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異文化理解のための日本神話 基礎Ⅰ

八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を

学生スタッフのR.T.です。今回は日本神話について語ろうと思います。このテーマに至ったのは、以前島根県を訪れた際、出雲大社はもちろんのこと訪れた各地で神話を大切にしているということを実感し、その内容に興味をもつようになったからです。また、異文化交流に身を置く立場上、この国のなりたちについてある程度、説明できるようになりたいと常々思っていたこともあります。

◆「日本」神話と古事記

参考となる書物は奈良時代成立の『古事記』と『日本書紀』、そして各地の『風土記』などがあります。日本書紀と風土記はともに漢文体=中国語で書かれ、前者は公式の歴史書、後者は地方から中央政府への報告書であるのに対し、古事記は土着のヤマトことばを文字化してまとめられた奇妙な書物。乙巳の変の折に『天皇紀』などの史書が焼失するも、内憂外患が重なり大化の改新を推進する中大兄皇子(天智天皇)は史書編纂に着手できませんでした。彼の死後、皇位をめぐって壬申の乱が起き、勝利した弟の大海人皇子が天武天皇として即位します。しかしこの内乱の結果、都は荒廃し、しかも天皇は兄の子を殺して即位したため、正統性にも危うさがありました。また朝鮮半島では新羅が統一を達成、膨張を続ける中国・唐王朝と軋轢が生じ始めるなど、倭国は東アジアの緊迫した国際状況下に置かれていました。ここで天武天皇は新たな国号として「日本」、君主号に「天皇」を採用し、それにふさわしい新たな国史の編纂を命じます。その後、元明天皇の治世に、稗田阿礼がその国史(原資料といえるもの)を誦習し、太安万侶が注釈・編集を加えることで古事記が成立しました。この歴史的経緯をみると、ある程度、古事記が作成された目的が推測できます。すなわち、新しい「日本」という国家が始動するために、旧来の秩序を否定し、天皇家の正統性を付与するための物語が必要とされたこと。大王と豪族の合議制であるヤマト王権の体制を再構築し、天皇中心の中央集権体制すなわち律令国家を確立していくうえで、その体制に適したふさわしい神話が必要とされたのだと考えられます。この恣意的なねらいをむしろ考慮しながら読み進めていくほうが、人間の感性では捉えにくい神々の世界の動きも、ある意味で理性的に考えられるようになると私は思います。

◆天地初発から天孫降臨、日本建国まで

古今東西、神話に求められる役割とは、世界や人類がいかにして現在の姿となったかを説明し、そのうえで今を生きる人間に道徳と行動規範を授けることにあります。日本神話も同様に、宇宙の成り立ちに始まり、神々の時代から天皇の時代までを一連の筋書きのなかで描きます。ざっくりとしたストーリーで分類すると以下の8つになります。

一章.天地初発…アメノミナカヌシ

二章.国生み…イザナキ・イザナミ

三章.世界の分治…アマテラス・スサノオ

四章.地上世界の王…オオクニヌシ

五章.国譲り…タケミカヅチ

六章.天孫降臨…ホノニニギ

七章.地上の支配…ヒコホホデミ

八章.初代天皇…カムヤマトイワレヒコ

原初世界には高天原という天上世界が存在し、そこにアメノミナカヌシという神が現れることで世界が動き始めます(一章)。天の神から混沌の下界を鎮めるよう命じられた男女神イザナキ・イザナミは、この国の大地や多くの神々を生みました。火の神を生んで死んだイザナミをイザナキは黄泉国まで追いかけますが仲違いし、生者と死者の世界が分離します(二章)。イザナキから生まれたアマテラスは高天原を、スサノオは海原を支配するよう命じられますが、スサノオがこれを拒否し大暴れしたことで高天原が乱れました。追放されたスサノオは出雲に降り、ヤマタノオロチを退治して英雄となりました(三章)。地上世界の葦原中津国にいたオオクニヌシは様々な難題を乗り越え、地上世界の支配を行います(四章)。アマテラスは孫のホノニニギに葦原中津国を支配させようと考えてタケミカヅチを派遣し、オオクニヌシは葦原中津国を天の神に譲ります(五章)。ホノニニギは日向の地に降臨し統治を始めますが、呪いを受け天皇家の寿命が縮んでしまいます(六章)。ヒコホホデミとウガヤフキアエズは日向の統治を行う場面で、神から人間としての身体性が付与されていきます(七章)。カムヤマトイワレヒコは日向から東征を始め、大和の地で神武天皇として即位し、日本が建国されます(八章)。話のクライマックスは六章の天孫降臨の場面で、各章は万世一系という天皇家の正統性を裏付けるための伏線として機能します。

◆天津神と国津神

神話の起源は無文字時代の民間伝承に遡ることができます。日本神話が成立する以前にも、我が国にはすでに口承での民間神話が存在し、それぞれの日常生活と深く関わり合いながら信仰されていました。民間神話に登場する神々については、実は、その正体は日本神話の神々と同一であることがしばしばあります。代表的な例を挙げると、四章の主人公・オオクニヌシがいます。民間神話のオオクニヌシはオオナムチと呼ばれ、スクナヒコナという神とともに国作りを司るとして各地で広く信仰されていました。オオクニヌシも国作りの神であることは共通しますが、あろうことか自らの国を天の神に引き渡すという不可解な行動をとっています。またスクナヒコナとともに行動することはなく、美穂の岬という場所で初めて出会います。なぜこのような乖離が生じるのでしょうか。これを理解するために必要な概念が、天津神と国津神の明確な区別です。天津神とはアマテラスやホノニニギのように天上界の高天原にいる・いた神で、国津神とはオオクニヌシのように地上世界の葦原中津国にもとからいた神のことです。アマテラスは天皇家の直系の祖先であるわけですから、地上世界はなんとしてでも天津神が治めなければなりません。すなわち、古事記の制作者はオオナムチとスクナヒコナを分離して民間神話の姿を払拭し、オオナムチの存在を無力化した上で、オオクニヌシという天津神に従順な国津神を創り出すことで、アマテラスの権威を高める物語を演出しようとしていると考えられます。オオナムチとスクナヒコナの二神は、文字時代以前の古い秩序の象徴であり、地上世界の支配権を握っていました。しかしオオクニヌシはというと、天津神に国を譲るために国作りをした天津神のための国津神という存在に落とし込まれたのです。一方のアマテラスはというと、民間神話では女神としてのアマテラスは存在していませんでした。正確にいえば、太陽祭祀で信仰されている太陽神の男神、その妻である巫女・ヒルメがアマテラスの原像です。日本神話では神を祭る巫女を祭られるべき太陽神へと変化させることで、王家だけが独占できる皇祖神を新たに創造したのだと考えられます。歴史的にみれば、ヤマト政権によって平定された地域の人々が信仰していた神が国津神に、ヤマト王権の皇族や有力な氏族が信仰していた神が天津神になったとすればわかりやすいでしょうか。天皇家の正統性擁護という目的のもと、物語を論理的に組み立てるための装置が天津神と国津神であったわけです。古事記は従来の民間神話をただ収集し、再編纂したのではなく、古事記の文脈の中で神話が組み替えられ、それを説明するためのストーリーが神話世界を構築しています。新たに登場すべき神々にストーリーを与えてキャラクター付けを行うことが、日本神話の特徴であるのかと思います。

◆民間神話とのゆがみ

日本神話の神々にキャラクター付けを行うために、古事記は根拠となるストーリーを従来の民間神話に求めました。しかし、口承の時代、神々が執り行う超自然的な現象に対して淵源の解明を必要としないという事態が多々あったため、古事記の制作者は全く新しいストーリーを創り出すこととなりました。ここに無文字の音声を文字言語に変換するゆがみが発生します。「ない」ものを「ある」と定義し直すことは、想像以上に難しいものです。例を挙げて説明しましょう。

五章の国譲りの場面に、タケミナカタという国津神が登場します。高天原からタケミカヅチが国譲りの交渉にやって来た際、タケミナカタは父神オオクニヌシからその決定権を委ねられました。しかしタケミナカタはタケミカヅチとの力比べに敗北し、諏訪地方まで逃走し、天津神に国土を売り渡す結果に終わりました。このような経緯でタケミナカタは諏訪大社の祭神となるわけですが、力で平伏され逃げ帰った神というのはいささか現地でも評判がよくない。その上、諏訪の地ではミシャグジという別の神が既に信仰されていました。ミシャグジは人格神以前の原始的な精霊で、地中に棲む大蛇のかたちで現れる山・水の神です。日本神話ではいわゆるオロチと呼ばれる類のもので、神になりきれなかった化け物のことをさします。有名なスサノオによるヤマタノオロチ退治(三章)を考えてみると、オロチは人身御供を行う古い祭祀形態の象徴であり、古事記ではこれを打ち破り、新しい秩序をもたらす物語が当てられました。しかし諏訪の地ではオロチが退治されることなく、現在まで信仰され続けています。なぜミシャグジは退治されなかったのでしょうか。この場面では、諏訪の大神である「ミシャグジ」を日本神話の神「タケミナカタ」に置き換えるという前提のもと国譲りのストーリーが展開しています。朝廷側からみると、東国へ支配を広げる神話的根拠として諏訪の土着の神話に目を向けてみたところ、ミシャグジというよくわからない古い祭祀が信仰されていたことを知ります。ここでミシャグジが信仰されているという事実だけを借り、タケミナカタという人格神を登場させることで、話の進み具合をわかりやすくなるようにしたのです。諏訪側からみると、タケミナカタの退散でミシャグジが諏訪湖に封じられ、新たにタケミナカタへの祭りが始まったことになります。しかし、現地の人々にとってはミシャグジという名のほうに真実味があり、より生活に根付いたものであったため、ミシャグジ信仰がそのまま生き残ることとなりました。すなわち、ミシャグジを生かすためにタケミナカタの退散が行われたという理解ができます。このようにしてタケミナカタとミシャグジは同一でありながら共存するという、キリスト教の三位一体やヒンドゥー教の三神一体に通じるような難解なものとなったのです。

このようなゆがみは古事記の中で散見されます。二重の意味で読み解けるというのは一見、矛盾を生じさせるようですが、しかし古事記はそうなっていません。これは、そもそも、神にキャラクター性を付与するために物語を創り出しているからです。これを可能にさせたのは、古事記制作者たちの知的手腕によるものと言うことが出来るでしょう。

◆なぜ神話を学ぶのか

以上、日本神話の概論を語らせていただきました。本ブログのタイトルにある「異文化」とは、ヤマト政権においても様々な民族や文化があったことの意味合いで使用しました。日本が大和民族単一の民族国家だと思われている方もいるかも知れませんが、それこそ日本神話的考えであるのだと思います。孫子曰く、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」。自らの国の成り立ちを知ってはじめて留学生のみなさんに日本の文化を紹介できるのだと痛感しています。逆に考えると、神話を知ることで世界中の様々な地域の人とのコミュニケーションにおおいに役立つのではないでしょうか。二章に登場するイザナキ・イザナミの最初の子・ヒルコと、ギリシャ神話の主神・ゼウスとヘラの最初の子で鍛冶を司るヘパーイストスは、忌子という興味深い共通点があります。また六章でホノニニギが受けた呪いはバナナ型と呼ばれる類型で、東南アジアで同様の題材をもつ神話が広くみられます。もはや人類学の分野になってしまいますが、神話の中に共通点があるということは、我々人間の心の在り方を示すものではないでしょうか。いつの日か、この知識が役立つ時がくれば幸いです。

R.T.(学生スタッフリーダー)

A Crocodile That Will Die in 100 Days

(Picture: The cherry blossoms at Toyama campus today. The last episode of the series involved cherry blossoms and a Hanami picnic, which we unfortunately cannot do this year because of the virus)

“Memento Mori” is a famous old Latin saying that means “Remember that you must die” in English. I love this phrase and have thought of it as a motto of sorts ever since I learnt about it in Bible class in my first year of high school. Despite the fact that I am non-religious myself, I used to go to a Christian school for 6 years before university, so we had classes on the Bible and Christian thought once a week with a pastor as our teacher. To be honest, I didn’t care much for those classes; as a non-religious person I found it at times quite hard to understand and accept the concepts of the religion as fact, but this one really stuck and left a lasting impression on me. In fact, “Memento Mori” is not an idea unique to Christianity, and similar concepts are also fundamental to other religions such as Buddhism and Islam, proving that the art of acknowledging our own mortality should be something really important to all of us.

Meanwhile, personally, the past year has been very hectic and busy for me, as I have been settling into new environments, and I started doing all kinds of things that I had never tried before. I have slowly started to get used to my new life now, but at the end of last year, I honestly had no room in my head or my heart to reflect upon my actions and my life as a whole, and this motto of mine had also gone to the very back of my mind. It was around this time when I found out about an online manga series about a crocodile that, and reading through it really reminded me about this mindset of “Memento Mori”, and why I had thought I wanted it to be my motto for life in the first place.

      100-Nichi-Go-ni -Shinu-Wani(100日後に死ぬワニ, A Crocodile That Will Die in 100 Days) is an online manga series, written and illustrated by illustrator Kikuchi Yuuki. Each episode is in the form of a 4-koma manga or 4-cell comic, which is a popular style especially in newspapers and magazines. On December 12,2019 Kikuchi abruptly began the series by posting his first episode, which had a very mundane plot, with absolutely nothing special happening at all: it featured a crocodile dressed a pair of trousers, simply sitting in front of the television and laughing out loud at it for 4 cells straight, blissfully unaware of his fate. Under the fourth cell, in black hand written letters, were the words 死まであと99日(99 days until death). Following this weird but attention-grabbing, a new episode was posted daily on the account in the same fashion. Each episode is a little excerpt from the daily life of this crocodile, such as him meeting up with his friends, working his shift at his part time job, riding on the train somewhere, and so on, with the reminder of the date of his death on the end. Quite soon after the very first episode was posted, the series blew up on the Japanese internet and became an overnight success. And it soon became a national cultural phenomenon, even becoming a worldwide number one trending topic on the last day. I discovered the series at the end of December when I was checking Instagram, and I got really intrigued while reading all the posts that I had missed. When you look at one individual episode, it doesn’t progress much story wise, nor does it have much of a morale or meaning. Still, as I started checking on the crocodile on a daily basis, it began to feel like I was getting to know him personally. As a typical Japanese person around the character’s age, I found his traits and his actions very relatable and familiar, and near the end, it felt like he was one of my old friends.

There are other manga series that depict the daily lives of characters in a similar manner, but this one feels really different from those because of one principle that it has, which is the inevitable fact that the crocodile is going to die on a fixed date. As I read along each day, with every little moment of joy in the croc’s life, I got this bittersweet feeling of realization that this would come to an end really soon. Each time the crocodile looked forward to something happening in the close future, we were given the hint that in fact he would not make it, that he would not live to see the release of a new product he wanted, or to go somewhere he wanted to go to. It was so heart-breaking to see this person who I had grown to like on every single day, with the knowledge that he was going die very soon, and there was nothing I could do to stop it (It might seem like an overstatement for a cartoon character, but seriously, you should go and ask the entire Japanese internet.) Again, I have read manga in the past that focuses on a main character’s death, but because there were no other-worldly fantastical settings or flawlessly beautiful characters, the rawness was on another level with this. This relatability was what made the series so special and popular: everything was so genuine and believable, and it felt like there was a direct connection to the story and our own lives today.

Like I mentioned in the beginning, because it felt so relatable and closely connected to my own reality, the series made me reflect upon my own actions, and made me wonder if I was actually living each day in a way that I would like to live my last. It also struck me that although it could be me who dies today, but it could also be someone that I love, and I realized that I should be treating everyone in a way that I wouldn’t regret if it became the last time to see them. I tend to forget the fact that our time is limited, especially when I get busy and have a lot on my mind, but I think having this mindset is very important, especially nowadays with the coronavirus situation going on. The worldwide spread of the virus and the paranoia that comes with it is revealing who we really are inside, and sadly I feel like we are becoming more and more hostile towards each other, rather than being kind and considerate. Nobody could have anticipated this back when the series started, but coincidentally, it seems to have come and ended when we all needed it the most.

The series and the crocodile came to its end on March 20th. I’m not going to spoil the ending for you, but I can say it certainly did not disappoint. The manga doesn’t use any elaborate or complicated big Japanese phrases, so it should be quite easy to understand even for beginners in the language. Also, you can currently find every episode online at the Twitter and Instagram accounts of Kikuchi Yuuki, as well as the internet media ねとらぼ, so I really recommend you give it a shot if you haven’t read it yet. 100 episodes may seem like a drag, but trust me, it will be a good read, and a great opportunity for you to stop and think about how you should live each day with the end in mind.

 

H.S. (Student Staff Leader)

ジャズとの出会い

こんにちは!ICC学生スタッフのW.K.です。時間が経つのは本当にあっという間で、あと数か月で私がICCで働き始めてから1年が経つことになります。どうしよう!信じられません(笑)。

次々と後輩のスタッフが入ってきて、自分が「先輩」になっていくこと、そして今年の夏からの留学で、しばらくICCを離れてしまうことなど色々と不安もありますが、それまで学べることはたくさん吸収して、留学後はもっとSSLとしてレベルアップしてICCに帰って来られるように頑張りたいと思います…!

 

さて、今回は、私の趣味である「Jazz」のお話をさせていただきたいと思います。とは言え、ジャズを聴いたり演奏し始めてからまだ1年も経っていないので、あまり細かいことや深いことは語れませんが、ご了承ください(笑)

1年生の1学期から今までICCに所属してきた私にとって、ICCは私の学生生活を語る上で既に欠かせない存在となっていますが、実は私は2つのサークルにも所属し、楽しく活動しています。そのうちの1つである「ニューオルリンズジャズクラブ」は、私をジャズの世界に足を踏み入れるきっかけとなったサークルです。

私は、小学校低学年の頃から大学受験前まで、習い事として、細々とではありますが、ずっとクラシックピアノを弾いていたこともあり、大学でも音楽・特にピアノを続けたいと思っていました。自分自身前から何人かでバンドを組んで合奏することへの憧れがあり、新しいことに挑戦してみたいという思いもあったので、ジャズに挑戦してみようと決心し、サークルの新歓期間はずっとジャズサークルを探していました。早稲田の中でいくつかあるジャズサークルの中でも、ニューオルリンズジャズクラブのブースに行った際、「ディズニーランドでよく流れているような明るくて賑やかなジャズ」が演奏できるよ、と先輩から説明を受け(実際にパーク内でよく流れています!)、ディズニー好きだった私は「ディズニー!?楽しそう!」とかなり軽い気持ちで入部を決めました。

入部後は、トランペット・クラリネット・トロンボーン・バンジョー(ギターのような楽器)・ドラムなど様々な楽器がある中で、希望していたピアノパートに配属されることができました。新歓ライブなどで先輩方は明るくリズミカルな曲を軽々と演奏していましたが、聴いているときのイメージとは異なり、いざ自分が弾くとなると、想像を超える難しさがありました。このサークルでは、基本的に「楽譜」はなく、プロのバンドが演奏した曲を「音源」として聴き込み、聴こえた音を自ら楽譜に起こしてそれに基づいて練習します。特にピアノパートは速くて細かいメロディーや、装飾音、濁った和音が多いので、慣れない作業にとても苦労しました。また、演奏する際も、複雑なリズムを刻んだり、周りの音とのバランスをとったり、今までのクラシックのソロピアノとは異なる難しさに沢山気づかされました。それでも、同じ楽器でもクラシックとは全く違った音色が出せることや、バンドメンバーと話し合い工夫しながら演奏できることは、とても新鮮で楽しかったです。

 

ところで、「ニューオルリンズジャズ」とはそもそもどのようなジャズなのか、皆さんご存知でしょうか?軽快なリズムも魅力の一つであるのは確かですが、その明るさの背景にある歴史を知ったことで、私のニューオルリンズジャズに対するイメージは少し変わりました。

ニューオルリンズは、ジャズ発祥の地であり、ニューオルリンズジャスと呼ばれる最古のジャズは、当時奴隷から解放された黒人たちが、職を求めて歓楽街の酒場などで楽器演奏を始めたことがきっかけで誕生しました。楽器は、南軍の軍隊がマーチングなどで使っていたものを調達したようです。ピアノやギター、ドラムス、ウッドべースなどのリズムに合わせ、トランペットやクラリネット、トロンボーンなどがコード進行に沿ってアドリブを入れながら展開される、明るく賑やかな音楽であるのが特徴です。

しかし、1917年にアメリカが第1次世界大戦に参戦したのをきっかけに、ニューオルリンズの歓楽街は封鎖されてしまいます。そこで、ニューオルリンズのジャズ演奏者たちは、活動拠点をシカゴやニューヨークなどに移すこととなり、ジャズが米国全土に広がっていくこととなりました。


ジャズ発祥の地ニューオルリンズの、日本とは大きく異なる文化の一つに、お葬式があります。日本ではお葬式というと、静かに、重々しく厳格な雰囲気の中で行われるイメージですが、なんとニューオルリンズでは、それとは逆に明るく賑やかなブラスバンドのジャズに合わせて参列者たちがお祭り騒ぎをしながら死者を送り出す「ジャズ葬」が行われています。それは、ニューオルリンズのジャズ葬が、故人の死を嘆き悲しむのではなく、死者が天国へ旅立つことを祝福する儀式だからです。

なぜ、ニューオルリンズのお葬式は、そのような明るいものになったのか。その理由は、ジャズが黒人たちによって生み出された音楽であるということに深く関係しています。人種差別によって迫害を受け、奴隷として労働を強いられていた時代、湿地帯であるニューオルリンズでは伝染病も多く発生していたということもあり、当時の黒人たちの中では、「死」は、悲しみと苦しみに満ちた現世から、解放されるための「救い」であるとする捉え方が存在したそうです。そのため、生の苦しみから解放された仲間への祝福として、陽気で楽しげな音楽とともに葬儀を行うようになったとのことです。みなさんは、「聖者の行進」という曲をご存知でしょうか?きっと一度は聞いたことがあるのではないかと思いますが、この曲は、元々はニューオリンズのお葬式で演奏されていたものです。

ニューオルリンズのジャズ葬を通して、私は、文化や歴史、人々の境遇によって葬儀の様式も変化するということを知りました。そして、全く異なる文化を持つ日本人である私たちは、ニューオルリンズジャズの歴史的背景などをしっかりと理解した上で、心を込めて演奏する必要がある、と強く感じました。

 

私のジャズへの興味を深めてくれたのは、サークルだけではありません。国際教養学部の授業(中級科目)で、私は先学期「Introduction to Jazz History」という科目を履修しました。この授業では、ニューオルリンズジャズをはじめ、様々な種類に派生していったジャズの歴史を、実際にジャズを鑑賞しながら学ぶことができました。特に、期末試験のテスト勉強のために様々な年代の膨大な量のジャズの曲を聴いて覚えたこと、自由課題として数軒のジャズ喫茶に足を運んでレポートを執筆したことは、私にとってジャズとじっくり向き合う良い経験となりました。今まで、私はジャズを鑑賞するよりは実際に自分が演奏することの方が多かったため、自分のお気に入りの曲を見つけたり、有名な演奏者それぞれの奏法や人生に着目して勉強するのはとても面白くて、楽しかったです。

 

また、新たなジャズとの出会いにも期待しています。私の今年の夏からの留学先のモントリオールは、芸術の街として知られていますが、ジャズもとても盛んです。ジャズバーが多く存在し、ジャズライブが頻繁に行われているそうで、「国際ジャズフェスティバル」という、30か国以上から3000組のアーティストが出演するお祭りが毎年6月下旬から7月上旬に開催されているほどです。ぜひ、休日などにジャズバーに足を運んだり、様々なイベントに参加して、ジャズに思いきり浸りたいと思います。

 

ところで、ICCラウンジでも、バックミュージックとしてジャズがよく流れていることに、皆さんお気づきでしょうか? 私はジャズを聴くようになってから、ラウンジで流れている曲の曲名が徐々に分かるようになってきて、最近一人でひそかに喜んでいます(笑)。

その他にも、ICCはジャズと関わりを持つことが多いように感じます。ICCでは過去にプロのジャズの演奏者を招いてイベントを行ったこともありますし、ランチイベント「ミュージック・ランチ」などに参加していただければ、早稲田の音楽サークルによるジャズを含む様々な音楽の演奏を聴く機会もあると思います。もしかしたら、そのうち私自身がICCでジャズイベントを企画するかもしれません! みなさん、少しでも興味があれば、ぜひぜひジャズ喫茶やICCのイベントなどを通して、ジャズに触れてみてくださいね。

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。みなさん、体に気を付けてお過ごしください。

W.K. (Student Staff Leader)

Food tour around Hanoi’s Old Quarter

Hi guys, today I will talk about my must-try-food in my favorite city’s most famous area which is also my hometown. A day is not enough for exploring and understanding all the delicious foods of this more than thousand-year old city but I hope that this blog will be useful for you if you just have a short time to enjoy Hanoi.

Hanoi’s Old Quarter has 36 ancient streets, after the 36 streets or guilds that used to make up the urban area of the city. The most famous trait of the Old Quarter is its areas dedicated to one specific trade or guild. Craftsmen from villages around the city used to gather in one area of their guild to sell their wares to merchants. The crafts or guilds of each area gave the names to the streets of the quarter, so that most streets acquired names starting with “hang” (“wares”), such as Hàng Bún street (” rice noodles street”) and Hàng Đào street (“peach street”).

Several of the streets are still specialized in the trade that gave them their names. Others still specialize in one specific trade, but a different one from their traditional specialty — such as Hàng Buồm street (“sails street”) which has become dominated by Vietnamese cakes and candy nowadays.

I would recommend you to book a hotel in this area since it’s very convenient to get around just by walking and most of all; almost all of Hanoi’s best cuisine is located in this area. Although the food culture of Vietnam is changing every day because of the customer’s habit, there are still many local restaurants as well as local vendors that are still super crowded. Thanks to their amazing delicious secret recipes that have been transferred across many generations, the younger generations can still experience the authentic taste of all the traditional foods. When we talk about Vietnamese food in general or Hanoi cuisine specifically, it is all about the balance of the dish. It’s like a classical song with all the instruments that make a perfect harmony. You can feel the sweetness from the bones of the broth, the saltiness of the fish sauce, the sourness of lime or a bit of spice from the fresh chili. All the flavors are dancing on your tongue and they make you miss it very soon after you finish it.

I think that everyone has been heard of Vietnamese Pho. When we talk about Vietnamese cuisine, we must talk about Pho. Just like ramen or soba, there are many restaurants that say they make the authentic Pho in Vietnam but after trying many restaurants, I would like to say Pho in Hanoi is the best and most authentic taste that you could search for. People eat Pho in the morning, at lunch or evening. You can have it anytime. There are a lot of ways to eat Pho but the best way is to enjoy it is with a little bit of fresh lime juice and some fresh chili. Talking about Pho, it’s all about the freshness and the balance of the flavor. When I went back to Hanoi for a few days after a long time, Pho is the first thing that I thought of (actually Pho was on my mind for a few days before I even went to the airport). One thing I can say is never have Pho in the airport, since it does not taste like the real one. There’re many good ones in Hanoi but these days, I believe that the restaurant shown below is the one that has the best taste of the real Pho. They have all the balance of the broth with the freshness of the noodles, beef and also the vegetables in one bowl. Especially they also have the good Quay, which is necessary for this dish. Put a bit fresh chili and a few drops of lime, then have a gulp of noodles, beef and taste some broth. This is the best way to start your day every day of the year. This restaurant usually runs out of all of their ingredients before lunch so I suggested that you should come from early morning to have the best kinds of beef that you want.

Full options of Pho

How to enjoy: Taste the broth, fix with lime juice or vinegar, chili sauce or fresh chili.

Price: ~250 yen or more, depending on which part of the beef you choose.

Recommend place: Phở Tuyết, 12 Hàng Than, Ba Đình, Hà Nội

 

The second dish that I want to introduce is called “Bun cha”. Normally I prefer to eat this one at home, which is made by my mom. However, making this one is very hard and tiring so sometimes I still have this one outside. After trying “Bun cha” in some restaurants, I realized that it’s the best to have it at the local vendors. The best aspect of Vietnamese food is you always can enjoy the food while provide to your body enough nutrition. “Bun cha” includes rice noodles, grilled pork, vegetables and delicious sauce. The sauce and the pork taste decide a lot of the flavor. I don’t recommend having this dish in a restaurant because they don’t make the grilled pork as fresh as the local vendors. The pork must be eaten immediately after being grilled by the chef. It can’t be too raw neither too cooked. The sauce is very important since it can decide the whole flavor of the dish.

Put some fresh chili for more flavor~

How to enjoy: Taste sauce: fix it with some vinegar or chili (more garlic if you prefer garlic). Put some noodles and vegetables into your bowl then dip them into the sauce. Take one gulp with everything (pork, noodles and vegetables)

Price: ~250 yen

Recommend place: 74 Hàng Quạt, Hoàn Kiếm, Hà Nội.

The last one that I want to introduce today is Banh-mi. Banh mi is a typical Vietnamese sandwich is a fusion of meats and vegetables from native Vietnamese cuisine such as chả lụa (pork sausage), coriander leaf (cilantro), cucumber, pickled carrots, and pickled daikon combined with condiments from French cuisine such as pâté, along with chili and mayonnaise. However, a wide variety of popular fillings are used, from xíu mại to ice cream. In Vietnam, sandwiches are typically eaten for breakfast or as a snack. The Oxford Dictionary has already put Banh-mi as an English word: “a Vietnamese sandwich on a crisp baguette spread with mayonnaise, typically containing pork or chicken and pâté, with pickled vegetables, cucumber, and cilantro.” Banh mi is everywhere in Vietnam with a lot of options. However, if you want to try the most common one in Vietnam, just ask them for a full-option version of Banh mi (Thập cẩm). They will put everything they can onto the tiny bread so you can try all at once. I recommend that you ask the chef to give you some chili sauce to make the Banh mi more perfect.

You need to open your mouth wide~

How to enjoy: Open your mouth as wide as you can and… eat them all.

Price: ~200yen

Place: Bánh mì, 2-4 Hàng Chuối or 51 Trần Xuân Soạn.

Thank you for reading my blog. I hope that you can enjoy them all someday! If you need any more information, please come and join the Vietnamese event later which will be held by the Waseda ICC ^^~~~

S.R. (Student Staff Leader)

 

 

It’s Cherry Blossom Season!

After the warm and boring winter in Tokyo, finally, spring is coming! Though this year the ICC Hanami event was canceled due to the coronavirus, you all still have plenty of choices to enjoy this beautiful season because the city is going to be filled with Sakura. You can find it in your neighbor’s garden, in your neighborhood park, school and anywhere.

Today, I am going to talk about my experience with Hanami in Tokyo.

Hearing the fame of the cherry blossom in Japan for a long time, I eventually was able to see it with my own eyes 3 years ago when I began my studies at Waseda University. During the spring of my freshman year, I was so excited about it. I visited most of the popular places and saw the joy Hanami brings to everyone. It is hard to tell whether one place is better than another, but I am going to list my personal Top 5 Hanami Places. This is all based on my own preference, and I welcome all of your opinions about your favorite Hanami place.

No. 5 Ueno Park

This is a really interesting place to visit especially in the evening. You will see lots of Japanese office workers sitting under the trees having drinking and welcoming parties. They are very well prepared with picnic sheets, tables, lights, food, drinks and sometimes even mini-refrigerators! I think the cherry blossom season at Ueno Park is a wonderful opportunity for foreigners to know about Japanese company network building and urban culture.

No. 4 Shinjuku Gyoen

Since Shinjuku Gyoen is a well-organized royal garden, besides cherry blossoms there are still many other scenery spots you can enjoy in the garden. Also because it charges an entry fee, there are fewer visitors than other free open spaces. My way to enjoy Shinjuku Gyoen is to bring my breakfast early in the morning, finding a place on the grass near a cherry tree and enjoying the food, sunshine and the peaceful cherry blossoms before the place becomes too crowded. The ideal time for breakfast at Gyoen is before 12:00 am.

No. 3 Kanda River

As a Waseda student, you definitely should not miss this beautiful riverside cherry blossom spot. It is also an alternative to the crowded Meguro River. But instead of making you feel like you’re at a scenic spot, Kanda River makes you feel relaxed and closer to the daily life of Japan. Most importantly, it is close to the campus which means you can casually drop by any time to enjoy the cherry blossom there when you come to school.

No.2 Meguro River

Getting off the train at Naka-Meguro Station, you can feel the popularity of this place immediately. Not only Japanese but tourists from all over the world urge to see the romantic pink Sakura arch along the Meguro River. At night, there are illuminations and it makes the whole place even more beautiful. If you are tired of being part of the crowd, there are lots of distinctive cafés and restaurants for you to enjoy the view and indulge your gourmet side at the same time.

No.1 Chidorigafuchi

If you are looking for a more breathtaking Sakura scene, you should never miss this place. Though there’s nowhere to sit under the trees and it’s usually very crowded, it’s totally worth it. You will be walking along the green-lined paths under the Sakura and watching the blossoms arch over both sides of moat of the Imperial Palace. Boating on the water surrounded by Sakura is also a way to enjoy the beautiful view if you are willing to wait in line for about 2 hours. There is illumination at night. The best part is that you can see Tokyo Tower from there, which makes you feel you are in the Tokyo of your dreams.

Honorable Mention: Rikugien Garden

I want to give an honorable mention to Rikugien Garden because it is quite different from other Hanami places listed above. Rikugien Garden is originally famous for traditional Japanese Garden instead of a Hanami place. However, they have special species of Sakura each tree of which is huge. The garden charges visitors at evening because they have illuminations for the whole garden. Seeing those breathtaking huge trees in the dark is kind of special experience for me.

Find and enjoy the beauty of this season!

Considering the current situation, it is better not to go to crowded Hanami places. You can save this blog for your TO GO LIST for next year. For this year, instead of heading to these popular places, you can try to explore somewhere else maybe just in your neighborhood. I think the excitement of Hanami is not only about where you go, but your feelings. If you are in a good mood and feel energetic, then anywhere would be the best spot for your Hanami. I am sure you will find the best place for you to enjoy the beautiful blossom.

 

T.L. (Student Staff Leader)

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」から 読み取る多様性の奥深さ

はじめに

例年より春休みが少々長引きそうですが、皆さんいかがお過ごしですか。少しずつ暖かくなり、いよいよ桜の季節ですね。私はこの休み期間中、都内でカフェ巡りをしながら読書をすることにハマっています。今まで自由時間に読書などすることのなかった私が、「人生のバイブル」とも言えるほどの一冊に出会ってしまいました。書店の店頭にてポップで色鮮やかな表紙が目に留まり手にしてみたという何とも言えない偶然でしたが、内容は想像を絶するほどに奥深く、ICCという多様性を促進するオフィスのスタッフとしてもたくさん考えさせられました。気軽に読めるノンフィクション小説で、是非皆さんにも手に取っていただきたい一冊です!この場を借りて紹介させてください。

本のタイトル:「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」

日本とアイルランド出身の両親を持つ11歳の男の子は英国・ブライントンで生まれ育ちます。現地では、貧富、人種、宗教をはじめとするあらゆる「分断」が存在し、様々なバックグラウンドを持つ人々によって成り立つ多様社会において、差別や偏見はつきものです。そんな中、自身が東洋人というマイノリティでありながら、前向きに、真っ直ぐに生き抜く少年の姿が著者のブレイディみかこさんより、母親視点から描かれています。

エンパシー」ってどういう意味?

人種差別を受ける移民家族の子供、学校の制服を買うお金すらない貧困な家庭に生まれた子供など、今まさに英国に存在する様々な格差の縮図とも言える公立学校に少年は通っています。先生が自分のお金を賄ってお腹を空かせた生徒の昼食を買うなんてことも日常茶飯事だそうです。学校はもはや教育の場に留まらず、福祉を守るという責任をも負っているという深刻な状況です。

こういった低層階級やマイノリティに属する子供たちの多くは、上流階級者や地元民に軽蔑され、差別やいじめに苦しむ日常を送っています。少年自身も東洋人のハーフとしてからかわれ、暴力をふるわれそうになった場を何度も経験してきたそうです。そんな彼は学校の道徳の授業で「エンパシーとは何か?」という問いに対して、「誰かの靴をはいてみること」と答えます。11歳の男の子からの言葉には聞こえませんよね笑“empathy”を日本語に訳すと「共感する」と出てきますが、少年の考えるエンパシーとは単に相手の気持ちに寄り添うことではありません。「自分とは違う理念や信念を持つ人々に対して、かわいそうだと思えない立場の人々も含めて、相手が何を考えているのかを想像すること」だと言います。他人の靴をはいてやっと見ることのできる「相手の立場」。「相手の世界」とでも言い換えるべきでしょうか。差別や偏見がいけないという問題以前に、他人の角度から世界を感じ取るということが何を意味するのかを真に理解することが最優先なのでは?とふと気づかされました。

私たち人間はどうしても主観的に物事を捉えてしまう本能を持っています。自分以外の「第三者」との間に価値観や考え方のズレが生じると不快感や恐怖を覚えることも少なくありません。そもそもレーシズムなどの差別や偏見は、親しみのない外見や文化に対する恐怖から自分を守るための行為なのではないでしょうか。悪意ではなく、未知の世界に対する誤解なのではないでしょうか。「エンパシー」を通して自分とはかけ離れたバックグラウンドを持つ人への理解を深める試みを積み重ね、自然と行動に移せる能力を培うことができれば、「異文化」に対する偏ったイメージや思い込みも減るのではないかと思います。少年が「ニーハオ」や「チンク」などといった差別用語を使われることも減ると思います。

「多様性は素晴らしい!」はウソ?!

様々な家庭や文化背景を持つ子供が共に学ぶ学校では、色々な場面での衝突や口論が絶えず、いじめや暴力にも繋がりかねません。少年の周りには被害者となって苦しんでいる友達もいれば、加害者として他者を傷つける友達もいます。加害者を責めたところでいじめが消えるわけでもなく、被害者を庇う行為は「弱者」であることへの強調となり、逆に傷つけかねません。彼はある日、傍観者としての自分の無力さを母親に相談した際、「多様性は楽じゃない」と伝えられます。楽ではない=ややこしい「多様性」をなぜそこまでして追求する必要があるのか。みかこさんの名言とも言える応えは「楽ばっかりしていると無知になるから」でした。

急速に進むテクノロジーの進化、そして、情報社会へと世界が発展する中、生活の利便性や仕事の効率が劇的に上がっています。一方で、何に対しても「楽して〇〇する」というアプローチに私はどうしても違和感を感じてしまいます。これは「多様性」という概念への理解を深めるにあたっても言えることではないでしょうか。

例えば、この世に日本という1つの国しか存在しない世界を想像できますか?日本語がたった一つの共通言語となり、年功序列や集団主義といった独特な日本文化が世界の一般常識として認識されれば、もちろん「楽」でしょう。カルチャーショックなど、文化の差異によって生じる問題もなくなるわけです。しかし、1つの文化しか存在しない世界に魅力はあるでしょうか。日々の学びや気づきは多く存在する「多様性の軸」を持つ人との交流を通してやっと得ることができます。異文化理解には乗り越えなければいけないややこしく、複雑な障壁がたくさんありますが、それを乗り越えてやっと見ることのできる景色があるのです。

最後に

本書で紹介されている格差社会や多様性にまつわる問題は、実は日本でも重要視されるべきものです。世界規模で進むグローバル化に伴い、人種、国籍や宗教に限らず、ジェンダーなどといった新たな多様性の軸も生まれました。一方で、単一文化を重んじる日本は残念ながら、まだ多様性の分野において世界的プレセンスが非常に低い国として認識されています。特に少子高齢化による影響が懸念される中、「多様性」を尊重し、国として視野を広げない限り、将来日本を支える人力が数年も経たないうちに途絶えてしまいます。少しでも多くの人に本書を読んでいただき、ブレイディみかこさんの定義する「多様性」の魅力を感じ取っていただきたいです。異文化に対して積極性や好奇心を抱く姿勢が増えていくことを願っています。

S.Y. (Student Staff Leader)

Time is Passing Fast

Well February was a busy month for me, not because I had many shifts at the ICC during the holidays, but because there were also many other things happening.

Firstly, because time is moving on and I am going into my 2nd year of Graduate School, I feel as if I need to make the most of my time at Waseda, and at the ICC, meaning I want to work even harder. I am not sure if I am going to do Japanese job hunting yet, but this year I need to basically learn how job hunting works in Japan. Of course, I know the rules of what to wear and some of the manners but there are so many things that are different from my own country. For example, in Japan, everyone must do self-analysis (to find out what industry they are interested in) and write/prepare a PR statement that it meant to catch the interviewer`s eye. This concept is not so foreign to me, of course we must also explain why we want the job and how our strengths and weaknesses connect with the contents of the role, but the Japanese method feels a lot more detailed and requires more effort. Something I do not particularly like is that everyone basically wears the same thing and there aren’t many chances for individual applicants to show off their personalities (though this is slowly changing).

(and I recommend to take your C.V. photo at a photo studio like I did in Ginza, rather than using the photo booths at the station - Impressions are very important here!)

Another thing that happened is that I turned 24 years old. Naturally I had a good day spending time with friends, but it made me reflect a bit on my life. I am busy with university work, planning events at the ICC and improving my Japanese but there are also so many things I want to do. I studied in Korea before entering Waseda last year, and I have slowly forgotten many words and grammar patterns so I want to make a consistent effort to study a little every day, even if it is just 15 minutes. I learnt how to use Adobe Illustrator just so I could make better posters for our events and I really had fun, so I’ll continue to improve. Lastly, last year I learnt a little bit of programming so I want to fiddle around and make some small projects during my free time.

Sure, this might be a lot of work, it might even be too much work, but I think if you have the drive and willpower you can do anything! Rightly so, I am doing these things for my own satisfaction, but I am also doing them to make me more appealing when I inevitably do job hunting. I do not know if I will work in Japan, or what kind of job I will do but I hope I`ll be able to report back with good news later in the year! I hope job hunting will go well for everyone else, and they can get a job that they are truly happy in!

G.F (Student Staff Leader)

フランス留学体験記

Bonjour!

フランスへ留学のため半年間休職していたSSLのR.S.です。フランスの主要都市の中では最も南に位置するトゥールーズという街で留学していました。エアバスの本社がある街ということで耳にしたことのある方がいるかもしれません。

今回は、フランスへの留学記をICCブログで共有したいと思います。

◆個性豊かな地方都市

まずはヨーロッパ留学の醍醐味、旅行についてです。留学中はフランスの地方都市によく旅行しました。フランスには小さくて素敵な町が国内各地に存在します。それぞれの町が特有の料理、建築様式、言語を誇りにし、大切に継承しています。そのため、町ごとに体験できるものが全く異なり、旅行したい場所が尽きませんでした。私が留学していたトゥールーズ周辺には、フォワグラの産地であるオーシュ、ワインで有名なガイヤック、もっとも美しい村として登録されているサンシルラポピー、巡礼の地やチーズで有名なロカマドゥールなど素敵な地方都市がたくさんありました。実はトゥールーズ周辺のエリアは特に観光地ではありません。それなのにもかかわらず、このように個性豊かな地方都市がたくさんあります。フランスの地方都市の個性が強い要因は色々考えられますが、まず、各地方の伝統につき、地域をあげて公権力のもと、守ってきたことが考えられます。フランスの多くの地方都市ではフランス革命以後、国民国家成立の過程で地方自治体(コミューン)が図書館、劇場、音楽学校を設置して運営し、さらに地域の文化団体や学界への助成をおこなってきたという歴史があります。そして近代になってからは、1981年に文化大臣に就任したジャック・ラングにより、地域文化の活性化が図られました。それまでは保護すべき芸術・文化というとバレエ、オペラ、オーケストラ等上流階級の一部の人々の間のものという認識がありましたが、ラング元文化大臣が人形劇、オペレッタ、サーカス、料理といったように芸術・文化を幅広く定義し、保護の対象とすることで、地域文化は積極的に守られてきました。また、近年は人口2,000人以下で都市化されておらず、歴史的建造物・自然遺産を含む保護地区を最低2か所以上保有するなどの、厳しい条件をクリアした村を、「もっとも美しい村」として認定しています。こうした公的機関のバックアップのもとフランスの各地方都市の個性豊かな伝統文化が守られてきたと考えられます。

「リヨンの人形劇 ギニョール」

また、フランス人がどの層の人々も地域の伝統や歴史への理解が深い傾向にあることも要因として考えられます。よく、フランス人は週末に歴史書を読んで過ごすといいます。フランスでは日曜日に営業している店はほとんどありません。それは、キリスト教において仕事は神から与えられた苦痛であるという考え方があり、休む時間を非常に大切にするからです。よって、日本のように日曜日は町でショッピングということはなく、家やその周辺でゆっくりと休日をすごします。そのような時間があると、家族で郷土料理を作ったり、本を読んだり、博物館・美術館へ行ったりと、地域の伝統や歴史を学ぶ機会が自然と増えます。日本のように博物館やテレビを見るといったように、何か行動を起こして歴史を学ぶのとは異なり、前述したような休日の過ごし方を通して伝統文化に対して自然と愛着が生まれているのかもしれません。

◆魅力的な個人経営の店とフランス人のチェーン店嫌い

フランスは日本ほどチェーン店の立場が強くないです。一般に、フランス人はチェーン店を避ける傾向にあります。それについて留学中、現地の友人から何度も言われましたし、街で生活をしていて伝わってきました。現地の友人には、「町の中心にあるマックやスタバは観光客のためで、現地人は使わない。」と言われたことがあります。また、日本やイギリス、ドイツにあるようなファミレス文化はありません。街でファストフード・チェーン店の代表格のマックの内装やメニューを見ていると、ここまで努力しないとフランスで生き残ることはできないのかと驚きました。店の壁には、トゥールーズの古い時代の写真が飾ってあり、机やイスは落ち着いた色に統一されていました。また、メニューはサラダボウルやベジタリアン用のサラダラップのようなメニューが充実しており、環境や健康意識の高いフランス人の心を掴もうと手の込んだメニュー開発が行われていることが伝わってきました。フランスは個人経営の店が充実しています。町の中心部も個人経営の店がたくさんあり、食材は周辺で採れたものを集めたおしゃれな雰囲気の店や週3日ほど開催されるマルシェで買い、服やインテリアもデザイナーや製造場所が分かる形の個人ブランドが充実していました。一方で、日本で個人経営のレストランやブティックというと、中心街からすこし離れた場所で、お高そうで入りにくそうなイメージがあったり、逆に周辺住民のお得意さんしか行かないのではないかと思って入店を躊躇うことがあると思われます。

ただし、フランス人はただみんなと違う服が着たい、今この場所・時間でしか食べられないものが食べたいという個人の欲望のみに基づいて、そのような店を選ぶのではないと私は思います。フランス人はとても社会的意識が高いという国民性を持っています。トゥールーズでは毎週土曜日、教育、社会保障や労働環境を問題にしたデモが必ず起きていました。また、環境問題への姿勢は徹底しており、店でプラスチックストローやビニール袋をもらうことは全くありませんでした。こうした社会問題への意識の高さを考えると、彼らはチェーン店による大量消費・大量廃棄という社会問題を認識して、個人経営の店を選ぶ傾向にあるのかもしれないと考えるようになりました。

2013年バングラデシュにて、あるビルで劣悪な労働環境のもと、ファストファッションの製造がおこなわれており、そのビルが倒壊して多くの犠牲者を出したという痛ましい事故がありました。その事故を契機にヨーロッパの国々では、シーズンごとに大量で多様な種類の服が売り出される裏では、劣悪な環境で働かされている低賃工がいるという問題意識が広まりました。そのような問題に加担したくないという思いで、ちょっと値段は張りますが個人経営の店を利用しているのかもしれません。

◆オクシタニー地方トゥールーズへ行ってみませんか

最後に、留学先のトゥールーズの紹介をしたいと思います。トゥールーズはオクシタニー地方にあります。ハンドクリームの「L’Occitane en Provence」というブランドを聞いたことがありますか?駅ビルやショッピングモールでよく見かけることがあると思います。訳すとプロヴァンスのオクシタンという意味になりますが、それぞれ南フランスに位置し、東がプロヴァンス、西がオクシタニーに分割できます。ニースやマルセイユに代表され、フランスの天国のような人気観光スポットとして有名なプロヴァンス地方に対し、あまり観光のイメージがないのがオクシタニー地方です。ヨーロッパ人のバカンスには欠かせないビーチがないこと、そしてパリから離れているのに加え、パリとトゥールーズの間は山が多く、TGVの直通運転がないことが観光地としての発展のマイナス要因となっています。しかし、トゥールーズはフランス第4の都市ということで人口が多く、農業が盛んで、ワインやチーズの産地があり、活気あるマルシェや蚤の市が開催され、世界的に評価されているキャピトル交響楽団やバレエ団を有し、フランスらしいものを一通り経験することができます。また、エアバスの本社があり、コンコルドなど航空史上重要な機体の展示をする博物館もあります。

トゥールーズは航空産業に加え、パステルブルーとバラ色の街並みで有名です。周辺にはパステル交易で栄えた町がいくつかあります。ルネサンス時代、パステルブルーの染料を抽出する植物が採れるということで名声を築き上げました。街にはパステルを使ったスキンケア商品やスカーフなどを扱ったブティックがあります。また、パステル交易で富を築いたアセザ家の美術品のコレクションを展示した館が観光スポットとなっています。

フランスは一般に石造りの建物が多い中、トゥールーズ周辺は建物に適した固い石がとれなかったため、煉瓦づくりの建物がメインです。昔は煉瓦がオレンジ色だったそうですが、長い年月を経てピンク色になったということで、現在はピンク色の煉瓦の”La ville rose”(バラ色の街)と呼ばれるようになりました。フランスの中でも特にスペインに近く、冬も東京よりは暖かい街中には、テラス席の付いたレストラン・カフェがたくさんあります。バラ色の街並みに囲まれながら、現地の食材を使った郷土料理をテラス席で味わえたら、最高の思い出が作れると思います。

「トゥールーズの街並み」

「トゥールーズの郷土料理 カスレ」

「トゥールーズの市庁舎(キャピトル)」

ICCではお昼を食べながら言語を練習したり、互いの文化を学びあうランゲージ・ランチを定期的に開催しています。フランス語圏を対象にしたフレンチ・ランチもあります。ぜひランチイベントに参加して、サポーターたちの出身の街について色々聞いてみてください。

À bientôt!

R.S(学生スタッフ)

Getting around Tokyo is easy

Do you use train every day in Tokyo? Have you ever got lost in the train station? This article will help you to go around easier in Tokyo with some tips. This year is almost my fourth year in Japan and I hope that you see this one is useful. I have used train in some other countries but for me the train network in Japan is the most complicated.

It looks scary right? But it would be fine if you stay calm and carefully check the signs! And don’t forget that all the staffs are very friendly and always be there for you!

Today I will talk about the city that never sleeps and it almost reach 14 million people this year, Tokyo. It has 882 interconnected rail stations in the Tokyo Metropolis, 282 of which are Subway stations, with several hundred more in each of the 3 surrounding densely populated suburban prefectures. Tokyo is covered by a dense network of train, subway and bus lines, which are operated by about many different companies. People in the city mostly use the train lines by JR East because it’s convenient and famous stations. When I first arrived in Tokyo and lived inside the downtown, I always used JR Yamanote Line. I guess a lot of you have already known this line as it’s passed by Takadanobaba and some other famous spots like Shibuya and Shinjuku. The city’s 13 subway lines are operated by two companies and run largely inside the Yamanote circle and the areas around Ginza and the area east of the loop line. Most of the many suburban train lines commence at one of the six major stations of the Yamanote Line (Yellow-green): Tokyo, Ueno, Ikebukuro, Shinjuku, Shibuya and Shinagawa.

Besides that, there are some major JR lines in Tokyo: Keihin-Tohoku Line (Light- blue), Chuo/Sobu Line (Local) (Yellow), Chuo Line (Rapid) (Orange), Saikyo Line (Green- blue), Shinkansen.

I have some friends who spend more than 2 hours every day from Chiba or Saitama to Waseda University which makes them very tired when they arrive at school. There are many other lines connect Tokyo with the metropolis’ outer regions and surrounding prefectures. There is one interesting fact is many of the private railway companies also operate department stores usually at their train lines’ major stations. That’s why when you see the name of the line; you will feel familiar because they have many famous department stores around all the famous tourist spots. Some of them are:

  • Kanagawa – Tokyo: Tokyu Railway
  • Saitama – Tochigi (including Nikko): Tobu Railway
  • Tokyo Tama Region – Saitama: Seibu Railway
  • Tokyo Tama Region: Keio Railway
  • Kanagawa: Odakyu Railway (you also can go to Hakone) & Keikyu Railway (including Haneda Airport also)
  • Chiba (connect Narita Airport to central Tokyo): Keisei Railway
  • Akihabara – Tsukuba, Ibaraki: Tsukuba Express

Here are some useful websites for your information:
https://www.jreast.co.jp/e/
https://www.westjr.co.jp/global/en/
https://global.jr-central.co.jp/en/

Another way to go around the downtown is the Tokyo Metro. It’s one of Tokyo’s subway operators. Waseda and Nishi Waseda are the nearest station to Waseda University. There are some major lines: Ginza line (Orange), Marunouchi line (Red), Hibiya line (Silver), Tozai line (Sky blue), Chiyoda line (Green), Yurakucho (Gold), Hanzomon line (Purple), Namboku line (Emerald), Fukutoshin (Brown).

You will find it more easily as the website is very useful and friendly display in English!
Tokyo Metro Website: https://www.tokyometro.jp/en/

Finally, as I’ve said at first paragraph, Tokyo’s train network is very complicated and hard to use but after a few times using, you will feel better as you can follow the website and the train apps on your phone! With a bit of planning and research, you will find it more interesting and easy to go around by yourself!

S.R (Student Staff Leader)

Myanmar in me

An enjoyable night with ICC Myanmar culture night

This will be a very long blog; I hope that you could find it’s not so sleepy. Today I will write about my experience in ICC Myanmar culture night. It was a very nice and fun memory for me. I have met many interesting people and made a lot of friends (of course ate tons of foods, too). Let me tell you a bit about my past experience with Myanmar.

My first knowledge about Myanmar is from Myanmar friends. I’ve met them from The Ship for Southeast Asian and Japanese Youth Program (SSEAYP). SSEAYP is the program from the Japanese Government which promote friendship and mutual understanding among the youths of Japan and the ten Southeast Asian countries, to broaden their perspective of the world, and furthermore, to strengthen their spirit of international cooperation, and practical skills for international collaboration. Each contingent will have 28 participants and 1 National Leader. The program will hold a few days in Japan including the homestay program and Japan-ASEAN Youth Leaders’ Summit (YLS). After program in Japan, we started our on-board program on the trip name Nippon Maru.  The Government of Japan chartered the Nippon Maru and entrusted its operation to Mitsui O.S.K. Passenger Line Ltd. for the 42nd SSEAYP in 2015. The Nippon Maru is an ocean liner with an overall length of 166.6 meters and a gross tonnage of 22,472 tons. It is equipped with 202 cabins, a hall, a lounge, a theatre, a library, a Japanese tea room, a swimming pool, a clinic, laundry rooms, a dining room, and grand baths, etc.

“Nippon Maru, sailing the blue ocean…”

The time when I went to Myanmar, it was a few years after the country opened up so I felt that Myanmar people were still not get used to the tourists. The first impression was Myanmar people were very nice and friendly. Because the weather in Myanmar is very hot so both man and woman in Myanmar put the traditional sun cream and wear their traditional clothes everywhere.

Longyi
Myanmar national costume consists of two sets, one for men and one for women.

I stayed 4 days in Yangon which is the biggest city in Myanmar. Before I came to Myanmar, my image of this country was just the small and not developed country, but when I put my first step in Myanmar, my eyes were wide open because of its beauty and the modernist of the city. My host family was a very happy family which has 4 people. Dad was a songwriter who graduated in America and his daughter was a very famous singer. Mom stayed home and cooked so many delicious foods every day and one young son who was a junior student. Their house construction is not too big and modern but they used the hover board inside house. Everyone has their own latest Samsung phones which made me feel so cool. Because the family was working in the music industry so they owned a lot nice guitars, piano and some other modern instruments. Just in a few days, they took me around the city and shown me all the famous spots of Yangon, I have bought a lot of souvenirs because everything was very cheap and beautiful. Especially for some of my jewellery which I bought from Myanmar, I wear them every day as my luck charms and they always stay the same condition like when I bought them.

Most of all, after a while staying far from my family, I was missing my family vibe a lot. However, I felt like I was in my house when I stayed with them. The yummy foods of Mom, the warm care of Dad and too funny siblings which made me cried a lot before I came back to the Nippon Maru ship after the host program. If I had chance, I will definitely come back to Myanmar and see them again.

When I heard that ICC would hold an ICC Myanmar Culture Night, I immediately cleared my schedule and asked my best friend to join the event with me. There were so many people took part in the event, even Waseda student and other people outside the school also came to the event which made me so surprised. At first, the students from Myanmar did some presentations about Myanmar and even the Counsellor of Embassy of the Republic of the Union of Myanmar also gave us an opening speech. Next, there is a professional traditional dancer from Myanmar shown everyone the beauty of their dance and she even taught some individual volunteer learners (including me). The most impression when I stayed close to her was her “beautifulness” and the good smell from the Myanmar cosmetics. The light spots were all focused on her as there was a miracle light made her dance “bling-bling” in front of all the guests.

Myanmar Beauty

As I have mentioned how nice and friendly the Myanmar people are, there foods were a big treat for everyone joined the event. There were many kinds of foods including the main foods and some other snacks. They also brought their famous instant milk tea and coffee for everyone to enjoy which made so impressed.

 

Oishii snacks and drinks from Myanmar

After the event, I saw everyone were so happy and enjoyable. I bet they had tons of fun and must be so full thanks to Myanmar delicious foods. My friend and I were also very happy and she thanked me a lot for inviting her to the event. She had learned a lot about Myanmar culture as well as made a lot of friends through the event. I hope that ICC will make more events like this in the future!

S.R (Student Staff Leader)

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