってもらった鞆の浦です。小さな漁師村であり、鞆の浦では素敵なローカルの料理が食べられ、伝統的な家や建物を楽しめます。さらに、グリーンラインという山を上る道の途中では、美しい景色が見えます。バイクでグリーンラインを走ったら右側に何百メートルも下に海が見えながらも、左側には山がそびえていて最高の気持ちです。

8月だったから、夜に近くの田島で行き当たりばったりで花火大会がありました。花火を見に行った後で隣の横島でキャンピングしました。

福山市の短期滞在が終わったら、続いて広島県の広い野原、山の狭い道と密林を通り、ついに島根県の海岸に着きました。半日間近く走って非常に疲れましたが、当日は、なんと下関まで行くことができました!浜田市のコンビニで一休みしたおかげで、走り続けることができました。午後から夜遅くまで、山口県の海岸の側を走りました。止まる時間はあまりありませんでしたが、途中で萩市や、角島などの様々な印象的なところを楽しむことが出来ました。その日はツーリングの一番長い日だったかもしれませんが、ほぼ200キロメートル近い、限りない海の風景は素晴らしかったです。

次の日、私は早く起きて下関から北九州までの関門トンネルを通じて九州にたどりつきました!九州への到着を非常に楽しみしていたのに、福岡県の渋滞は思っていたより大変で、最初の日は期待外れでした。ですが、もうすぐ次のパーソナルハイライトに出会うことになります。それは長崎県、の南の方の部分です。

去年のゴールデンウィークに知り、そして好きになった茂木町という小さな長崎市の隣の漁師村に泊まりました。具体的には「ぶらぶら」という海の側のあるホステルに泊まりました。私は温泉ファンでもあり、露天風呂が好きなのは当然ですが、体が疲れるツーリングの後でお風呂に入ってゆっくり海を見ながらリラックスするのは、一層最高でした。回復した後、翌朝早くにぶらぶらから出発しました。ゴールは鹿児島なのですが、まずは反対方法に走り出して、長崎県の一番南のところを目指して樺島にある灯台に行きました。時間は6時、太陽はまだ完全に出てこなかったので、夏の涼しい空気を感じながら閑散とした道を走りました。世界はまだ起きていないというような感じで、そういう現実離れした遠隔のところを走っていると、頭のなかには、ひとつも考えもありませんでした。ただひたすらに次のコーナを見てバイクを運転しました。一瞬の中を全身で生きているという気持ちでした。今まで私は何千キロメートルも走しりましたが、この長崎にあった朝は決して忘れられません。

午後になったら雲仙へ帰ってフェリーに乗って下島と、ついに鹿児島県に着きました。いちき串木野というところで以前、福山市に滞在した時のように友達の家に泊まらせてもらいました。いちき串木野にも友達と素晴らしい二日間を過ごしましたが、このブログはツーリングブログなので、ロードに戻りましょう。鹿児島県から別府まで走った日に次の大きなハイライトがありました。それは阿蘇山です。別府までの途中にあり、もちろん、阿蘇山をバイクで上るつもりでしたが、阿蘇山の上に意外な素晴らしい発見をしました。阿蘇山を下ろうとして、道も見えないくらい草や植物が好き勝手に生えた半開の関門から始まった砂利道を見つけたのです。指定道ではないというのを分かっていましたが、「僕は車ではなく、オフロードもどこでも簡単に走れるバイクに乗っているよ」という気持ちがあったので、関門に入って怪しい砂利道を走り始めました。あの時にそう思ってあの道を選択して本当に良かったです。なぜかというと、この砂利道はどんどん変わって原になり、気が付くと火山の原野で目的もなく走ることができたからです。道路も車も誰もいなく、私のFTR223のエンジンの音のみが聞こえました。頭くらい高い草を通り、バイクの車輪に徐々に草や雑草が入ってきてもFTR223は止まりませんでした。半時間くらいぶらぶらした時、突然ヘリコプターが現れ、驚きましたが、結局ヘリコプターは通り過ぎていきました。どうやら普通のパトロールのようでした。ほっとして阿蘇山を下って日没の時に阿蘇の谷を出ました。大観峰 展望所で最後の阿蘇山の美しい風景を楽しんだ後で当日のゴール、別府へ走り続けました。まるで冒険のようでした。

別府と言えば、もちろん温泉に行くべきでしょう。夜に着いて別府の一番古い温泉に入りました。たったの100円で入れ、大変熱いお湯を楽しむことが出来ますが、安すぎて怪しいなぁと思ったら正解です。シャワーもなく、脱衣所もなく、たった一つの信じられないくらい熱いお風呂だけでした。少なくとも特別な経験と言えます。
さて、ツーリングの最後のハイライトの時になりました。別府からまた福山市を通って、京都と、最終的には東京に帰るつもりでしたが、同じ帰り道ではあまり面白くないので、九州から三度目のフェリーに乗って四国の愛媛県に行きました。このグーグルマップスのスクリーンショットを見てください。ここをご存知でしょうか。

それは愛媛県の一番西の部分です。約40キロメートルの長くて非常に狭い陸地のところです。このスクリーンショットを見ると想像出来るかもしれませんが、255号の道路を走ったら右側も、左側も、青海しか見えません。佐田岬灯台駐車場というところまでバイクで走りました。いい天気のお蔭で九州さえ見えました。

この陸地は極めて珍しくて、走ったら特別な、そこでしか出来ない経験だと思います。今まで日本で自分の目で見たことある場所の中で、最も驚くべきところでした。四国をもっと深く探りたかったのですが、日程の関係で、直接今治市に進んで、しまなみ海道で福山に帰りました。以上、実際のツーリングのエピソードはあと少し残っていますが、私の好きなハイライトを紹介しました。もちろん、もっとたくさんの素敵なところがありましたが、このブログは十分長くなってしまったと思います。興味のある方やもっとビジュアルを見たい方は是非、私が作ったモーターVLOGを見てください。

 

どうでしょうか。少しバイクに乗りたくなりましたか。言葉だけで、特に私の母語ではない日本語で、バイクの価値や走る感覚や気持ちを伝えるのは難しいですが、もしあなたが少しだけでも私のツーリングのようなアドベンチャーをしてみたくなったら嬉しいです。このブログを読んだ後で、私がなぜバイクを持っているか、ということを理解出来ましたか。

バイクについてネガティブなステレオタイプも多く、固定概念もあると思いますが、実際にバイクを乗っている人と話してみたら意外とびっくりするかもしれません。みんなにバイクについての個人的な意見があります。私が日本でもバイクに乗り始めるつもりはありませんでしたが、結局私にとってバイクは自分がいつもいる環境を出られるナイスな乗り物でした。いつもいる快適な環境に残ったら成長も出来なく、心身も不活発になると思います。バイクのお蔭で、一生に忘れられない体験をしました。

さて、もう一度聞きます、人生の自分が一番自由な時を覚えていますか。それはあなたにとってなんでしょうか。

P.B.(学生スタッフリーダー)

What Home Means to Me

Hi everyone, I’m S.Y., one of the student staff leaders (SSL) at the ICC. I am still a newbie at both the ICC and Waseda as I entered university this fall semester. Four months have passed ever since, it is unbelievable how fast time flies. I hope you all have had an amazing winter holiday.

Today, I would like to talk about what ‘home’ means to me. Before I get to the subject though, allow me to give you a little background of myself. I was born in Aichi, but is not where I spent my childhood. I have been moving every two to three years, following my dad who works as a trading officer. Now that I reflect back, it is beyond belief how I have attended 10 different schools, in 6 different cities. Despite the countless challenges I have faced growing up as so called a ‘third-cultured kid (TCK)’, there is nothing that can replace what I have encountered throughout the journey.

However, there are many questions TCKs have a difficult time answering, ‘what is your first language’, ‘where are your roots’, and ‘what culturally defines you’. The list can be endless. The most complicating, but is asked almost every time during an ice-breakers is – “Where is your home?” Conventionally, home is associated with a single geographical location, a place where you grew up, or a place where you form a strong sense of attachment to. It is a non-changing concept for most people. Having lived in so many different places, I have spent hours, days, and years trying to figure out where that place could be for me, but it took me nowhere.

I talk about this a lot with my friends who also grew up crisscrossing different cultures. I often hear them say, “If we can’t decide on a place to call home, the world can be our home”. However, such framing seems to be oversimplified. I personally believe that home provides all of us with a sense of belonging. Despite the major hardships we have in life, what keeps us driving is home that allows us to acknowledge that somewhere in this world, there is a place that accepts and welcomes us. We cannot gain that kind of security if we conclude by saying that the entire world is our home; the world itself is too big of a community.

That’s when I realized; to me home is a concept that is tightly connected with the people rather than a particular place. Looking back on the past eighteen years, the one and only reason I fell in love with all places I have lived, was because of the people who surrounded me with lots of love and kindness. When I first started attending an international school at an age of seven, all I knew how to say was “What is your name?” Now, I am here being able to call myself a bilingual. So I am thankful for all the teachers who assisted me in overcoming the language barrier, my friends who taught me that I was enough for who I am, and of course, my family who gave me unconditional love, especially during the difficult times. In short, home to me is being close to someone.

There are so many ways to define this beautiful word and I want to let you all know that no one is obliged to pinpoint an exact answer. I have always felt the need to clear the blurred line, but now I know that it is okay to hold on to my own construct. Every individual has their own journeys that are unique in their own way, and that’s what influences our understandings and values in life.

This winter break, I visited Shanghai where I graduated my high school. I was reunited with my family who still lives there, as well as my best friends who currently studies in America but also came back for the holidays. I may not be Chinese, and I may not have lived long enough in China to call it my home, but it was a great feeling to be back home.

S.Y. (Student Staff Leader)

ICC学生スタッフからサポーターの皆さんへのメッセージ(「2018年秋学期サポーター慰労会」より)

本日はお忙しい中、サポーター慰労会にご参加いただきありがとうございます。私はICCで学生スタッフをしている、文化構想学部4年の矢田部真帆と申します。今期は、Canadian Nightやぺらぺらクラブを担当しました。今日はICCを代表して、今期、様々な形でICCのサポーターとしてご尽力くださった皆様にごあいさつしたいと思います。

みなさんは、どのような理由・目的でICCのサポーターになってくださったのでしょうか。こちらからコンタクトをとった場合もあれば、自ら応募してくれた人もいるかと思います。私は、国際交流に興味があって、もっといろいろな人に関わりたいと思ってスタッフになりました。そのきっかけとなったのは、小学校5年生のときの出来事です。

私の通う、茨城県の小さな小学校にブラジルから転校してきた人がいました。私がもともと転勤族であったことから転校や引っ越しのさびしさはよくわかり、それが国を超えたらなおさらだろうと思って、常に隣をキープして、机の場所、お道具箱の使い方、給食の食べ方まで何でも教えていました。ちなみに、そのころ私は、海外の人はみんな英語を話すものだと思っていたので、単語レベルの英語で頑張っていました。彼には一ミリも伝わっていなかったと思います(笑)。ただ、「伝えたい気持ち」は伝わるもので、彼も警戒心がなくなり、私たちはとても親しくなりました。あるとき、廊下を歩いていると、彼がいきなりあいさつのハグをしてきました。当時小学校5年生というセンシティブなお年頃だった私は、本当にびっくりしてフリーズしてしまい、それからというもの、私は彼と関わることはなくなりました。その後、大きくなって知識が増えてくると、「もしかしてあれは文化の違いだったのでは?」と思うようになりました。そのとき、彼に申し訳なかったと思うと同時に、国や文化による違いに猛烈な興味をもち始めました。大学に入学してICCを見つけたとき、スタッフになったのはそういう理由からです。

ICCではこれまでの生活とは比べられないくらい、日本人を含めたくさんの学生に出会いました。そのたびに「この国の人はこう」という知識をアップデートしていくわけなのですが、それがだんだん当てはまらなくなっていきました。もやもやしていたあるとき、友達がふと、「恋愛とか旅行とか、食べ物の話をしたらどこの国の人もみんな同じだよね」とつぶやき、その一言に、私ははっとしました。それまで「違い」にばかり目がいっていた私にとって、人は「同じ」という発想は目から鱗でした。それからというもの、国籍や言語によって人をカテゴライズするのはやめました。みんな友達で、必要になったら配慮をすればいい。私は3年ほどICCに在籍し、こうして自分なりに納得した答えにたどり着くことができました。「異文化交流」には答えがありませんし、だからこそ面白い。私はICCを卒業しますが、これからも何等かの形で関わり続けたいと思っています。もし、皆さんもこのようにICCで何か得られたものがあればスタッフとしてそんなに嬉しいことはありませんし、「まだ足りない!」という人はぜひ、来学期もICCに参加してください(笑)。

勉強やサークル、就職活動などで忙しい中、ICCの活動に主体的に関わってくださり、本当にありがとうございました。

                          ICC学生スタッフ
矢田部真帆

How`s Your Diet Going?

   How’s Your Diet Going?

                                                 E.K. (Student Staff Leader)

“When you starve yourself, you feed your demons”, as this quote demonstrates, eating occupies a big proportion of our lives. These days, beauty starts in mirror. People believe that if they eat what they’ve always eaten, they will weigh what they’ve always weighed. So, they take extra steps to withstand the greed of eating foods. Eating disorder is a disease which is caused by this inappropriate thoughts and minds which come from stress related to foods. Anorexia and Bulimia are two main diseases which current people suffer from.

Bulimia and anorexia sound similar but share differences. Anorexia is a sickness which people get when they have a fear of weight gain and a distorted view of their body size and shape. According to a research of MHN (Mental Help Net), people who suffer from anorexia eat very little and can become dangerously underweight. Many teens with anorexia restrict themselves not to intake foods by diet or excessive exercise. When they eat foods, the small amount of food becomes an obsession in terms of ‘calorie’. In addition, others with anorexia start binge eating. After intake foods, they try to get rid of the calories by vomiting.

Bulimia is another type of eating disorder. People with bulimia eat a large amount of food at once. Sometimes, they eat food that is not cooked or still frozen. Some people even retrieve food from trash. According to a research people with bulimia typically feel powerless to stop eating and can only stop when they are too full to intake foods anymore. They also vomit foods to justify their over-eating. If people with anorexia and bulimia keep the eating disorder, they will not be able to have balanced lives both physically and mentally.

Eating Disorder Referral and Information Center mentioned that “Eating disorders profoundly impact an individual’s quality of life: self-image, relationships and physical well-being. The process of starvation can affect most organ systems. Physical signs will be occurred including low heart rate, lack of menstrual periods, and hypotension. Complication such as tearing the esophagus, rupturing stomach, and developing life-threatening irregularities of the heart rhythm may also result.

To cure the disorders, first step in eating disorder recovery is admitting that relentless pursuit of thinness is out of our control. Next step is talking to someone to get support and understand the problems. Final step is seeking professional help. The advice and support of trained eating disorder professionals can help to regain health and learn to eat normally again.

With those solutions, people with eating disorder will be able to obtain opportunities to stay healthy with normal eating routines. As eating is one of crucial aspects of our lives, all of us should have proper eating behaviors. We cannot deny that having slim body brings happiness. However, happiness always brings beauty and confidence breeds beauty as well. We should be confidential about our own and be our own kinds of beautiful.

 

Reference
“TOP RATED for Finding Help for Eating Disorders Such as Anorexia, Bulimia and Binge Eating Disorder.” EDReferral.com, www.edreferral.com/consequences.

 

ICC企画者レポート:「本場インドに日本のカレーを!~KUURAKU GROUPの試みと成功の秘密~」

M.W.(学生スタッフリーダー)

みなさん、こんにちは!

11月9日に開催しましたトークセッション、『本場インドに日本のカレーを!~KUURAKU GROUPの試みと成功の秘密~』の企画者です。このイベントは私がICCの学生スタッフになって初めて企画、実施したイベントなのでとても思い入れが深いイベントとなりました。イベントに参加された方も、参加できなかった方も、読んでいただけたら幸いです!

‐企画者としての自覚‐

まず、ICCイベントは通常90分の実施時間で行っています。その90分の裏には膨大な時間と考慮が必要であることを「企画者」を体験して初めて気づきました。90分という限られた時間で参加者の心に残る内容を考え、準備するのは容易なことではありませんでした。他のスタッフの意見や助けを借り、多くの人を自分の企画に巻き込む必要が出てきます。このようなことから、ゲストスピーカーの方も含め、他の人の時間を取るからには自分の企画に自信と責任を持たなければならないことを強く思いました。

‐企画の経緯‐

シンガポールで2年間生活していた私は海外での日本食ブームを肌で感じていました。私が住んでいた近くのショッピングモールでは日本食のレストランが非常に多く、日本食に困ることがなかったほどでした。また、さらに驚いたのは味の再現だけではないということです。「いらっしゃいませ!」と迎えてくれる店員や清潔感のあるお店の雰囲気など、日本式のおもてなしも再現されていることに気づきました。「日本食の海外進出」は奥が深いテーマではないかと思ったきっかけです。

本トークセッションでは日本食を最前線で海外に広めていらっしゃるKUURAKU GROUPの廣濱様をゲストにお招きしました。カレーの本場インドで日本のカレーを販売する事業に現場で携わっていらっしゃるご経験をお話しいただくことで、ただネットで記事を読んだだけでは知ることのできない、スピーカーの思いや企業の理念というものを感じることができ、本当に良かったです。ご講演の中では、現地インドで実際店舗の運営をされていく中で経験された興味深いエピソードを沢山伺うことができました。参加者の多くが熱心にお話を聞いていたのが印象に残っています。

‐最後に‐

私は企画者でありながら、企画から当日までこのイベントを楽しむことができました。その一番の理由は、私自身の本当に興味がある話題を取り上げ、実現できたからだと思います。当日はゲストスピーカーの廣濱様のご提案で参加者の皆様にインドで実際に出されている日本のカレーをご協賛いただき、参加者の方に味わっていただきました。企画から当日まで、本当に多くの方にご協力をいただけたことは本当に幸せなことだと思いました。ありがとうございました!

ICC企画者レポート:「職業は『国創り』 ~イラクと日本の架け橋を目指して~」

K.M. (Student Staff Leader)

みなさん、こんにちは。
先日、11月28日に開催した、ICCトークセッション「職業は『国創り』 ~イラクと日本の架け橋を目指して~」を企画した学生スタッフです。
イベントにお越しくださった皆様、ありがとうございました!

実はこのトークセッションは、私にとって昨年の秋にICCのSSL(学生スタッフリーダ―)になってから初めて企画に取り組んだイベントでした。他のイベントの企画・運営をする一方で、最初に企画した本イベントがなかなか開催できず、紆余曲折の10か月を経てやっと先日開催することができました。ここでは、簡単に本企画の背景や裏側をご紹介できればと思います。

イベント企画のきっかけ

私が国際協力分野に興味をもつきっかけとなったのは、小学校低学年時に JICA 主催の国際協力イベントに参加したことでした。日本の農業技術が地球環境を改善し、開発途上国の人々の暮らしを支えることができることを学び、幼いながらも感銘を受けたことを覚えています。その後、高校では3年間、開発途上国の農業に貢献するために土壌改良の研究にも打ち込んできました。
大学に入学後も国際協力に対する思いは冷めることなく、積極的にキャリアセミナーやワークショップの参加をしていました。そこで出会ったのが私の高校・大学の先輩であり、JICA職員である伊藤綱貴氏でした。身近な先輩が世界で活躍される姿を知り、憧れと尊敬の念を抱いたのはもちろんのことでしたが、それと同時に、より多くの学生に同様の体験ができる機会を提供したい、さらには、世界を舞台に活躍していこうという意識を持った学生に、国際協力の仕事には実際どのような活動があり、その活動を通じてどのような社会貢献が可能なのか、より深く考えるきっかけ作りを提供できればと強く思いました。そこで、今回のトークセッション「職業は『国創り』 ~イラクと日本の架け橋を目指して~」の企画に至ったのです。

紆余曲折の10か月

イベント開催までを振り返ってみると長い道のりでした。
通常ICCのイベント企画は、内部企画書・外部企画書を作成し、依頼・外部打ち合わせやメールのやりとりを行います。そしてイベント実施が決定したら、イベントPRのための広報文やポスターの作成の順に取り掛かります。
今でも外部打ち合わせで麹町にあるJICA本部で人事の方と会議室で緊張しながら名刺交換をしたことを覚えています。その際、人事の方からいただいた思いもよらない課題を試行錯誤して考えたこと、さらには、その後急遽ゲストのイラクへの長期赴任が決定し開催日程や内容の再検討の対応を行ったことは、振り返ってみればよい経験となりました。

特にポスター作成とトークセッションの内容構成には時間と力を注ぎました。ポスター作成では、周囲のスタッフの意見を聞き、フォントのサイズやスタイルからゲストプロフィール写真加工、全体の色合いやデザインまで幾度となく作り直し・修正を行いました。私自身、もともとこだわりが強い性格もあり、ここで、多くの時間を費やしてしまいました。

完成したポスター

内容構成面では、いかに参加者の興味を引き付けることができるか、気軽に意見交換をできる環境を設定できるかゲストと共に何度も検討しました。
内容だけは少しの妥協もしたくない。
そんな思いが私を突き動かしていました。時差を考慮しながらバグダッドと東京間での国際電話、一時帰国の際にはJICAの事務所で打ち合わせをしたり…
さらに、事前に自分の周りの学生に聞きたい内容や質問のアンケートをとり、トークセッション中どのタイミングでお菓子を出すか等、細部までこだわりました。

イベント当日には、匿名の「なんでも質問カード」を作成し、参加者とゲストができるだけ近い距離で双方のコミュニケーションをとれるような工夫をも行いました。

  トークセッションの様子

講演会当日は司会進行役を務めながら、一参加者としてもゲストのお話に聴き入りました。伊藤氏のお話は、企画者の私自身はもちろんのこと、来場の方々にとっても、非常に分かりやすく説得力があり、異文化交流やキャリアを考える上で参考になるお話で、大変学びの多い時間となりました。

講演のなかで心に深く刻まれた言葉があります。
「好きをためらうな、だって好きなんだもんを大切にしよう」。
学生生活の中では、レポートや就職活動など合理的に説明することが求められる場面も多く、時には自分の意志に反して説明を行わなければいけない場面もあります。ただ、単なる「好き」は個性となりそれが最終的には自分の強みになると思います。
学生であるからこそ自由な時間と環境を活かし自分の「好き」に打ち込む、一見見失いがちなことの重要性を再認識することができました。

  イベント終了後の様子
参加者がゲストを囲みグループトークが行われていた。

イベント終了後も10人以上の参加者が残り、ゲストとのグループトークが終わらなかったため場所を移し、急遽大学の近くのお店で懇談会も企画させていただきました。
その後も、懇談会参加メンバーの参加者とゲスト、企画者を含む10数人のライングループもつくられ今でも交流が続いています。

最後に

アンケート集計の結果からも参加者の満足度が非常に高いイベントとなり、自分の思いがカタチになったことは非常にうれしかったです。ただ効率や広報の面で課題があり、まだまだ改善の余地があります。自分の強みは積極的に発揮すると同時に、弱みや改善点は意識してコツコツと直す努力をする、そんな基本姿勢の大切さも再確認する機会となりました。今回の経験を活かし、ICCでのイベントの企画・運営を通じて皆さんが国際協力をより身近に感じ、自分なりの異文化理解への考えを深める機会をどんどん打ち出そうと思います!

イベントを通して、参加者の皆さんがどんなに些細なことでも、何か一つでも行動に移そうと思うようなモチベーションに繋がれば企画者として嬉しいです。

これからも、皆さんが自分の興味・関心に正直となり、世界観を広げるような異文化への「入口」となる体験を提供出来たらいいなと考えています。

それでは!

  左から企画者、ゲストの伊藤綱貴氏、当日の運営スタッフ

 

 

私の伝えたいモンゴル

新SSLのS.Rです。Sain baina uu! この挨拶、聞いたことはありますか?実は、日本と同じ東アジアに位置するモンゴル国の挨拶です。地理的にはとても近いですが、小学校の教科書に載っているスーホーの白い馬のイメージしかないという方が多いのではないでしょうか。このブログでは私が初めて行った外国である、モンゴル国について執筆しようと思います。写真もたくさん載せたため、モンゴルの爽快感を感じていただきたいです。

なぜモンゴルへ行く機会があったのかというと、モンゴルのドルノゴビ県(ドルノ=東、ゴビ=砂漠)と私の県が姉妹都市であり、高校生交流団が毎年双方から派遣されているためです。そして、モンゴルへ行こうと思ったきっかけは、日本から出てみたいという思いが強かったからです。

また、私のランゲージ&カルチャー・エクスチェンジのパートナーはモンゴル人留学生であり、交流の中でモンゴル語の勉強をしています。そのため、私に対してモンゴルのイメージを持つ人が周りには多いです。

モンゴルは飛行機で5時間程、時差は1時間、サマータイム中は時差なしということで繰り返し述べますが、非常に近い国です。また、モンゴルの中高生は日本語の勉強をしており、親日です。

 

以下、モンゴルのイメージを構成するものを私なりに挙げてみました。

 

写真1:ゲル

遊牧民の住であるゲルです。様々な形がありますが、モンゴルのものは横に幅が広く、平たいです。カザフスタンなどは縦に長いです。

この写真のゲルに2泊3日しました。1時間程で組み立てることができ、乾いた風が吹き込んで中はとても快適です。

日本にもゲルに泊まれる場所はいくつかあります。次のキャンプにゲルはどうでしょうか?

 

写真2,3:羊肉

モンゴル人の遊牧のメインは羊です。そのため、毎食羊肉が出されました。色々な料理がありますが、ここには例で2つあげました。2枚目は餃子のようなもので、中に羊肉が含まれています。羊肉に似たにおいをかぐと、いつもモンゴルでの思い出が蘇ってきます。

 

写真4,5,6:ナーダム(舞踊、ブフ、競馬)

ナーダムとは、毎年7月に行われるモンゴルの国民行事です。ブフ(格闘技でモンゴル相撲とも呼ばれる)・競馬・弓射が行われます。

写真4はブフ前の舞踊です。モンゴルの伝統衣装を身にまとい、遊牧民らしく馬の真似や戦いなど、力強い踊りを披露してくれました。

私は写真6の競馬がとても印象的でした。競馬に参加するのは子供のみであり、5~10歳くらいがメインです。モンゴルの子供は3、4歳から馬に乗り始めます。6歳以上のレースでは約30kmも走らなくてはなりません。モンゴルの子供たちはとても勇敢です。

 

写真7,8,9,10:大草原、砂漠1、砂漠2、星空

北側は見渡す限りの大草原です。そして、南側は一面の砂漠です。360度地平線に囲まれたのはモンゴルへ行った時が初めてでした。とても爽快です。三枚目は砂漠で遊んだ写真であり、とてもおしゃれなものが撮れました。私たちの泊まったエリアには街灯などは全くないため、上の写真のように満天の星空でした。この自然を体験するために、モンゴルへ行ってみるのもいいかもしれません。

 

写真とコメントは以上です。

この間、日本の企業がクリーンエネルギーのビジネスでモンゴルへ進出しているというニュースを目にしました。太陽光発電や風力発電など、モンゴルは日本にとって欠かせないパートナーとなっていくでしょう。

このブログを読んで、モンゴルに興味を持っていただけたら幸いです。

また、このブログを読んだモンゴル人学生がいたら、ぜひ声をかけてもらいたいです。

S.R(学生スタッフ)

A Message, From One English Speaker to Another, on Japanese

My Story

Before coming to Japan, most foreigners start learning Japanese beforehand. Japan is known to be a monolingual country with a small population that actually truly knows how to speak English (even worse, other languages). For a country that requires English as a language classes for years in their education, most would expect a bilingual population. However, that is absolutely not the case.

To make matters worse for me, I was not one of those foreigners who prepared beforehand. I did not take any Japanese classes. I did not listen to J-Pop or watch anime. I did not even try Duolingo or any of those basic Japanese language apps one can easily download on the phone.

Yet, I chose Waseda University.

Waseda University originally wasn’t my first choice, but the day I decided to visit Waseda University, and see it from beyond the Internet pictures and blogs, changed my college path drastically. When I entered the South Gates of Waseda, I was in complete awe. As I walked down the paved path, tall trees towered and welcomed me, then led me to the heart of Waseda campus. There, the Okuma Statue stood in all his glory, gazing at the Okuma Auditorium straight ahead, where the symbolic clock tower, the representation of the beginning of Waseda University, perched. From then on, I wanted nothing more than to be a Waseda University student.

As one can tell, Japan was a last-minute decision for me. Even though I had a summer to prepare, I did not bother to learn Japanese beforehand, thinking to myself that I was going to learn it anyway: why pay for additional Japanese classes? But when I came to my Japanese level 1 class and my first Japanese class ever, my teacher held a diagnostic test on katakana and hiragana. Needless to say, I knew nothing. I stared at the sheet of paper and asked myself, “What even is hiragana and katakana?” After, my teacher took and glanced at my blank piece of paper – by the look of her face, I knew she was not happy. She quickly announced at the front of the class “If you don’t know any hiragana and katakana, I highly recommend you drop this class and take level 0.” How much lower of a Japanese level could I get, I thought. “Next week’s class, the same hiragana and katakana test will be given to you to see if you can stay in this class or not,” my teacher added. Then, she dumped a thick package with all practice sheets on how to write and pronounce the hiragana and katakana. My heart dropped at the sight.

Figure 1: My First Japanese Class (Comprehensive Japanese Level 1)

That same day, I studied at the lobby of my dorm, trying my best with the first few characters. But nothing would stay in my head because I have never been exposed to learning characters, except maybe learning the alphabet when I was 2 years old, but obviously, I barely remembered that. I had no idea how to study for 46 characters – how to write and read them – in one week. I remember feeling the tears quickly build up, my heart sinking to my stomach, and the general feeling of being so stressed as I stared and counted the seemingly endless pages of the workbook. But I was more motivated than discouraged so, every day for hours, I practiced my ‘a, i, u, e, o… ka, ki, ku, ke, ko…”

And in just one week, I learned my hiragana and katakana.

Now, it has been a year since, and looking back at that instance, my Japanese has grown immensely: from knowing nothing to being able to read, speak, and write Japanese (including kanji) – not perfectly or fluently, but definitely better than Day 1. I will admit that my experiences with the Japanese language were definitely not easy. Learning in such an intensive pace brought so much pressure that some instances I would get so frustrated and cry. Plus, being unable to understand anything, such as being around friends who spoke to some extent, added to my frustrations. In fact, even now, I still get frustrated with learning Japanese.

Yet, throughout all the hardships, I would not take a single moment back because these experiences made me stronger and all-in-all benefitted me greatly. I can look back and be proud that I made it. I can remind myself while I face other obstacles that if I can make it through my first year in Japan, then I can make it through anything.

Ultimately, I don’t regret my decision of Japan. It was my decision to choose a completely unfamiliar environment and challenge myself immensely. I am glad I chose Japan and I am glad I chose Waseda University.

My Message

Honestly, learning Japanese is going to be one of the hardest and longest skills to achieve. This is not meant to discourage you because although it seems much for just one skill to be added to a resume, it is the journey that matters the most. I am still in the path to fluency and I can confidently say, in one year, learning Japanese has also changed me as a person, and for the better. I have learned:

  1. Patience – learning Japanese, or any language for a matter, will take time. It is completely okay to pace yourself so you don’t lose your love for the language.
  2. Hard Work – along with patience is hard work; you cannot learn without effort.
  3. Open-mindedness – learning a language is not just learning grammar, speaking, etc.; it is learning a country’s culture.

I have to commend any English speaker who exits their own comfort zone to learn a language like Japanese. You are learning a whole new way of writing, speaking: all in all, communicating. The grammar of Japanese and English are complete opposites. It is okay to admit you are having a hard times; not to admit defeat but to keep trying.

There is no other path but improvement. がんばれ!

Figure 2: After One Year in Japan

B.P (Student Staff Leader)

Hello, Hijab!

Last October, ICC held an event called “Hello, Hijab!” at Okuma Garden House. I was actually not the one who proposed this event. The one who did it was Ade, an Indonesian student of GSAPS. However, even though I was not the one who proposed this event to ICC, I have always wanted to introduce hijab to non-Muslims through fun and interactive event. For that reason, I was so happy when I got assigned as the SSL in charge of this event. This event means a lot to me not just because it is actually the first event that I organized in ICC, but also because through this event, I can fulfill my duty as a Muslim to introduce our religion’s custom.
The purpose of this event was not merely to introduce hijab, but to let the public, specifically students of Waseda University know that Islam is not a religion filled by pathetic extremist like what the media says, and hijab is not limited to black and white. As we all know, there were many attacks allegedly done by ISIS, a group of Islamic extremist. Along with that, there has been a lot of discrimination targeting Muslims all over the world. That is why I wanted to give Waseda students the opportunity to interact with Muslims from different countries and give other Muslims the opportunity to show that Islam is actually a really peaceful religion.

One of the hardest parts of organizing this event was gathering Muslim supporters. At first, we tried to recruit Waseda students through ICC’s mailing news. Little did we know that there are not that many Muslim women who are wearing hijab in Waseda. We received few replies from male Muslims who helped us spread the news about this event outside of Waseda to find supporters.

To make their task easier, I decided to create a poster for recruitment and asked them to put it in mosques and other places. It took some time and a lot of patience, but long story short, we managed to gather 13 supporters. Since most of our supporters are not from Waseda, it was difficult to hold a meeting where everyone could participate. Consequently, the meeting was held pretty late. But, thankfully, all of our lovely supporters were so enthusiastic and cooperative.

On the day of the event, I was pretty nervous. However, looking at my supportive teammates and cheerful supporters, I felt a bit relieved and grateful that I had the chance to do this event with these people. The event went pretty smoothly without any major problem. During the first session of the event, which was presentation about hijab, Ade-san introduced about hijab a little. Since the purpose of this event was not to give formal education about hijab, she tried to make it as enjoyable to listen to as possible so the participants could comprehend the content easily.

The next session was the tutorial session. During the tutorial and tryout session, the participants all seemed very enthusiastic. They walked around looking at different scarfs that was exhibited and picked their favorites to try on. The supporters were also very kind and friendly to the participants. They all patiently helped the participants to put on hijab while making conversations. Some people even took pictures with each other, filling the room with smiles and laughter.

After the tutorial, the next agenda was the fashion show. We had a lot of difficulties convincing people to join the fashion show because most people were too shy and they thought it would be like one of those fashion shows in fashion events. After failing a few times, 7 lovely girls were willing to be the model for the fashion show. Each of them wore clothes in different theme that show how do Muslim women mix and match their outfits. From the ICC, Kawaguchi-san, which is another person that was in charge of helping the event, and I also did the fashion show. When the models walked the mini runway, the participants seemed very interested; some of them even took pictures and videos.

The last session of the event was café time. During this session, we gave the participants and the supporters more time to interact with each other while drinking and eating snacks provided. We also received snacks for café time from a company called “Osama Rice Cracker” that kindly supported ICC’s event for the second time. Looking at these people who did not know each other interacting enthusiastically somehow made my heart felt warm and my chest was bursting with happiness.

N.M (Student Staff Leader)

Have a Glimpse of Thai in Tokyo

I was born and raised in Indonesia. However, ever since coming to Japan, instead of going to Indonesian restaurant, Thai restaurant is actually the place that I’ve visited the most and will keep on visiting.
When I was in Indonesia, the only Thai food that I know was Tom Yam Kung. For those of you who do not know, Tom Yam Kung is a spicy seafood soup. Please note that what I mean by spicy is like, really spicy, especially for people who is not used to spicy foods. Apart from Tom Yam Kung, I know nothing about Thai food. I was not even interested to try.
However, everything changed after I got close with a Thai girl. She shares the same hobby with me; eating. Whenever we’re bored, we’d open Instagram and watch food porn. Who else does the same thing? Don’t be ashamed and raise your hand high!
One day, we were too hungry and couldn’t stand watching videos of foods anymore. An impromptu visit to a nearby Thai restaurant was the result, which then became our favorite Thai restaurant and our go-to place whenever we miss each other.
The restaurant is called “Baitong”. This restaurant is not one of those famous restaurants that gets high ranking on TripAdvisor, Taberogu, etc. But, I can promise you this restaurant won’t let you down. The owner of the restaurant is a really nice and honest old lady from Thai who has been living in Japan for so many years.
This place opens from Monday to Saturday. I prefer to go to this place during dinner time because the restaurant offers more interesting Thai foods. However, during lunch time, they also offer set menus that are worth to try.

Since it is really hard to pick just one favorite menu from this place, I’ll share my top 7 picks.

  1. Pad Thai
    The first one is their Pad Thai;   a really famous Thai street food. It is a stir-fried rice noodle mixed with eggs, vegetables, and seafood. The Pad Thai in this place is out of this world. Even my Thai friend said that although she lived in Thai for so many years, the best Pad Thai she’d ever had was the one from Baitong. One extra tip: Add chili oil for more intense kick and thank me later!
  2. Tom Yam Kung
    What do you call a Thai restaurant without a delicious Tom Yam Kung?
    See why it is in one of my top picks? Just looking at it makes my mouth water. This is the best food to have for when the weather is cold or anytime you’re craving for spicy soup. This place serves their Tom Yam Kung in a little clay pot. Cute, isn’t it?
  3. Nua Rad Sauce Dang
    This dish tastes quite different from other Thai foods because it is neither spicy nor tangy. However, let me warn you; the sauce is addicting. Like, really. It is a red wine sauce that compliments the beef so well. The texture of the beef is also juicy and very easy to munch on.
  4. Som Tam (Green Papaya Salad)
    For those of you who are concerned with health and have little to no tolerance for oily foods, Som Tum is for you. It is a green papaya salad with a lot of flavor; tangy, spicy, salty, even a bit sweet if your tongue is sensitive enough to notice.
  5. Pla Rad Prick
    Don’t get fooled by the pics. This dish may look small, but it is actually big enough to feed two hungry people. It is a deep fried fish topped with sweet and sour sauce with a generous amount of pineapples! Sounds legit, right?
  6. Kanom Mo Gang   
    Baitong only serves few desserts and this one is my favorite. It is not something that you can easily find. It tastes like pumpkin cake. What is unique is they put fried onions on top of it. However, trust me, you won’t smell the onion. It just tastes all wonderful and sweet.
  7. Thai Milk Tea
    Last but not least: Thai milk tea!
    Fun fact: This drink is actually not in the menu, so try asking the owner for it and taste it yourself!

Here is the address of the restaurant if you’re interested:
【日本語】〒150-0002東京都渋谷区代々木3-39-15
【English】3-39-15 Yoyogi, Shibuya-ku, Tokyo-to 〒150-0002

Give it a try and join the addicted-to-Thai-foods club with me!

N.M (Student Staff Leader)

 

 

 

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