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O-Ku-Ri-Mo-No Holiday!

Salvete! SSL(Student Staff Leader)のR.T.です。最近入学したばかりと思っていたらもう12月で、SSLにも後輩ができていました。直近の感想としては、「ラテン語の文法が難しすぎる」。格変化と動詞の活用が多すぎて覚えきれないです…

さて、今回のブログのテーマは、「私がいま旅行したい場所」です!SSL随一の歴史オタク(自称)の私が、独断と偏見でいま行きたい都市や地域をランキング形式で発表しちゃいます!早速ランキングに参りましょう!

◆第5位 クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット(タイ王国)

第5位はタイの首都・クルンテープマハーナコーン、通称バンコクです!バンコクの建設は、現在まで続くラッタナーコーシン朝を創始したラーマ1世に始まったとされています。19世紀には周辺国のインドやビルマがイギリスの、カンボジアやベトナムがフランス植民地となっていったのに対し、ラーマ5世による近代化政策の努力や緩衝地帯としての地政学的価値からタイ王国は独立を保ち、その首都であるバンコクは発展していきました。東南アジア諸国連合(ASEAN)の設立にも中心的な役割を果たし、現在は東南アジア有数の都市といっても過言ではないでしょう。タイといえば黄金の仏像や仏教建築のイメージかもしれませんが、それだけではないのです。バンコクには伝統的な寺院や水上マーケットなどの施設のほかにも、近代的なビル群が立ち並び、鉄道駅やスワンナプーム国際空港等の交通の要となる巨大ターミナルがあり、多様性を垣間見ることができます。バンコク観光で私がオススメしたいのは、ラチャダー鉄道市場!旧鉄道軌線の上に数多くの屋台やレストラン、パブなどが集まり、その光景はとても神秘的です!

◆第4位 サマルカンド(ウズベキスタン共和国)

第4位はウズベキスタンの古都・サマルカンドです!サマルカンドはシルクロード交易路上にある重要なオアシス都市で、古くよりソグディアナ地方、あるいはマー・ワラー・アンナフルの中心地として文明が栄えていました。8世紀にはウマイヤ朝の征服、11世紀にはカラハン朝の征服を受けてイスラーム化・トゥルク化が進展。13世紀にはインドから黒海に至る交通路を独占したホラズム・シャー朝の首都となり繁栄していましたが、モンゴル帝国の侵略を受けて荒廃。その後はモンゴル帝国の西南部地域を制覇したティムール朝が支配し、同国の首都としてイラン・イスラーム文化が発展。現在も残る世界遺産建築物の多くは、このティムール朝期に建築されたものです。ビービー・ハーヌム・モスクやシャーヒ・ズィンダ廟群などのイスラーム建築の多くは青色基調で、その美しい空の青色と合わせてサマルカンドは「青の都」と形容されることもある、実に美しい都市なのです。私のオススメは、ずばりウルグ・ベク天文台!この天文台はティムール朝第4代君主で天文学者でもあるウルグ・ベクが建設し、現代のコンピュータが計算した太陽年と誤差が約2秒という、非常に正確な暦を計算したことで知られています。現在は一部の建物と博物館が残るだけですが、悠久の歴史と壮大な宇宙をともに味わえる、絶好のスポットです!

◆第3位 イスタンブール(トルコ共和国)

第3位はトルコ最大の都市・イスタンブールです!この街はまさに世界史の主役といっても過言ではないほどの存在感を誇る街で、古代ギリシャの植民都市・ビュザンティウムに始まる長い歴史があります。東ローマ帝国の都・コンスタンティノープルとして繁栄を極めるも、オスマン帝国のメフメト2世によって陥落。以降はオスマン帝国の都として、イスラーム世界の中心地のひとつとなっていきました。この街はアジアとヨーロッパをつなぐ地政学的権益から欧州列強の介入をたびたび受けることとなり、またオスマン帝国崩壊後のトルコ共和国は首都をアンカラへ移しました。しかし依然としてイスタンブールは同国最大の都市として栄えており、世界最大規模のハブ空港であるイスタンブール空港には、トプカプ宮殿やアヤ・ソフィアなどの歴史的遺産を求めて世界中から観光客が集まっています。そのなかでも私がオススメしたいのは、ずばりボスフォラス海峡クルーズ!ヨーロッパとアジアを隔てる海峡を眺めながら、サバサンドとトルココーヒーで一服しましょう!米ドルやユーロに比べてトルコリラは安く、学生のお財布にもやさしいです!

◆第2位 シンクヴェトリル国立公園(アイスランド共和国)

第2位はアイスランドにある世界遺産、シンクヴェトリル国立公園です!アイスランドは北大西洋にある島国で、歴史はヴァイキングによる植民活動から始まります。長らくノルウェーやデンマークの植民地でしたが、1944年に独立。また古ノルド語で書かれた民俗叙事詩『サガ』が地理的要因から良好な状態で保存されるなど、独特な文化を形成してきました。アイスランドといえばやはりその広大な自然が有名で、シンクヴェトリルはその代表例でしょう。シンクヴェトリル付近は大西洋中央海嶺の地上露出部分となっており、ユーラシアプレートが東に、北米プレートが西に広がっている光景を眺めることができます。各地にギャオ(アイスランド語: gjá)と呼ばれる大地の裂け目が見られ、独特な岩肌や氷河、雪解け水が溜まった湖など、壮大な自然に圧倒されることでしょう。それだけではなく、この地はアイスランドの歴史に深くかかわる場でもあります。930年、植民者たちによってこの地で「アルシング」と称される民主的な全島集会が開催されました。これは単に植民活動の完了を意味するだけではなく、欧州最古の民主的議会の開催として、アイスランドの歴史的方向性を決定するものでした。この人類史のロマンが私の胸に深く突き刺さり、私は死ぬときはこの場所がいいと思っています。みなさんも、この美しい国をぜひ五感で楽しんでください!

◆番外編 碓氷峠(群馬県・長野県)

第1位発表の前に、いま私が一番気になる国内のスポットをピックアップ!その場所とは、群馬県横川と長野県軽井沢を結ぶ難所、碓氷峠です!その特徴はなんといってもその急峻な地形で、長野県側の軽井沢は標高939mと峠 (960m) との標高差がほとんどないのに対し、群馬県側の麓・横川の標高387mと極端な片勾配となっています。そのため、一般的な山脈をトンネルで抜けることで峠越えの高低差を解消できる両勾配を持つ峠と異なり、通行には近代に至るまで多くの困難を抱えてきました。最大66.7‰、水平方向に1000m進んだ時に66.7mの高低差がある状態、といえばその急峻さが伝わると思います。この急勾配を解消するためにアプト式を導入した「横軽」の歴史はここに書ききれないほど興味深いものです。また、碓氷峠にまつわる駅弁で有名なのはいわゆる「峠の釜めし」で、碓氷峠通過に際し補助機関車の連結が必要なために長時間停車するという条件下から流行しました。北陸新幹線操業に伴い信越本線横川 – 軽井沢間は廃止されましたが、現在では北陸新幹線内や麓のドライブインなどでも販売されており、その気分を追体験することができます!

◆第1位 グリーンランド(デンマーク王国)

第1位はヨーロッパ最果ての大地、グリーンランドです!グリーンランドといえばメルカトル図法でやたらと大きく見える寒い島、というイメージでしかあまり知られていないかもしれません。しかし、この島は実に魅力あふれる土地なのです!この島はアイスランドと同じくヴァイキングによる植民活動からデンマーク=ノルウェーの支配を受けることとなりましたが、カラーリット(イヌイット)という先住民たちがいました。キリスト教の影響をふんだんに受けた北欧文化が政治的にも強い影響を及ぼしていた一方で、カラーリットたちは現在に至るまで独自の文化を保持し続けています。また2018年、氷河の大地とフィヨルドの海の間で4,000年前から狩猟生活を営むカラーリット文化が残るイルリサット・アイスフィヨルドはUNESCOの世界遺産に登録され、まさに今注目を集めています。グリーンランドといえば、かのタイタニック号を沈没させた氷河のように氷の大地が広がっていると、私は思っていました。もちろん北極圏には大陸氷河が広がっていますが、しかしその名の通り「緑」が生い茂る場所もあります。夏には平均気温が10度近くまで上がってトナカイやホッキョクウサギなどの哺乳類が顔を見せ、家畜たちは牧草地を駆けます。フィヨルドの間を船で廻って、しばし上陸しその広大な自然に身をまかせる… これが今の私の夢です!

◆最後に

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!長々と私の所感を述べさせていただいたのですが、いかがだったでしょうか。これを読んでくださったかたが、少しでもこれらの地域に興味をもっていただければ幸いです!

R.T.(学生スタッフリーダー)

How Mega Cities Survive from Natural Disasters ~A Visit to Underground Discharge Channel~

This year in October, there was a huge typhoon hit the whole Kanto Area. When I went to the grocery shop to purchase food and other necessities, the shelves for all kinds of bottle water and bread were empty. Through the fear of residences in Tokyo, I realized that even big cities could be vulnerable encountering natural disasters. Luckily, most of the areas of Tokyo survived in this typhoon and the heavy rains following. But it raises the question, how mega cities like Tokyo deal with these kinds of crisis?

I happened to learn the theory about public goods and infrastructure construction in my Development class. As an example of a successful infrastructure project that protects public security, our professor reserved a tour of the Metropolitan Outer Area Underground Discharge Channel, 首都圏外郭放水路 in Japanese, in Saitama Prefecture. I have heard this place since couple of years ago. It is famous not only because it protected the capital of Japan and other areas around for lots of times from heavy rains, but also because it was the stage of lots of movies and TV shows.

Metropolitan Outer Area Underground Discharge Channel in Saitama Prefecture is a huge infrastructure project taking over a decade to complete totally. It consists of 5 water tanks in different sizes and a pressure adjusting channel, which is the only part open to the public. The length of this project is 6.3 km and it is completely underground. Compared with other cities in Saitama, according to the manager of this infrastructure operation team, the altitude of Kasukabe city is relatively low which made it often a stricken area of flood and typhoon. To protect the city and Tokyo as well, this project was launched in Kasukabe. Thanks to this infrastructure project, the city of Kasukabe could develop its local industry. Warehouses and factories were built and the local economy became more active than before.

During the heavy rain, this discharge channel gathers the water from the small rivers around this area and near Tokyo, stores it and after the water goes over a certain level inside the channel, it will be pumped into Edo River which is a big river in Tokyo with well-built embankment along it. The place I visited was the office building of the control room and other daily operation located above the pressure-adjusting channel. It has a very lovely nickname  “龍Q館”. It was chosen from hundreds of ideas raised by the public. In the ancient legend, dragon is the animal in charge of rain, lightening and thunders. Q also has a similar pronunciation with the Dragon Palace, the ball dragons always take with, forever in Japanese and AQUA in English as well. The name of 龍Q館 shows the capability of this infrastructure project to control the damage of water disasters and protect the public security.

This field trip gave me an opportunity to see something invisible in daily life but very important to the stability to our city. It was breathtaking to image the scene when huge amounts of water floating through these huge water tanks and channels. Lots of us took the stable life in big cities for granted, but the truth is that lots of people are making efforts behind the scene. To launch such a huge infrastructure, money is not the only inevitable element, the wisdom of architects and engineers, efforts of the residents, and other compromises are also needed to ensure the success of the project. It also builds an example of how infrastructure construction is related to the development of the whole area. I think when we enjoy the happiness of the life in a big city, we should always remember the people who support it in the back and thank for their efforts to make our life better.

T.L (Student Staff Leader)

オリボーレン!

こんにちは!

12月に入ってから急に一段と寒くなってきて、冬を感じるようになってきましたね!!

寒さが続くと、何がしたくなるってやっぱり温かいものが食べたくなりますよね。私は小さい頃から食べている時が一番幸せ、というタイプの人間なので、なおさらそうなんです。家だったら鍋やおでん、コンビニなら肉まん、ピザまん、焼き芋…あと、馬場下町の交差点の鯛焼き屋さんにも最近急に行きたくなることが多くて、よく鯛焼きを衝動買いしてます。どうせ厚着していて体型が目立たない今、いっぱい食べなくていつ食べる??という感じですね。まだ銀杏の黄葉が見られるので、まだギリギリ食欲の秋、好きなだけ食べても大丈夫というルールにしておきたいと思います。やったね!

そんな感じで、この時期になると食べたくなるものは色々あるわけですが、私が最近急に思い出してしまって恋しくなっている食べものがひとつあります。

オリボーレン(Oliebollen)というお菓子を知っていますか?オリボーレンは私の大好きな国オランダのお菓子で、ちょうどこの寒い時期によく食べられている食べ物の一つです。(※調べてみたところ、正式名称はOliebolで、Oliebollenは複数形だそうです。でも私が昔から慣れている名前はオリボーレンなので、勝手ながらここではオリボーレンと呼んでいきたいと思います。)

Oliebollenは「油の玉」という意味で、小麦ベースの生地を油で揚げたドーナツのようなお菓子です。大人の拳骨大の生地の中には、レーズンを中心とするドライフルーツがたくさん織り込まれていて、外側に粉砂糖がたっぷりまぶしてあります。見かけのイメージとしては、沖縄の郷土料理のサーターアンダギーに粉砂糖がかかっているような感じでしょうか。オリボーレンはもともと大晦日を祝うためのものだったようですが、寒くなってくると屋台やキッチンカーが道端で揚げたてを売るようになるので、ストリートフードとして楽しむことができます。一口齧ると、じゅわっと口の中でレーズンの酸味と砂糖の甘味、体に悪いかもしれないけどおいしい油っぽさが広がって、ほんとうに幸せな気持ちになれます。オランダの冬は極寒なので、そんな中フーフー言いながらアツアツのオリボーレンを食べる感覚はまさに至福で、月並みの表現ですが、どんな高級料理も叶わない味わいがあるんです。

しかし大変残念なことに、私が最後にこのオリボーレンを食べたのは10年以上前のことなんです。私は1歳から5歳までの間オランダに住んでいたので、その間本当によく食べていたのがこのオリボーレンなんですが、その引越しを最後に、残念ながら冬にオランダ旅行をする機会がなくて、ずっと食べられていないんです。というよりそもそも、いたのが小さいころなので、細かいことはほとんど全部忘れてしまっているんですが、その中で唯一今でもはっきり覚えているのが、オランダで食べた食べ物の味なんです!私が個人的に食べ物好きだからかもしれませんが、ほかのことは忘れてしまったのに、食べ物に関しては、どんな時に食べたか、誰がくれたか、どこで食べたかまで付随してはっきり記憶に残っています。このオリボーレンはもちろん、甘じょっぱいオランダ風のパンケーキ(Pannekoek)、ミニサイズの粉砂糖で食べるパンケーキ(Poffertjes)、どろどろしたエンドウ豆のエルテンスープ(Erwtensoep)…。まだまだあります。あげたら本当にキリがありません。オランダのグルメはチーズだけではなくて、実は奥が深いんです。

私は11月に学生スタッフになったばっかりで、まだまだICC初心者ですが、この短い間にいくつかのイベントに関わらせてもらって、さまざまな切り口から自分の知らない文化を発見できる、とっても素敵な場所だなと日々思わされています。私の大好きな食べ物に関わるイベントもたくさんあって、日本にいながら世界の食べ物を食べられるのが、私としてはとても嬉しいお得ポイントです(笑)。ちなみに、私もいつか、オランダのおいしい食文化を紹介できるようなイベントをやらせてもらいたいと、こっそり思っています。もし実現したら、是非来てくださいね。

長文になりましたが、お付き合いくださりありがとうございました!これからもよろしくお願いします!

H.S. (学生スタッフリーダー)

 

 

Miss you so much, Korean Food!

Hello everyone. This is the new ICC Student Staff Leader H.S.. Studying abroad in Japan for the first time in my life, the thing I missed for the most is not my family, nor my friends, or even my home (sorry to you all), but Korean food. When I was living in Korea for about 17 years, I had never knew that I would loved Korean food this much. There are Korean restaurants in Japan obviously, but I realized that the Korean food here is not the original taste. These days, I always dream of eating Korean food and I have started to watch Mukbang (videos eating Korean food), which I never watched when I was in Korea, because now I have reached to the level that I can feel full even just watching the Youtubers eating happily. In this article, I am going to introduce four Korean foods that I love the most.

Pork & Kimchi Jjim

First of all, the thing that I want to eat the most is Pork & Kimchi Jjim. Actually, I have never tried this before when I lived in Korea, but since it became popular among the Mukbang stars, I really want to try this delicious food. This one is a very simple dish because it’s just braising pork and kimchi, all in one dish. After watching the Mukbangs, I guess the taste is imaginable even for the ones who have ever tried pork and kimchi before. (My mom promised me to cook it when I return to Korea during the vacation. So excited!)

Makchang

I was born and lived in Daegu for the most of my life. Daegu is located in the southern part of Korea, above Busan. If you ask Koreans what is the food that first comes to their mind when they think of Daegu, definitely 7 out of 10 will say that it is Makchang which is the food symbol of Daegu. As Makchang refers to pork or beef entrails, there are many people who can’t eat Makchang. However, the people of Daegu especially love it because it was first made in Daegu. There was a really delicious Makchang restaurant in my town, but the restaurant moved to another town and it became very hard to eat Makchang there. However, I have found a new great Makchang restaurant recently, so I can’t wait to try it there!

Gukbab

During cold days like these days, when you want to have a hangover soup(Haejang-guk) after drinking, or when you do not want to eat anything, the food that Koreans probably think of the most is Gukbab. Gukbab is a word that combined Guk and Bab, which refers to soup and rice in Korean. Simply, Gukbab is the food that we can eat rice with a certain soup. There are so many types of Gukbab so I will introduce you some of the bests that I love: Dwaeji(Pork) Gukbab, Sundae(Pork intestines) Gukbab, and Kongnamul(bean sprouts) Gukbab. Dwaeji Gukbab and Sundae Gukbab are the most common ones, while Kongnamul Gukbab is especially famous as a hangover soup. Gukbab tastes are really different in every restaurant, but I get used to the taste of gukbab of the restaurant right in front of my house, that one is the most delicious to me. I will definitely eat one of those Gukbab I have mentioned above, since there is no food better than this in winter.

Korean Chicken

As Korea is famous for its fast delivery service and late-night operation of stores, Koreans love eating Yasik(Late-night food). Among those Yasik, the most favorite one is definitely Korean Chicken (both fried and ovened). Korean Chicken is famouse not only in Korea but also in the world for its various flavors and types. Korean Chicken has a lot of brands and many different popular menues from those brands. Currently, Bburinkle from BHC, Red Combo and Honey Combo from Kyochon Chicken, and Golden Olives from BBQ are the most popular ones recently. Interestingly, many of the major chicken franchises, such as Hosigi Double Chicken, Tang Tang Chicken, and Mexicana Chicken, had started from my hometown, Daegu. I strongly recommend to visit the Daegu Chimac (Chicken&Beer) Festival which is held every summer in Duryu Park, Daegu.

Good news!!! I’m going back to Korea during this winter break! I would love to eat at least five meals a day just to eat all of the foods that I have missed while staying here. I will gain a lot of weight if I eat them all, but it is okay if I am happy. Thank you for reading it all and please visit Korea and try these amazing foods!

H.S. (Student Staff Leader)

Beginning my journey again with ICC

2018 September, excited with my Waseda half-year exchange offer, I flew 11 hours from Canada to Japan. It was really like a dream come true for me as I have always wanted to study in Japan. However, not until I really got on the Yamanote-sen have I realized I am really in Japan. People were speaking really fast and I really didn’t understand the Keigo(Honorific) part of the announcement. “I wish I could turn on subtitles like I always do when I am watching Terrace House” was what I had in mind. Maybe it was the jetlag and the whole new environment, I felt a little lightheaded and nervous.

ICC was a whole new definition for me when I heard it on the orientation day. It seems like another student circle but you don’t need a membership to attend. There are various international events with different organizations and institutions that cater to all interests. I soon filled my schedule with all sorts of ICC events and was dragging a couple international friends along with me. In the beginning, it was really nerve wrecking as I was really unconfident with my Japanese. Feeling a bit awkward and not knowing what to do, I attended my first Japanese Chat Club event. Even though I couldn’t come up with proper sentences and ended up just piecing Japanese vocabularies together, I got to make a lot of friends whom I am still close with. ICC really made Japanese less intimidating and gave me a sense of belonging.

From attending chat club events, elementary school visits, cultural night events, to sports events, I met people from all around the world. These all gave me the opportunity to get to know the local Japanese culture and myself better. Other than all the evens, it is absolutely normal for someone to just drop by the ICC lounge and talk. With the friendly space, I never have to worry about where to chill or meetup with my friends. If it hadn’t been for ICC, my exchange life wouldn’t have been that colorful. I wouldn’t miss Japan that much and come back to Japan if I didn’t get “lured” by the amazing ICC staff (not saying that because I am one of them now XD).

Half a year really passed by like a blink. It was too difficult to say goodbye to this lovely country, city, campus, and most importantly, the people. Having that in mind, I decided to apply back to Waseda for Graduate program which was the only program I applied. And…now I am back! Back to this familiar place for another two year to research on labor issues. Everything seems the same but also surprisingly different in just a year. I was fortunate enough to know the opportunity of becoming one of the supporters and lucky enough to have the opportunity to join ICC team.

I still remember the conversation I had in ICC lounge with a few of my friends-every one of us is just like a playlist. We have different styles, different tones, and different stories to share. Knowing people from other cultural backgrounds really give you a new perspective of the world and whole new playlist to listen to. ICC, to us, was just like Spotify, where we can share our stories freely. It is up to you to have your own definition and make the most out of your university life. I am not saying all these because I am part of the team now; it is because I really created special memories in ICC. As a supporter now, I truly hope I can share this with each one of you. Look forward to seeing you here at ICC .

Pic: 2019/1/1 Sunrise @ Yokohama

C. Y. (Student Staff Leader)

なんとなく大学生に伝えたい、『夢中になっていること』『将来やりたいこと』の見つけ方!

突然ですが、「夢中になっていること」や「将来やりたいこと」ってありますか?

大学生活を夢中で何かに打ち込んでいたり、将来のやりたいことに向けて必死に努力をしている人って魅力的に見えたりしませんか?一方で、やりたいことや目標がなく、なんとなく大学に行き、なんとなくアルバイトをし、なんとなく遊んでの繰り返しにモヤモヤを感じている人も少なくないのでは?

私も入学してからしばらくは”なんとなく”大学生の1人でした。一方で、周りには物々交換でヨーロッパ一周に挑戦している友人や、日本全体をテーマパークにするという壮大な夢を掲げて会社経営をしている先輩など、何かに打ち込んでいたり、自分の夢を熱く語っている人がたくさんいて、それをうらやましく思うことが何度もありました。

現在はICCの学生スタッフリーダー(Student Staff Leader)としてコミュニティ作りに夢中になっており、将来はこの経験を活かして自分の店舗を運営しつつ、社会起業家として教育問題の解決に取り組んでいきたいと思っています。このように夢中になっていることや将来の目標を持っている今、以前に比べて充実した大学生活を送れており、生き生きとしているのが分かります。だからこそ、それが見つからなくてモヤモヤしている人にはぜひ見つけて欲しいと強く思います。

では、どうすれば”将来やりたいこと”や”夢中になること”は見つかるのか?

答えはとてもシンプル。”とにかくやってみる”ことです。

どんな小さなことでも、どんなにくだらないことでも、興味があることを実際に”やってみて”ください。「あそこのタピオカ飲んでみたい」「お台場のチームラボおもしろそう」「恋人のために手料理を作ってみたい」「大学生の内に初の海外旅行に行けたらいいなぁ」などなど、本当になんでもいいんです。

もしかしたら、タピオカを買いに行ったらちょうどスタッフを募集していて、軽い気持ちで働き始めてみたら大学4年間をタピオカ販売に捧げるほど楽しくてやりがいがあるもので、将来は自分の店舗を持ちたいと思うようになるかもしれません。もしかしたら、海外に行ったら、憧れだった海外生活は想像していたものとは違っていて、「やっぱり海外ではなくて日本にいたい!」と思うかもしれません。

このように、実際に”やってみる”と、当たり前かもしれませんが何かが分かったり何かが起こったりします。

実際にやってみた結果、想像していたよりもずっと楽しいかもしれないし、お金の無駄だったと思うほどつまらないものかもしれません。あなたの人生を180度ひっくり返すような衝撃的な体験になるかもしれないし、なんてことない暇つぶしの1つにしかならないかもしれません。

重要なのは、実際に”やってみる”までは、それがどんな結果になるのかなんて到底わからないし、そうして実際に”やってみた”ことが、「夢中になっていること」や「将来やりたいこと」に繋がるかもしれないということです。

私自身、留学生の友達作りがしたくて参加したICCのイベントで出会った留学生に、「社会起業家」なる職業を教えてもらい、それがきっかけで「社会起業家として教育問題の解決に取り組む」という今後の目標を見つけることができたのです。また、大学の近くで働きたくて始めた長期インターンでカフェの運営をすることになり、結果的に自分の店舗を持ちたいと思うくらいどっぷりと店舗運営にハマったこともあります。

一方で、”実際にやってみた”はいいものの、ネガティブな結果(つまらない、やりがいを感じられない)に終わることもありえます。漠然と海外で仕事をして暮らすことの憧れから、高校生の時にたったの2週間ですがアメリカでホームステイを経験したことがあります。実際にとても楽しく充実した2週間を送れたものの、海外に行くのは出張や旅行などで充分だと感じたのです。それでも、自分の中にある選択肢を1つ消すことができたと考えてみてください。消去法であったとしても、あなたの”やりたいこと”探しは着実に進んでいるのではないでしょうか。

やっぱり、実際に”やってみる”までは、それがどうなるかなんて分からないんです。

だからこそ、まず”やってみて”ください。

 

さて、この記事を読まれている方の多くは、ICCや異文化交流に興味を持っているはずです。しかしながら、「語学力に自信がない」「一人で行くのは気が引ける」といった理由で、実際にラウンジに足を運んだりイベントへの参加ができていない方もたくさんいるのでは?

大丈夫。ICCではそういった不安を抱えている方が参加しやすい形式のイベントを多数開催していますし、ラウンジ利用の際にサポートが必要な場合は、いつでもカウンターのSSLにお声掛けくださればサポートします。まずはICCラウンジ(3号館1階)を覗いてみて、チラシを手に取ってみて、カウンターにいるSSLに話を聞いてみて、「おもしろそう!」と思ったイベントにはぜひ参加してみてください。

もしかするとその一歩が、あなたの大学生活をガラリと変える素晴らしい体験になるかもしれません。

私がそうであったように。

 

最後に、本ブログを執筆しました新SSLのK.S.です。現在は社会科学部の4年生でマーケティングや国際協力系の勉強をしており、これまでの大学生活では海外ボランティアや複数の長期インターンに取り組んできました。また、オーストラリアへの留学経験もあります。旅行、筋トレ、ごはんを食べることが大好きです。特に白米が大好きなので、おいしい食べ方があればぜひ教えてください!よろしくお願いします!

 

S.K.(学生スタッフリーダー)

差別と異文化交流

こんにちは、新学生スタッフリーダーのQ.Z.です。私は今年の春にICCで働き始めました!私は高校までずっと母国の中国にいて、高校卒業してから日本語を勉強し始め、大学に入るのは中国の同級生より二年も遅かったです。友達に「どうして日本への留学を決めたのか」とよく聞かれましたが、その理由は簡単です。中国の教育は主観性が強いから、留学したいと思いました。また、日本は中国に近いし、日本の文化も好きだから、日本に留学しに来ました。さて、今日は先入観と偏見がもたらした差別について、自分の考えをフランクに話したいと思います。そして差別という現象から見て、異文化交流の重要性を皆様に伝えたいと思います。

日本に来る前は、日本は人々が礼儀正しく親切で、社会秩序が良いなどとたくさんのことを聞きました。実際に来てみると確かにそうは思いましたが、いわれのない差別を受けたこともあります。外国人差別は日本に限らず、全世界の国々に普遍的に存在しているのだろうと思うので、日本に対して決して嫌になることはありません。但し、初めて差別と感じる体験をしたため、日本での日常生活において、周囲の差別の現状をよく観察するようになりました。

よく韓国人が嫌いな日本人は多いと聞きましたが、多分中国人が嫌いな日本人はもっと多いのでしょう。その理由は、誤解や偏見などを広げたマスメディアと政治的イデオロギーの違いではないかと思います。中国のメディアはすべて政府にコントロールされ、偏った意見が多く、それに対して反感を感じました。しかし日本のマスメディアも、偏った意見がたくさんあると思います。新聞もそうですが、ネットニュースは更にひどい状況です。中国に関するニュースを見ると、よく中国人の道徳低下、不衛生などと批判するいろいろな攻撃的なニュースを見かけます。コメント欄にも心無い言葉ばかりが並んでいる状況を目の当たりにします。ここであえて自分のエピソードを話したいと思います。アパートは壁が薄く、音の漏れがひどい状況です。最初それに気づかず、友達を家に招き遊んでいました。すると翌日管理会社の方から電話がありました。音の漏れに気づかず騒音を出したことは自分のせいで、反省していますが、その時の管理会社の方の言い方はとてもひどいものでした。「私は近くに住んでいるから、よく見ている。友達を連れ込むのはダメじゃないけど、中国人の友達をつれてきたら困る。中国人はみんなうるさいから。」その時の友達は中国人ではなく日本人の友達でしたので、「大阪からの友達です」と伝えると、「どうせ中国人でしょう」との返事でした。

しかし、少し考えると、中国側も同じように、日本人のことを悪者にする人も数多くいます。前述のとおり自分自身、中国の教育の主観について反感を感じたこともたくさんあります。たとえば、高校の歴史授業において、先生は「日本人は血に飢え、暴力を好む民族だ」と言いました。私はその時、一つの民族の性格をはっきり断言する先生のことを到底尊敬できませんでした。幸いなことに、実際の中国では、日本好きな人が増え続けています。高校のときも、まわりに日本のアニメと文化にはまり日本に憧れる友達がいっぱいいました。ところが、残念なことに、日本でできた中国人の友達が中国に帰国した後も、そのまま日本のことが好きな人はわずかです。日本人の悪口を言っていた友達は、ほぼバイトでいじめや、どこかで差別を受けた経験があります。私は差別される側の気持ちが理解できますし、一つの側面だけでその国の人を判断して、差別をすることは、決してよくないと思います。しかしながら、誰かに差別をされたからと言って、その人の民族全体を嫌いになることも差別と根本的に同じだと思います。

そう言いつつも、私もかつて差別をしてしまっていたことを覚えています。中高生時代にまわりにLGBTの方が何名かいました。そのときは自分の認識が足りなかったと今は感じています。また、いじめられっ子を助けず、ほかの人と同じように差別的な対応をしてしまったこともあります。たぶんそれは私だけの経験ではないでしょう。これを読んでいる読者達の中にも、何らかのかたちで差別してしまったことがある人がいるのではないでしょうか。しかしながら、多くの人がそのことを意識していないのではないでしょうか。もう一つの例を挙げれば、以前働いていた中華料理屋さんで、シェフの中国人のおじさんは中国人のスタッフが差別されているとよく文句を言っていました。そんな中国北方地域出身のシェフも、初対面の南方地域出身の私に、「南の人は親に甘やかされて育ったからあまり仕事ができない」と言いました。私はその際に差別を感じました。しかし、シェフはそのことを意識していていない感じでした。この経験を通じて、海外における外国人差別のみならず、同一国内においても地域差別が存在するということに気付きました。人々は差別をするもしくは、してしまう可能性があることを意識しなければ、まともに一人の人間として他人と向き合うことができないとのことに気付きました。とても惜しいことではありますが、人は、知り合った時点で相手は○○人だから、○○のだろうとの先入観が働いてしまうことはよくある話しです。

では、どうやって差別を皆が意識し、それを解消することができるのでしょうか。私は自分自身も差別をしていたことに気付いたのは、差別を受けた体験の後でした。それを気付かせてくれたのが異文化交流です。世界中の人々に出会い、彼らの物語を聞き、性格を理解し、ステレオタイプという人間が存在しないことに気付くことが大切です。どんなタイプの人も、すべての国や地域に存在しているはずです。そしてもっと大事なことは、仮に彼らが自分の常識から外れたことをしたとしても、それによって彼らの人としての品位を判断しないことです。たとえば、テーブルマナーを知らない人がいたとして、その人を馬鹿にする人をよく見かけます。しかし、人はそれぞれの出身地域、社会背景などが異なり、受けた教育も違うのです。それらは彼ら自身で選ぶことができません。例えば、あなたが経済的に豊かな家庭に生まれ、良好な教育を受けられたとして、貧乏な家庭に生まれまともな教育を受けられなかった人を馬鹿にしたり、差別したりすることができると思いますか。当然できないですよね。私は自分の髪の毛、瞳と肌の色が違う外国人と交流して、私たちが外見、経験してきた文化や受けた教育の内容などが違っても、本質的には皆同じ、みんな人間なのだ、似た悩みを抱き、同じようなことに喜びを見出すのだということを学びました。そして、みんなで仲良くなりたいと思っているだけなのだということが分かりました。

最後にもう一つのエピソードを書き添えます。私は日本語学校に通っていたとき、早稲田大学で何年も休学してヨーロッパとアフリカに旅に出た経験がある日本人の先生がいました。私は当時、日本の様々な礼儀作法への適応に悩み、それを勉強するための本を読んでいました。すると、その異文化交流経験が豊富な先生は「礼儀なんてこの世で一番要らないものだ」と言いました。礼儀を非常に重視すると聞いていた日本人がこのような発言をしたので、私は「え?」と大きく口を開け、とても驚きました。彼は私の様子を見て笑い、「心から相手のことを尊敬すればいいのだよ」と言いました。確かに、礼儀は表面的なことで、心の底からどう思うかが重要です。私の読んでいた礼儀の本にも、「礼儀を知らない人を馬鹿にするのは礼儀正しくない」と書いてありました。

相手のことを一人の人間として捉え、その人と向き合い、心から相手のことを尊敬する。それが出来ればこの世の差別はなくなるのではないでしょうか。これこそが異文化交流が私に教えてくれた大切なものです。私は、このことを意識しつつ、異文化交流を楽しみながら、外国人の親友を何人も作っていきたいと考えています。

Q.Z.(学生スタッフリーダー)

「ICCのここが好き!」調査

こんにちは!新SSL(Student Staff Leader)のW.K.です!
ブログも初めて書かせていただきます。

今回のブログのテーマは、「ICCのここが好き!」調査、です!!

「普段ICCを利用してくださっている方の生の声を聞いて、皆さんのICCに対する印象や想い、ICCイベントの人気の理由を、SSLとして是非知っておきたい」、
また「ブログを読んでくださっている皆さんにICCの魅力をお伝えしたい」と思い、
この度独自にアンケートを取らせていただきました(7/9計 18人)。ご協力くださったみなさん、ありがとうございました!

~・~・~・~・~・~・~
Q1. ICCをどれくらい訪れますか?
44.4% … 月に2回
22.2% …1学期に1回
22.2% … 月に1回
11.1% … ほぼ毎日!

Q2. あなたが参加して楽しかったイベントを教えてください!
1位 ICC・ビジター・セッション
2位 日本語ペラペラクラブ
3位 ノーボーダー・スキーキャンプ / English lunch / Japanese Lunch / English Chat Club / シンガポール・ナイト / インドネシアン・ナイト / 生け花体験ワークショップ

Q3. どうしてそのイベントが気に入りましたか?
・ICC・ビジター・セッション:他大学の方と話すことができたところ。 / 短期で留学してきた留学生と関わることのできる機会を得たこと。できる限りの英語を活用してコミュニケーションをとる練習になった。
・日本語ペラペラクラブ:I can speak Japanese as much as I want. / It was a great chance to speak with Japanese native speakers.
・ノーボーダー・スキーキャンプ:It was fun and affordable. Plus, I like the theme and concept of the camp. It is a really effective way to make new friends! Looking forward and hope to participate next year’s as well!
・言語ランチ:6限は授業が入っていることが多いため、多くの人が時間が空いている昼休みにあるのは本当にありがたいです。
・English Chat Club :新しい知り合いができること。様々なゲームを通して英語が使えること。
・インドネシアン・ナイト:Indonesian traditional dance
・生け花体験ワークショップ:生け花を体験できて楽しかった。

Q4. ICCのどんなところが好きですか?
・ランチイベントが多いところ。
・毎週何らかのイベントを行っていて、都合がつくときにいつでも参加可能なところがいいと思います。また、イベントの内容も豊富で世界に目を向けさせてくれることが多く、とても実りのあるイベントが多いと思います。
・I like the atmosphere which makes me feel comfortable.
・普段の授業では会えない人たちにICCのイベントを通して知り合い、友人になるチャンスがある点。
・The flyers are always informative and easy to understand!!
・The more event the better.
・I like how there is an abundance in the number and variety of events. I can learn about countries I’ve never heard of and I can meet the people of the country too.
・色んな人と出会えるところ。
・落ち着くラウンジ。暖かいスタッフ。いつも誰か友達がいる。毎日お昼ご飯はICCでお話ししながら食べてます。さまざまな背景を持った友達ができるから、先入観がどんどん取れていくし、その国に行くときには案内してもらえるし、そんな友達に出会える場所を与えてくれるICCに感謝です。これからも浸ります。

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ICCラウンジには、いつも来てくださる常連さん、ふらっと一人で入って来てくださる方、友達を連れて来てくださる方、色んな方がいらっしゃいます。イベント以外の時間でおしゃべりしに来る方、自習に来る方、ピアノを弾きに来る方などもいらっしゃって、本当に色々な利用の仕方がアリなんだなぁ、と思います!

また、みなさんのコメントには共感できるところが沢山ありました。

私も入学してから2カ月くらいは、しょっちゅうICCラウンジに来たりイベントに参加していた常連客で、ICCの雰囲気が好きすぎるあまりスタッフになってしまいました(笑)

でも、アンケートを見ていて、まだまだ参加者としても、スタッフとしても参加したいイベントがたくさんあるなぁと改めて思いました!全く知らなかった国や文化が、少しでも身近に感じられるようになったり、普段は出会えないような人と交流して友達になれるのは本当に楽しく、素敵なことです。

みなさんもぜひ次に参加するイベントの参考にしてみてくださいね!

W.K.(学生スタッフリーダー)

「休学、ユーラシア大陸横断、そしてICCへ」

こんにちは!
この春からICCで学生スタッフリーダーとして働いている、社会科学部四年生のH.H.と申します。
まずは簡単に自己紹介をさせていただきます!

僕は大分県の、温泉まで徒歩3分の場所で生まれました。高校時代は放課後に友達とスタバ・・・・ではなく温泉に行ってチル(笑)していました。男四兄弟の末っ子です。未だに年下との接し方がわからないのが悩みです。そして高校まで日本はおろか九州からも出たことがありませんでした。今は早稲田にある築40年の和室四畳半一間で一人暮らしをしています。

そんな、田舎育ちで狭いアパートに住み「昭和の早大生」と揶揄される僕がICCというグローバルな場所に来たきっかけとなった昨年の出来事について、お話させて頂きたいと思います!

昨年、ぼくは大学を一年間休学して、ユーラシア大陸を横断するひとり旅をしました。

元々、Led ZeppelinやRadioheadなどの外国のロックバンドが好きだったこと、サッカー少年だったことから、外国に対して、人一倍の憧れを抱いていました。
それもあって、大学では平和学(国際関係の一分野)のゼミに入りました。

ゼミや授業では、旧ユーゴスラビア、クルディスタン、パレスチナ、コーカサスなどで起きた民族や宗教、ナショナリズムの問題をテーマに発表を行いました。その準備のために本やニュース、ドキュメンタリーなどに触れるほど、ますます外国に対する興味が強くなっていきました。

「華やかでオシャレ」というイメージしかなかったヨーロッパで、たった20年前に凄惨な民族紛争が起こっていたり、現在は移民・難民問題で国内に亀裂が走っていたり・・・。
「悪の枢軸」と名指しされたイランは、実は最もホスピタリティに溢れた国だというウワサを聞いたり、パレスチナでは居住地域が完全に分断されて町の様子はそれぞれでガラッと違うようだったり・・・。

そのような情報に触れるうちに、
「本とかネットにはこう書いとるけど、実際どうなんやろ・・・」、「自分の目と耳で感じたことを大切にせんとなあ・・・」という思いが強くなりました。

日に日にその思いは増していき、遂に、
「よし、バックパッカーや!色んなとこに行って色んな人の生の声をきこう!」
と決意しました。

そうと決めたはいいものの、なにをするにもお金がかかります。
学費と生活費をすべて奨学金とアルバイトでまかない、家賃30000円の古アパートに住む身。もちろん仕送りなんてありません。これは困りました。どうしよう。

困っているだけでは仕方がないので、
「じゃあ働くか。あ、働くなら休学するしかないな。どうせならユーラシア大陸横断しよう。」
ということで、休学することを決めました。

すぐにリゾートバイトの会社に登録し、淡路島の旅館を紹介してもらいました。

4月1日から旅館の派遣社員として、毎日5時半に起きて、10時間働く日々が始まりました。これが肉体労働でけっこう大変なのです。
初めは友達もおらず、休憩時間にはひとりで海辺に行って、本を読んだり、手紙を書いたりしていました。しかし、少しずつ社員の人たちと打ち解け、仕事終わりに深夜まで語り明かす仲になっていきました。
そこには早稲田とは全く違うバックグラウンドや考え方を持った人が集まり、その人たちと交流する中で、今の早稲田には豊かな「ヨコの多様性」があるけれど、かつて存在していたという「タテの多様性」は失われているのではないかな、と日々、感じるようになりました。

4か月に及んだ旅館の仕事も終わりに近づいた頃のこと。
35度を超える猛暑のなか、汗をかきながら重いテーブルを運んでいると社員さんが、
「H君、夢のために頑張りや。いろんな経験して、帰ってきてまたいろんな話きかせてな。ほんで、出世して今度はお客さんとして泊まりきてや!」
と言ってくれました。

東京に帰る夜行バスのなかで僕はひとり泣いていました。

そして夏のおわりに、新品のバックパックを背負って、フェリーで日本海からロシアに渡りました。シベリア鉄道に乗ってモスクワへ行き、バスと電車を乗り継いで東欧を縦断したあと、中東を巡りました。

半年におよぶその旅のなかで、たくさんの出会いと別れがありました。

アルメニアで出会った大学生は、
「僕はもうじき兵役へいく。本当はもっと機械工学の勉強をしたかった。だけど、この小さな故郷を守るためだ。きっと生きて帰るんだ。」
と、不安と決意に満ちた顔で僕に語りました。

イランで出会った初老の男性は、
「この国の若者は西洋の価値観に傾倒しすぎている。確かに、豊かで現代的な文化や生活に惹かれるのも理解できる。しかし、我々が数千年をかけて築いてきたイラン人としての歴史やアイデンティティ、イスラームに依った価値観をあまりにないがしろにしているように見えるのが悲しい。」
と寂しげに呟いていました。

ジョージアではおばあさんが、
「ソ連時代が一番幸せだったわ。ちゃんと勉強していれば、必ずちゃんとした仕事と家を政府が用意してくれた。病院や学校も無料だったから、今みたいに道端で物乞いをする人もいなかったし、借金を背負ってまで大学へ行く必要もなかった。外国に行く自由はなかったけれど、等身大の幸せにはそれで十分だった。」
と今はもう存在しない、かつての母国を懐かしんでいました。

例を挙げればキリがありませんが、このような「そこに生きる人々の生の言葉」は、僕が事前に抱いていたモノクロのイメージを鮮やかな色で塗り替えて、ずっしりと心の底にまで沁みこんできました。
もちろん本やマスメディアなどを通して得る客観的な事実や全体的な視点も不可欠ですが、実際にその状況に置かれた人の、なんのフィルターも通さない生の言葉もまた大切なものだと思います。そうした「生の言葉」を聴くことは、机の上では決して分かり得ない、かけがえのない経験でした。

このように1年間を通して、淡路島では国内の、外国では国外の、大学では出会えないような多種多様な人と出会い、その数だけの、その人にしかない感性や考え方、生きる指針のようなものに触れることで、自分自身の「こうありたい」、「こう生きていきたい」という部分に大きな刺激と影響をもらうことができました。

そして、今年の春に復学し、これからも今までの自分とは異なった環境に身を置いて、色んな人と出会い、他の学生たちの出会いや気付きのきっかけにも携わっていきたいという思いからICCの学生スタッフリーダーに応募しました。
現在はバックパッカーに関するイベントや某インターネット企業のダイバーシティ豊かな職場での働き方に関する講演会を企画しています。

皆さんにとってもICCの活動が色んな人との出会いの場となり、他人を知ることで自分自身についても理解を深める機会になることを願っています。
そしてその実現のために、僕も精一杯頑張ります。
このブログを読んでくれた皆さんと、イベントやラウンジで出会えることを楽しみにしています!

長くなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました!

H.H.(学生スタッフリーダー)

 

(アルメニアの首都エレバン近郊から望むアララト山。ノアの方舟が辿り着いたとされる、アルメニア人の誇りの象徴です。)

 

Feeling The Seoul of Korea

I always love not just travelling to other countries but living in them too!  I have only studied abroad twice, and the second time was in Seoul, South Korea which is what I will discuss in this blog. I have travelled to Korea many times while I was an exchange student in Japan from 2016-2017, and I started learning Korean while in Tokyo too! So, I thought I would like to improve my Korean and also experience Korean life for a few months.

 

 

Luckily, I received some funding from my university in Scotland (even though I had graduated!) so I was able to begin an intensive language programme at Yonsei University for 3 weeks. I was more worried about living in Korea compared to when I stayed in Japan, because my language ability was not that strong – only beginner level – and I did not know that much about Korea, Korean life etc. Regardless I said goodbye to my friends at Taoyuan airport in Taiwan (we had been travelling together) and headed for Seoul. Immediately after landing I went to my dorm and met my roommate (who happened to be from Kwansei Gakuin University). At first, I was put into level one, but later I moved to level 2 as I was better suited to that level. About 80% of the class were from Japan! This was useful because when I didn’t know the word in Korean or some grammar patterns, my classmates could easily help me. While there, I attended some language cafes in the nearby Sinchon area and made some Korean friends. After the programme ended, I headed to SNU (Seoul National University) for a 6-month course. Aside from just a different university, the campus was also in a more out-of-the-way area which was pretty much in the mountains. Although the environment was better, it was a bit bothersome to travel to other areas of the city.

 

Thanks to that programme, or perhaps thanks to my willingness to speak Korean at all costs, I improved from beginner level to intermediate (finally!). I did not have the chance to travel outside Seoul and Busan, but this is something I will do in the near future. One of the friends that I made was a fashion student from Ewha University, so we went to many art exhibitions which were good. I am vegetarian so life was hard in the land of BBQ, but my friends made sure to take me to all the good places! I had a good time riding bicycles with them along the Han River, running a half marathon and eating lots of good food!

Overall, I am so happy I could feel the hospitality of Seoulites, and especially my friends who helped me with any of my problems – I want to return the favour to them someday! I’m not sure if I will have time to study in Korea again because of job hunting and studying at Waseda, but I hope I can live there in the future.

If anyone is afraid of nervous to live abroad, I say “Do it!”. For me, it was not just a chance to improve my language ability but really allowed me to grow as a person, taking more responsibility for things like my finances and become more extroverted and not scared to jump into new opportunities. I think because of these experiences; I was able to start working at the ICC, and I would like to think such things will help me being an SSL and in my future career.

 

G.F. (Student Staff Leader)

 

 

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